一瞬の恋幕と始まる祭り
何を言っているのだろうと感じざるを得ない、突然の告白。朝陽の頭は困惑で一杯になり、目の前の男の子を見つめ返した。彼には確かな熱があるように思えた。自分の瞳に映る女の子の美しさに囚われている節さえあった覚えがある。朝陽は少しばかり返答に窮した。状況を飲み込めない混乱が当時来ていたTシャツの裾を握る指に力を加える。
そして朝陽は、彼女が返せる答えを出した。
「ごめんなさい」
頭を下げてそう紡ぐ朝陽。突然の告白を前に頭を下げる必要など無い気もしたが、気まずさを少しでも誤魔化すために頭を下げたのかもしれない。
これまでその可憐な容姿から好意を持たれる事を意識しない朝陽ではなかった。自分でも好奇心の目を向けられる事は自覚していたし、特段珍しい事とは思っていなかった。
しかしこうも出会い頭に、しかもストレートに付き合ってほしいと言われる事は今までなかった。言葉で伝えられた以上、こう返すしかない。
遠くではカラスの声が空に溶け込むように響いていて、少年の虚しさを代弁しているかのようだった。
男の子は頭を下げる朝陽を前にして、我に返ったかのように静かに口を開いた。
「あ、うん……ごめんね……」
頭を上げた彼女の目は、申し訳なさそうに伏せ目がちに視線を逸らす少年を捉えた。この瞬間湧き上がってきたのであろう羞恥心を示すように耳の先まで赤い熱で染まっている。
遠くのカラスがさらに虚しさを表すように鳴き声を上げる中、堪えきれなくなったのか少年は駆け出してその場を後にする。
自転車に飛び乗り、公園から抜け出す少年の背中はどこか小さく見えた。少年の姿が消えて数十秒後、遊び相手の友達と遭遇したのか少し賑やかな声が朝陽の耳にも届く。聞き慣れない声が驚いたような声も。お友達の反応からして、遊び場所の変更を聞いて驚いているようだがすぐに了承する声が続く。
それ以降少年との縁は完全に無くなった。
そして前触れのない告白を受けた次の日から、佳子の態度が目に見えて冷たいものに変わっていた。学習塾で出会っても鋭い視線を向け、遊びの予約を取り付けようとしてもほぼ無視する始末。
あまりのショックからか、朝陽はあの男の子の顔を思い出せない。いや、思い出したくないのかもしれない。
正直ルッキズムを否定するつもりはないものの、告白されたとなれば話が別だ。はっきり言って朝陽は嫌悪感さえ抱いていた。そして親友だった幼馴染の佳子との関係悪化。
頭では関係ないと分かっていても、朝陽は八つ当たりに似た怒りを少年に持っていた。そう、関係はないはずではある。だがそれでも心のどこかで巣食う、「あの男の子のせいで」という気持ちは消えてくれない。
違うクラスで笑う佳子の姿に過去を想起させられる朝陽。思い詰めたようにも見える表情を浮かべる彼女に、とある声が飛んできた。
「おーい、朝倉さーん。どうかしたか?」
ふと振り返ると共にしゃがむ和樹の姿が目に入る。
「あ、いや、すみません……で、えっと、何でしたっけ?」
「いやいや、別に何も話してないよ」
和樹は笑いながら手を振る。燦々と照りつける太陽の光を浴びる和樹の表情は、彼のガールフレンドの美鈴に負けず劣らずの輝きを放つ。
「でさ、朝倉さんにしか出来ないことお願いしてもいい?」
和樹の言葉に朝陽はきょとんとする。
「は、はい。私で出来ることなら」
朝陽の返事を聴くや否や和樹は両手をパンと合わせて頭を軽く下げる。
「頼む!」
こんなに真剣ということは何か大事なのだろうか。朝陽はそんな心構えで次の言葉を待つが……
「また未来がこけたりしないかちゃんと見守ってやってくれ!」
「……え?」
和樹からのお願いに朝陽の口から間の抜けた声が漏れる。
「え、見守る、ですか?」
「おう! ほら、未来の奴、またやらかすかもじゃん? 朝倉さんが優しく見てやったら多分きっと恐らく大丈夫だと思うから!」
ニカッと笑う和樹の、最後に関してはあやふやな自信が詰まった言葉を聞く朝陽はしばらく硬直した後、クスッと笑う。
「なんですかそれ? 見守るだけで何とかなるなら、いくらでも見させていただきますよ」
何故だろう、少しだけ自身の肩の力が抜けたのか。心の荒波が少し収まり、固くなっていた全身も少し緩む。
「そっか! いやー、なら良かった良かった!」
和樹も決して人の心の動きには鈍感ではない。それについ先程までの朝陽はどう考えても普段より冷静さを欠いてるようにさえ思えた。思い詰めていた表情がそれを語るように。
朝陽にどんな過去があるかは分からない。今後知る事もないかもしれない。だがそれでも放っておかないのは、かつての未来とどこか重なるからだろうか。
(頑張ってくれよ、未来も)
目の前の少女にバトンを渡す親友に和樹は祈る。今度はカッコよく決めてくれ、と。
スターターのピストルが火を吹くのはもうすぐ。澄み渡る青空も下界の興を今か今かと待っている。
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