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氷の麗人は営業スマイルを崩さない〜死亡フラグ回避のために愛想笑いしてたら、自分を処刑する公爵様の激重求婚ルートに入りました〜  作者: 雪繁雪那


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14/14

#14 魔性の男

 グラスの底から立ち昇る、美しい一筋の気泡(スパークリング)

 そして、特殊な発酵法でしか生まれないあの独特のエス(マセラシオン)テル香(・カルボニック)


(……嘘でしょ。ディアエル様、この時代にこんな製法まで確立させちゃってるの!?)


 どちらも、私が知る歴史では近世以降に技術が確立したはずのものだ。

 公国の100年先を行く技術。

 その神髄を目の当たりにした私は、ごくりと喉を鳴らしたのだった。

 顔に『氷の麗人』の冷ややかな微笑みを張り付けたまま、内心では滝のような冷や汗を流していた。

 普通のワインのブレンドまでは読めたけれど、この二つはテイスティングの難易度が跳ね上がる。

 発酵の過程で生まれる独特の風味に、元の葡萄の品種が隠れてしまうからだ。


「これは……」


 私が思わず眉をひそめると、レイドラーが口元を緩めて優しく微笑んだ。


「貴女は十分に素質を証明されました。これはあくまで余興です。当てることよりも、ただ純粋に我が国の新しいワインを楽しんでいただきたい」


 余興。楽しんでほしい。

 なるほど、そういうことか。


「…………」


 私は黙ってグラスを手に取った。

 余興と言われたからといって、じゃあ遠慮なく〜と適当に飲むわけにはいかない。

 プロのソムリエとしてのプライドにかけて、出された難問からは逃げない。

 私は目を閉じワインに集中する。

 スパークリングワインの弾ける泡の刺激。

 バナナやキャンディのような極端に甘い香り。

 二つを、時間をかけてじっくりと舌と鼻腔で分析した。

 そして長考の末。


「……一つ目の発泡性ワイン。ベースに使われているのは、先ほどの『星屑の白撫』の白葡萄と『氷雪のロゼ』のブレンドですね。極寒で育った葡萄の鋭い酸味……間違いないかと」


 観客が息を呑む中、私は二つ目のグラスに視線を移した。


「そして二つ目の、このフレッシュで甘い香りの新酒(ヌーヴォー)。使われているのは『黒百合のノワール』の黒葡萄ですね」

「フフッ、お見事。正解です」


 広場は一瞬の静寂に包まれ──次の瞬間、爆発したような大歓声が沸き起こった。


「すげえええっ! あの新しい酒の正体を言い当てたぞ!」

「あのご令嬢、一体何者なんだ!?」


 観客席では、アリスが「やったー!」とぴょんぴょん飛び跳ね、ジュリアンもホッと胸を撫で下ろして拍手を送っている。


「お見事。完敗です」


 レイドラーは恭しく、深く頭を下げた。


「陛下が認められただけのことはあります。貴女の知識と味覚は、我が国のマスターソムリエにも引けを取りません」

「ふう……ずるい人ね〜」


 私は小さくため息を吐いて、肩の力を抜きながら苦笑いした。


「私が負ければ、『やっぱり小娘じゃディアエル様とは釣り合わない』ってなる。でも私が勝てば『流石ディアエル様のお気に入りだ』って公国の民に宣伝できるもん。どっちに転んでも公爵家には損がない。ずっる〜」


 私が思わず頬を膨らませると、レイドラーはニヤリと悪びれずに笑った。


「フフッ、申し訳ございません。主のため、常に二手三手を先読みし、退路を確保するのが宰相の性分ゆえ」


 なんて食えない宰相なんだろう。

 伊達にあのラスボスの右腕をやっていない。


「──見事だったね、エリザベート」


 その時、群衆の歓声を切り裂くように甘く低い声が響いた。

 観衆たちが道を空け、一斉に平伏する。

 現れたのは、深いフード付きのマントを羽織ったディアエル様だった。

 彼は私の傍まで歩み寄ると、その長い腕で私の腰をすっと抱き寄せた。


「私の腕の中でだけ咲く、気高き黒百合よ」


 なんか花の例え方コロコロ変わるなあ。

 私そんなお花っぽい?

