#10 公爵様の国
「どうしよう……」
帰宅後、私は半ば現実を受け止めきれずにいた。
自室にある天蓋付きベッドに座り、頭を抱える。
「ディアエル様は私をどうしたいんだろう?」
だって、原作じゃエリザが不敬を働き、ディアエル様の婚姻を足蹴にしたから処刑された……そういう描写だったはず。
でも彼は、私が冷たい女でもそれはそれでいいみたいなこと言ってたし。
「どう足掻いても処刑されるんじゃないのこれ……」
あの態度はつまりだよ。
エリザが氷の麗人でも、即ペコ限界チキンガールでも、関係なく処刑するってことだよね?
なんで殺すの?
好きすぎて殺すみたいなヤンデレ属性なの?
それか、死して愛が完成するみたいなサイコ系芸術家キャラなの?
「ディアエル様の真意が分からないよー……」
もう、これ以上関わりたくない──そう思ってたのに。
でも、でも。
それを差し引いても──あの完璧超人の公爵様に好かれているのはぶっちゃけ嬉し〜!
現実世界じゃ到底お目にかかれないような、芸術作品のような美形と公爵という圧倒的ハイスペ肩書。
そんな人に好かれてるんですよ私。
嬉しくない人いる? いねえよなあ!?
「気持ちが分からないなら、直接本人に聞けばいいんじゃないですか?」
横に座るアリスが、足をプラプラさせながらそう言う。
「うーん……それはちょっと。怖くて聞けないよ流石に。近付きたいけど、近付きたくないような人だし……」
「もー、じれったいですねえ。好きな女の子が会いたいって言えば、喜ばない男の人なんていないのに」
「そうは言ってもさあ〜……」
要領を得ない私に、アリスは小さくため息を吐くと、ぽんっと手を叩いた。
「じゃあ、こうしましょう! 公爵様の国へ行けばいいんですよ!」
「なるほどね〜てアリス!? いつからそこに!」
「気付くの遅っ」
神出鬼没の主人公アリス。
どっから侵入したのよもう。
多分、友人だからってベリンダが通したのね……ふう。
「実は明後日、隣国にあるディアエル様の領地──フヴィート公国で、『葡萄の収穫祭』が開かれるんです」
葡萄の収穫祭。
アリスが言うには、それは公国最大のイベントらしい。
今年採れた最高の葡萄で仕込んだ新酒の完成を祝い、街の広場には屋台が立ち並び、夜通し音楽とダンスが繰り広げられるという。
「しかもお祭りの三日間は、公爵様のご厚意で広場の噴水から水じゃなくてワインが湧き出るんです! 誰でもタダで飲み放題なんですよ!」
「ふ、噴水からワイン……!?」
公爵様の財力と革新的な演出。
相変わらずどうなってんの。
しかし、タダで最高級ワインが飲み放題というパワーワードに、私の前世のバーテンダーとしての血が騒ぎ出した。
ディアエル様に殺されるかもしれない。
それは怖い。
でも本場の……しかも公爵領の最高の新酒が噴水から湧き出ている?
そんな奇跡みたいな光景、お酒を扱ってた人間として一生に一度は拝んでみたいに決まっている!
「よし、行こうアリス! 公爵領の葡萄の収穫祭へ!」
「わぁい! エリザ様ならそう言ってくれると思ってました!」
こうして私は、恐怖よりも好奇心に負け、ディアエル様のお膝元であるフヴィート公国へと向かうことになったのだった。
「お出かけお出かけ〜楽しいな〜」
数日後。
私たちはスノーローズ家が手配した長旅用の立派な馬車に揺られていた。
向かいの席にはアリスが座り、外の景色を見てはしゃいでいる。
そして私の隣には、ガチガチに緊張して背筋を伸ばしている騎士──ジュリアンが座っていた。
「……あの、エリザ義姉上。なぜ私まで同行することになったのでしょうか」
ジュリアンが、チラチラと私の横顔を見ながら尋ねてくる。
なぜって? そりゃあ決まっている。
「もちろん、私たちの護衛をお願いするためよ。ね、アリス?」
「えっ? あ、はい。そうですね」
私はアリスに話を振りながら、内心で力強くガッツポーズをした。
今回の旅はズバリ!
