ほどほどに期待
4つのクラスから輩出された走者達が屈み込んで出番を待ち続け、ついに第1走者がレーンに立った。4人全員が運動部に所属する男子だ。
スターターを務める体育教師がピストルを手に定位置へつく。待機列に並ぶ生徒達はその幕開けを今か今かと固唾を飲んで見守る。
空に浮かぶ太陽を背に、翼を羽ばたかせる鳩の群衆が点を打つ中、スターターが合図を響かせる。
「それでは全体リレーを始めます。位置について、よーい」
第1走者達が背を低くしてスタートの構えを取り、ピストルが火を吹く瞬間に意識を研ぎ澄ます。そして次の瞬間、スターターの指が引き金にかかり、
「パンッ!」
踏み込んだ力をピストルの音と共に破裂させ、4人の生徒達が走り出した。グラウンドに敷かれたレーンを走り抜ける彼らの足元には土煙が立ち込め、各クラスの仲間達の声援が背中を押す。
「走れ走れ!」
「前いけー!」
「ここで1番になったらモテるぞー!」
賑やかな野次馬を背にファーストランナー達がカーブで描いて2番手の待つ場所へスパートをかける。まだまだ練習だというのにその熱量は若人達の闘志を薪を焚べる。
偶数列の未来の後ろでは美鈴が、奇数列の朝陽の後ろでは和樹も声を上げる。
「走ってー!」
「脚動かせー!」
未来は現在の順位を目で確認する。どうやら拮抗している様子ではあるものの、A組は現在僅かに4位。差は大して広がってはいないものの先行き不安な展開。確かな緊張感を受けて未来の手にも自然と拳が握られる。そんな彼の肩が後ろから叩かれる。
「ほらほら未来! 練習だからってこけないでね!」
眩しい笑顔で美鈴がエールを送る。未来はジト目で彼女を少し睨む。
「流石に何回もやらかさない」
ため息交じりの返答に美鈴は楽しげに目を細める。
「どうかな〜? 未来ってば変に緊張するからな〜」
美鈴はほれほれと未来の肩を小突く。
「別にこれ本番じゃないし」
「出た出た! 練習で本気でやらないと本番でも本気出せないよー」
「……分かってるよ」
未来はそうぼやいて視線をリレーへと戻す。前の走者達が激しい競り合いを繰り広げ、徐々に未来達の出番が近づいていく。
「4番手、ですか」
奇数列に並ぶ朝陽は目を凝らして戦況を把握する。
何度かは先頭にまで追い上げることはあったものの、他の3クラスの方が一枚上手な場面もあって最後方から追う形に。
「うわー、まあまあやばそ」
和樹は立ち上がって形勢を眺める。熱い日差しに当てられ、彼の首には汗が滴っている。
「どうにかなりますかね?」
朝陽は和樹を見上げる。彼女の手の内も汗で温かく湿っていて熱気に当てられていることを言葉にせずとも表している。
「どうって言われるとなぁ……まぁ巻き返せなくはなさそうってとこか」
和樹の言う通り、差はさほど広がっているわけではない。展開次第では逆転も狙える状況だ。
「ま、ここは我らが未来がなんとかしてくれるだろうよ」
「……芹沢さん頼みとか割と不安なんですけど」
朝陽が苦笑を浮かべるが和樹は表情を曇らせない。
「大丈夫大丈夫、ウチんとこの未来に期待してやってよ!」
半信半疑の晴れない朝陽だったが、ここまで言われると不思議と信じてみたくなってくる。
朝陽は佳子へと一瞬視線を送る。彼女は明るい活気のある笑顔で自クラスの応援に声を張っている。
朝陽はそんな佳子から偶数列の未来へ視線をそっとスライドさせる。
彼は後ろに控える美鈴と何かやり取りをしているようだ。お互いに小突きあったりするなど、どこか肩の力は緩く見える。満面の笑顔とは言わずとも、未来の表情は豊かに変化していて、朝陽の全身の力をもどこか解されているようだ。
朝陽は未来の姿を見つめたまま、小さく呟く。
「ほどほどに期待しないでおきますよ」
朝陽の呟きを和樹が耳にしたのかは分からない。だが彼は朝陽を一瞥した後、未来と美鈴の方へ顔を向ける。
遠くの美鈴もその視線に気づいたのか、朝陽と和樹に向けて大きく手を振る。そんな彼女に呆れ顔を見せる未来。
大接戦の渦中のバトンは、勇ましく駆け抜ける走者と共に徐々に未来達へと近づいている。
空から降り注ぐ程よい灼熱とグラウンドの熱気には翳りがない。
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