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氷の麗人は営業スマイルを崩さない〜死亡フラグ回避のために愛想笑いしてたら、自分を処刑する公爵様の激重求婚ルートに入りました〜  作者: 雪繁雪那


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#15 失敗キューピット

 テイスティング勝負を終え、夜の晩餐会までの数時間。

 私は気を取り直して、本来の目的である『キューピッド大作戦』を決行することにした。


(せっかくのお祭り……ここでフラグを立て直さないでどうする!)


 アリスとジュリアン。

 原作では身分差に引き裂かれる悲恋の二人だけど、今なら私が背中を押してハッピーエンドに導けるはずだ。

 私は意気揚々と二人を連れて、公国の観光名所を巡り始めた。


「ほらアリス、あそこの花壇すごく綺麗だよ! ジュリアン、エスコートしてあげて!」

「えっ? あ……はいっ! アリス嬢、こちらへ」


 私が強引に二人を並ばせると、ジュリアンがガチガチに緊張しながらアリスに手を差し出した。

 いいぞいいぞ。その初々しい感じ!

 しかし、アリスはジュリアンの手を取るなり、目をキラキラさせて花壇を指差した。


「本当に綺麗ですね〜! この色彩のバランス、計算し尽くされています! さすがディアエル様、美意識まで限界突破してます!」

「全くだ。閣下の生み出す調和には、我々凡人には計り知れない深淵な哲学を感じる……!」


 な〜ん〜で〜そ〜な〜る〜の〜。

 ロマンチックな雰囲気を出そうとしたのに、どうしてディアエル様の凄さを語り合うファンクラブの集いみたいになっちゃうわけ!?


(こ、こうなったら食べ歩きだ! 一つのお菓子を二人で食べるとか、そういうベタなやつ!)


 私は屋台でチュロスのような長〜い揚げ菓子を買ってきて、二人に差し出した。

 しかしジュリアンはスッと真顔になり、顎に手を添える。


「お待ちください義姉上。念のため、私が先に毒見をいたします」

「いやお祭りなんだから毒なんて入ってないよ!? ていうかアリス、一人で全部食べきらないで!」

「もぐもぐ……んんっ、これおいひいでふエリザはま!」


 ダメだ。

 真面目すぎて常に護衛モードの騎士と、食い気に全振りの男爵令嬢。

 全く噛み合っていない。

 なんでこの二人はこんなにフラグが立たないの?

 その後も、噴水の前でロマンチックに語り合わせようとしたり、お土産屋でペアの小物を買わせようとしたり……あの手この手で工作を試みたが、尽く空振りに終わった。

 二人の口から出るのはディアエル様ってすごいばかり。

 矢印が全然交差しない!


「はぁ……もう夕方になっちゃった」


 疲れ果てた私は、夕日に染まる公国の街並みを見上げながら、深く項垂れるのだった。

 夜──公爵家からの迎えの馬車に乗り、私たちはついにディアエル様の本城──フヴィート宮殿へと足を踏み入れた。


「うわぁ……」

「なんと、美しい……」


 馬車を降りた瞬間、アリスとジュリアンが感嘆の声を漏らした。

 私も思わず息を呑む。

 それは、私の知る中世風のゴツゴツとした石造りの城ではなかった。

 白亜の大理石をふんだんに使い、壁の一面が巨大なステンドグラスや透明なガラス張りになっている。

 至る所に淡く光る石の照明が埋め込まれ、夜の闇の中に宮殿全体が浮かび上がっているように見えた。


(前世の五つ星高級ホテル……いや、それ以上のホスピタリティと建築美だわ)