アリスとジュリアンを旅行にくっつけて、恋のフラグを立てちまおうぜ作戦!
旅行という非日常の空間なら、つり橋効果的なサムシングで二人の距離も縮まるに違いない。
「そういうことだから。ジュリアン、私たちのことしっかり守ってね」
「っ……! はい! エリザ義姉上の護衛なら、この命に代えましてもやり遂げてみせます!」
ジュリアンはバンッと自分の胸を叩き、耳の先まで真っ赤にして力強く宣言した。
いやいや、違う違う! 私じゃなくて、向かいに座ってるアリスを見てよ!
なんで私に向かって熱い視線を送ってくるの!?
相変わらずズレまくっている矢印に頭を抱えそうになりながら、私はふと気になっていたことを口にした。
「そもそもなんだけど……ディアエル様って、本当はどんな方なの?」
私の問いに、ジュリアンが騎士らしく真面目な顔つきに戻った。
「義姉上はご存じなかったのですか? ディアエル=フォン=フヴィート公爵閣下は……この大陸を支配する王国の、建国王の末裔であらせられます」
「け、建国王の末裔……」
「はい。現国王陛下とは遠いご親戚にあたり、王国から商業的・軍事的に最も重要な拠点である『旧王国領』を治めることを賜った、公爵中の公爵ですよ」
ジュリアンの説明に私は生唾を飲み込んだ。
やっぱり、ただのイケメンヤンデレ公爵じゃなかった。
血筋からして完全に華麗なる一族じゃないの。
「それに、あのお方は天性の頭脳を持つ神童だったそうですよ」
今度はアリスが、持参したクッキーを齧りながら口を開いた。
「幼少期から帝王学を学び、大人でも理解が難しいような学問を、子供の頃にすべて記憶してしまったとか! すごくないですか?」
アリスの豆知識に、ジュリアンはうんうんと頷いて続ける。
「父である先代の公爵様がその才能に圧倒されて、早々に領地経営の実権を全て譲り渡したらしいです。実権を握ってからの閣下の功績は、騎士団の中でも生きた伝説として語り継がれていますよ」
ジュリアンが尊敬と畏怖の念を込めて同調する。
「ただ富を独占するのではなく、商業を爆発的に発展させ、人を育てることに重きを置かれた。身分に関わらず、平民でも才能のある者は城に招き入れ、技術革新を次々と起こしているのです」
「うわ、すごい……」
「フヴィート公国は、他の国よりも『百年先を行っている』と評されています。閣下が十代の頃から、その恐るべき噂は大陸中に広まっていました」
話を聞き終えた私は、馬車のシートに深く背中を預けた。
なんということだろう。
漠然と権力があって怖い人というイメージしかなかったけれど。
あの人は、血筋、頭脳、経済力、さらには身分に囚われない革新的な思考まで持ち合わせた歴史に名を残すレベルの超偉人だったのだ。
(私、そんな文明を創り上げるレベルのラスボスに、首輪つけられそうになってるの?)
スケールが大きすぎてもはや笑えてくる。
私が一人で戦慄していると、馬車がゆっくりと速度を落とした。
「あ、着いたみたいですエリザ様!」
アリスの声に弾かれたように窓の外を見る。
そこに広がっていたのは、信じられないほど活気に満ちた光景だった。
綺麗に石畳で舗装された広い大通り。
見たこともないような美しいガラス張りの店舗が並び、色鮮やかな衣装を着た人々が笑い合いながら行き交っている。
そして広場の中央には、天高くそびえる巨大な彫刻の噴水があり──そこから本当に、ルビーのように赤く輝くワインがとめどなく溢れ出していた。
「うわぁ……!」
100年先を行く黄金の公国。
ディアエル様の創り上げた圧倒的な世界に、私はただただ、感嘆のため息を漏らすことしかできなかった。