 雪椿とか、黒百合とか……ボキャブラリーが豊富すぎるでしょ。

 私が心の中でツッコミを入れていると、レイドラーが「これは陛下」と深くお辞儀をした。


「私の夜薔薇はどうだった? レイドラー」


 また変わった!

 数秒で黒百合から夜薔薇になったよ!?


「陛下の慧眼には恐れ入ります。狂いのない優雅な所作、豊富な知識、観衆の前で物怖じしない胆力。余興と告げても油断せず言い当てる冷静さ……教養があり、誠に聡明なご令嬢かと存じます」


 レイドラーは超絶堅苦しく謙った言葉で私の所感を伝えた。

 なんかそう言われると照れくさいんだけど。


「そうだろう。私の見込んだ女だからね」


 ディアエル様は満足げにそっと微笑むと、平伏する観客たちに向かって大きく手を広げた。


「余興は終わりだ。皆の者、新作のワインも解禁しよう。今日は存分に楽しんでくれ」


 その鶴の一声で、広場の熱気は最高潮に達した。


「おおっ、あれが飲めるのか!」

「この香りを嗅いでからずっと飲みたかったんだ!」

「ディアエル様、万歳〜!」


 民衆たちは大盛り上がりで、屋台や噴水へと散っていく。

 喧騒から少し離れた場所で、ディアエル様は私をさらに強く抱きすくめた。

 彼の美しい銀髪が私の頬をくすぐる。


「よく来てくれたね。私に会いに来てくれて嬉しいよ。魔に咲く私の月下美人」


 またまた変わった!? もはや花図鑑じゃん!

 呼んでもいないのに、私がわざわざ領地までやって来たのがよほど嬉しかったのか。

 それに加えて、ワインを完璧に言い当てて公国の民に威厳を示したことも相まって、今日の公爵様は上機嫌だ。


「君達も、よく来てくれたね」


 ディアエル様は、私の後ろに控えていた二人へ視線を向けた。

 そして、流れるような所作で口を開く。


「アリス=マーガレット男爵令嬢。そして、ジュリアン=スノーローズ卿。エリザベートを護衛してくれたこと感謝する」

「っ……!」


 名前を正確に呼ばれ、アリスとジュリアンは息を呑んで深く畏まった。


「せっかく遠路はるばる来てくれたんだ。晩餐に招待したい。三人とも夜に宮殿へ来てくれ。おもてなしするよ。私は少し政務があるのでこれで失礼する」


 ディアエル様は私の額にそっとキスを落とすと、レイドラーを従えて、マントを翻しながら去っていった。

 残された私たちは、しばらくその場に呆然と立ち尽くしていた。


「……わ」


 アリスが、口を半開きにしたまま呟いた。


「私の名前、覚えててくれてる。名乗ってないのに……」

「私もです。私のような末端の者の名前まで正確に記憶しているとは……」


 ジュリアンも信じられないといった様子で震えている。

 すると、アリスがぽーっと頬を赤く染め、両手を胸の前で組んだ。


「ちょっといいかも……あの完璧なお顔で、危険な香りがする笑み……たまりませんっ」

「えっ」


 いやいやいや! 

 なんでディアエル様に好意が向いてるの!?

 そこは隣にいるジュリアンの方向いてよ〜!

 私のキューピッド大作戦が、ディアエル様の圧倒的フェロモンによって粉砕されようとしている。

 私が頭を抱えそうになった、その時だった。


「……確かに」


 隣で、ジュリアンが熱っぽい吐息を漏らした。


「あの方の隣に立つのは、間違いなく修羅の道でしょう……それでも尚、ついていきたいと思わせる魔性の魅力を持つ。そんなお方ですね……!」


 見れば、屈強な騎士であるはずのジュリアンまでが、ディアエル様が去っていった方向を見つめ、何故かポッと頬を染めているではないか。


(お前まで惚れるんじゃねー!!)


 男女問わず狂わせるラスボス公爵のカリスマ性。

 私は公国の青空に向かって、本日最大級のツッコミを(心の中で)叫ぶのだった。

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