 案内された晩餐用のダイニングルームも規格外だった。

 数十人は座れるであろう長大なマホガニーのテーブル。銀の燭台。

 そして、壁際に控える給仕たちの洗練された立ち姿。

 隙がない。

 すべてにおいてディアエル様の完璧な『支配』が隅々まで行き届いている空間だった。


「お待ちしておりました。お話はご主人様より伺っております。どうぞこちらへ」


 案内役のメイドらしき女性に促され、私たちは席に着いた。

 私はここでも、最後の悪あがきとばかりに工作を試みた。


「あ、アリスとジュリアンは並んで座ってね。私は向かいに座るから」


 隣同士に座らせれば、食事中に自然と会話が弾むはず。

 袖が触れ合ったりして、ドキッとする展開もあるかもしれない。

 しかし、私の淡い期待は数分で粉砕された。

 豪華な前菜が運ばれてきても、二人は隣同士でカチコチに固まっているのだ。


「ジュリアン様、この美味しいテリーヌ……美味しいですね……」

「は、はい、アリス嬢。非常に洗練された味わいかと存じます……」


 会社の面接か!

 公爵の宮殿という圧倒的な空間に飲まれているせいもあるだろうが、二人の間に流れるのはロマンスの欠片もないただの緊張感だった。

 給仕が素晴らしいタイミングでワインを注いでくれても、二人は無言でグラスを見つめるばかり。


(ダメだこりゃ……)


 前世で、幾多の蜜月をカウンター裏から見てきたバーテンダーとしての経験が告げている。

 今日の二人は、これ以上どうやっても進展しないと。

 私は完全に白旗を揚げた。

 頭を抱えそうになるのを必死に堪え、私は立ち上がった。


「ごめん、ちょっと風に当たってくるね」


 廊下を抜け、夜風が吹き込む広いバルコニーに出る。

 眼下には、お祭りの明かりで黄金色に輝く公国の街並みが広がっていた。

 涼しい風が火照った頬を撫でる。


「はあぁぁぁ……」


 私はバルコニーの手すりに寄りかかり、今日一番の特大のため息を吐き出した。


「どうしてこう上手くいかないのかなぁ……原作じゃ、あんなに情熱的に惹かれ合ってたのに」


 このままじゃ二人は結ばれない。

 乗り気じゃないのは分かってるけど……原作通りじゃないと、なんだかすごく大切なものを壊してしまったような罪悪感があった。


「──どうしたんだい? 私の美しい闇桜。そんな浮かない顔をして」


 唐突に背後から鼓膜を揺らす甘く低い声。

 足音なんて一切しなかった。

 振り返ると、そこには漆黒の夜会服に身を包んだディアエル様が立っていた。

 月光に照らされた銀髪と蒼い瞳。

 その恐ろしいほどの美貌に、一瞬呼吸を忘れてしまう。


(また花の名前変わったよ……って、今はそれどころじゃない!)


「デ、ディアエル様! あの、政務は終わられたのですか?」

「ああ。君が私の城に来てくれているのに、書類仕事などにかまけている暇はないからね」


 ディアエル様は滑らかな足取りで私に近づき、バルコニーの手すりに手をついて、私を閉じ込めるような体勢になった。


「ひゃっ」

「それで? 先ほどから大きなため息をついていたようだが……私の城の料理が、お気に召さなかったかな?」

「そ、そんなことありません! 前菜のテリーヌも絶品でしたし、ペアリングのワインも完璧で……ただ、ちょっと食べ歩きしすぎてお腹がいっぱいになっちゃっただけで……!」


 必死に愛想笑いを浮かべて誤魔化そうとする私。

 しかし、ディアエル様の氷のように冷たい──けれど底知れない熱を帯びた蒼い瞳は、私の拙い嘘など完全に見透かしていた。


「……フフッ。君のその不器用な嘘も嫌いじゃないけどね」


 ディアエル様は、長い指で私の頬にかかった黒髪をそっと掬い上げた。

 そして、私の耳元に唇を寄せ静かに──けれど逃げ場のない声で囁いた。


「エリザベート。君はなぜ、あの二人をくっつけようとするのかな?」

「えっ……」


 ドクンッと心臓が嫌な音を立てて大きく跳ねた。

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