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氷の麗人は営業スマイルを崩さない〜死亡フラグ回避のために愛想笑いしてたら、自分を処刑する公爵様の激重求婚ルートに入りました〜  作者: 雪繁雪那


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#11 現れた男

 馬車を降りてフヴィート公国の街並みに足を踏み入れると、そこは私の知っている中世風のファンタジー世界とは完全に一線を画していた。

 道幅は広く、石畳は塵一つ落ちていないほどピカピカに磨かれている。


「すごい……なんだか空気が綺麗」

「街の地下に水路を張り巡らせて、生活排水を完全に管理しているらしいですよ。衛生環境がバッチリで、病気も少ないそうです」


 横を歩くアリスが、観光ガイドのようにスラスラと解説してくれる。

 地下水路? この時代にインフラ整備がそこまで進んでるんだ。すごすぎ。


「あと、この国は関所を完全に撤廃しているんですって。だから世界中から商人が集まって、こんなに市場が栄えてるんです。でも関税をなくしたら、安い外国産が入ってきて自国の産業が潰れたり、税収が減ったりするデメリットはありますけどね」


 まあ、確かに関税は重要だよね。

 ジュリアンがハハッと笑って首を横に振った。


「そのデメリットも、ディアエル閣下には無縁だそうです。閣下直々に農作物の品種改良や防腐の技術革新を行っているため、公国の特産品は他国の追随を許さないほど高品質なんです」


 外国産に負けるどころか、商人を集めるハブ都市にすることで莫大な富を築き上げているってこと?


「……チートじゃん」


 私は思わず真顔で呟いた。

 さらにジュリアンが続ける。


「法も隅々まで行き届いており、治安も極めて良好。女性が夜一人で歩いても大丈夫なほどだとか。子供には無償の教育機関が設けられ、誰もが規律正しく育つ。あまりに規律が正しすぎて、『公国では犬でさえ背筋が伸びている』と謳われているほどですよ」

「犬の背筋って……はは」


 私は苦笑しつつ、街を彩る美しい花壇に目を向けた。

 計算し尽くされた色彩と配置。

 まるで一枚の絵画のようだ。

 アリスによれば、この花壇の並び一つ一つもディアエル様が直々に指示を出しているらしい。

 美意識までカンストしている。

 それにしても。


「ジュリアンはなんか分かるけど……アリスも、他国のことに随分と物知りなんだね。意外」

「まあ、私だって色々勉強してるんですよ」


 アリスはふんすっと得意げに胸を張った。


「マナーとか歴史の授業は嫌いなので、ちょくちょく抜け出してましたけど。知りたいことは自分の足で調べて知識を得る性分なんです! この公国にも何度も遊びに来てるんですよ!」

「いや、そんな威張ることでもないような……」


 私が苦笑していると、広場の屋台からバターとチーズの焦げる暴力的なほどいい匂いが漂ってきた。

 お腹がグゥッと鳴る。

 私たちは顔を見合わせ、早速お祭りの屋台を堪能することにした。


「んん〜っ! このジャガイモのチーズがけ最高! バターたっぷりのパンも悪魔的な美味しさ! んまんま!」


 私はカロリーを気にせず屋台飯を頬張りながら、片手に持ったワイングラスを軽く揺らした。

 露店で売られている安価なワイン。

 しかし、その香りは芳醇で雑味が一切ない。

 前世での血が騒ぐ。

 この温度管理、熟成の度合い……こんな高品質なワインが屋台で気軽に飲めるなんて、やはりこの国は酒飲みの天国だ!

 すっかり上機嫌になった私たちは、極上のワインと屋台飯に満足しつつ、最も賑わっている中央広場へと向かった。

 すると、広場の一角に人だかりができているのが見えた。

 長机の上にいくつものワイングラスが並べられ、身なりの良い貴族らしき人々が、グラスを傾けては難しい顔をして首を捻っている。


「あれはなんだろう?」


 私が首を傾げた、その時だった。


「『テイスティング』ですよ」


 ぬっと。

 背後から唐突に低い男の声がした。


「ひゃっ」


 驚いて振り返ると、そこには見知らぬ若い男が立っていた。

 長身痩躯に狂いのない完璧なオールバックの髪。

 そして、綺麗に整えられたダンディな口髭。

 仕立ての良いフロックコートを着こなしているが、その鋭い瞳とスッと通った鼻筋からは、どこか爬虫類を思わせる冷たい印象を受けた。


「スノーローズ伯爵家のエリザベート様とお見受けします」


 男は私を見るなり、わざとらしく目を細めて薄く笑った。

 ヤバ、なんかバレてるし。


「伯爵様から忌避されておられる日陰の身にも関わらず、ディアエル()()に酷く気に入られているとか……なるほど、確かに面白い御髪の色をしていらっしゃる」


 私は眉間にシワを寄せた。

 なんか言い方チクチクするなあ。

 言葉の節々がめちゃくちゃ鼻につくんですけど。


「……あなたは?」


 無言で固まる私の前に、ジュリアンがサッと立ち塞がった。

 鋭い視線で見知らぬ男を睨みつける。

 男は慌てる様子もなく、ニヒルに口角を上げた。


「申し遅れました。私の名はレイドラー。陛下にお仕えする公国の『宰相』でございます」

「さ、宰相……」


 宰相とはつまり公爵の右腕。

 この国のナンバーツー。

 レイドラーと名乗った男は、芝居がかった動作で深々とお辞儀をした後、中央広場の長机を指差した。


「現在あちらでは、今年の品評会に出す新酒を当てるゲームを行っておりましてね。どうですスノーローズの氷の麗人殿? 私とテイスティングで勝負しませんか?」


 宰相レイドラーは獲物を見つけた蛇のように、ニヤリと口角を歪めるのだった。

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