ギリギリまで頑張って
白熱するリレーの熱気は高まる一方で、さらなる熱狂の渦を生んでいる。空からの陽気にも劣らない熱が走る者の闘志を燃え上がらせる。
「もうすぐ私達の番だよ未来!」
未来の後ろに控える美鈴が彼の肩をバンバンと叩く。リレーを見守る中で彼が叩かれた回数はいざ知らず、盛り上がりが高まるにつれて手のひらから伝わる力が増しているように感じる。
「痛い痛い。分かってるからそんなに叩くな、ずっと叩かれてるから肩の感覚がおかしくなってる気がする」
未来は不満を顔に出すが、美鈴は睨みつけられてもケラケラと笑っている。
「あはは! ごめんねごめんね。トーコンチューニュー?ってやつだから大丈夫だよ!」
「……もう少し加減ってもんを覚えような」
肩に叩きつけられる熱量を受けながら未来は現状に目を向ける。熾烈な追い比べが繰り広げられる中、依然とA組は最後方から前を窺う形となっている。
「結構厳しめな感じか」
未来の呟きに美鈴が頷く。
「そんな感じだね。ま、そこは私達の未来さんがなんとかしてくれるっしょ!」
「俺の後の3人の方が速いんだけど」
そうこう言っている内に未来の目の前に座り込んでいるクラスメイトが立ち上がって、トラックの外に駆けていく。グラウンドに敷かれたレーンの横に立つ体育教師が、こちらに向かって走ってくる生徒の順位を見て次の走者達をレーンに並ばせる。
そんな中、偶数列から走ってきた生徒が未来の前の生徒にバトンを渡し、2人の横を通り過ぎていく。またここで一周したら未来の手にバトンが渡る。
「んじゃ、行ってくるわ」
「うん、いってらっしゃい! あ、転ばないでねー!」
余計なお世話だと言わんばかりに苦笑を浮かべる未来はトラックの外に小走りで駆けていく。偶数列側の方へ目を向けてみれば、先程走り出したクラスメイトがバトンを渡そうとしている。
(来るか)
体育教師が情勢を見て出番の迫る生徒達を順番に並ばせる。未来が立ったのは大外。振り返れば同じクラスの男子が必死の形相で駆けてくる。恐らく最後方からのスタートを未来は切ることになる。
「未来、気合い入れろー!」
遠くからそう耳に飛んできたのは和樹の声。いよいよだということを嫌でも覚えさせてくれるように声を張っている。
熱を降り注ぐ日差しのせいか、はたまた止まることのない鼓動がそうさせるのか、未来の額には既に汗がじんわりと滲んでいる。未来は腕で軽く拭って軽く頭を横に振る。
横に並ぶ他クラスの走者達は次々にバトンを受け取って前へ走り出している。空いた最内のレーンに移動するよう体育教師に促され、未来は足早にスライドする。
後ろに目をやれば目と鼻の先に疾走するクラスメイトがいる。未来は前を向き、スタートの構えを取る。そして足音がすぐそこまできた瞬間、一気に踏み込んで大地を蹴る。
勢いよく前方へ飛び出し、低姿勢で駆ける未来。そんな彼の背中にクラスメイトの声が飛んでくる。
「芹沢!」
合図を耳にして未来はサッと右腕を後ろへと伸ばす。開かれた右手にバトンが勢いよく押し付けられ、未来は迷うことなく握りしめる。託されたバトンを握って右腕を前に戻し、左手にバトンをチェンジさせる。
直線が終わりを迎え、カーブにかかる。未来は前方で走る他クラス3人をその瞳に映す。彼らと未来の間にはそれなりの距離が生まれていて、先頭の走者は偶数走者達が待機する側の直線レーンに突入しつつある。
(クソッ、流石に全員抜くのは厳しいか…… )
未来は必死にスピードを上げて走るが距離は中々詰まらない。そんな彼の耳に友人達からの応援が届く。
「頑張って未来!」
「全員ごぼう抜きしろー!」
(そりゃ頑張って1位なりたいけども……!)
普段つるんでいる美鈴と和樹の声に未来は内心言葉を返す。厳しい戦況下でも彼らの声が未来の脚にアクセルをかけてくれる。
未来は3人の位置を目で追う。前2人はもう未来の番では届かない。未来は自分に今1番近い位置で走っている走者へ目を向ける。
(せめて3番だ、3番手には上がってやる……!)
微かな希望を胸に未来はさらに力強く大地を踏み抜く。現在3番手を駆けるのはC組の男子。彼の背中に未来が徐々に近づいていく。目の前の組の走者は未来の気配を感じ取り、脚の回転を速めて未来を突き放そうとするが未来の追い上げが上回りつつある。
熾烈な3位争いにA組とC組の熱量は加速する。
「抜かれんじゃねぇぞ湊!」
「彼女にいいところ見せるんだろ!」
「湊くん耐えてー!」
現在3位を死守しようとしているC組走者、湊に応援が送られる。一方A組からも、順位を上げつつある未来にエールが飛ぶ。
「頑張れぇ! 芹沢ぁ!」
「行け行けぇー!」
「芹沢くん走って走って!」
普段は目立つことのない未来に温かい、否、熱い声援が飛び交い、未来のギアがさらに高まる。
直線コースに差し掛かったところで遂に両者並んだ。日頃ここまでエンジンをかけることの意味することのない体の節々に慣れない痛みが走る未来。並びはしたものの、追い抜くのにあと一歩届かない。全身を巡る痛みに未来は顔を歪める。息切れも近く、前へ進むのが苦しい。
あと一押しさえあれば。そんな限界を迎えつつある未来は下を向きつつあった。しかし、そんな彼を奮い起こそうとする一声が。
「頑張って芹沢さん!」
凄まじい熱量を孕む声援の中でハッキリと聞こえる声に未来は前方へ顔を上げる。そこにはレーンに立って未来からのバトンを待つ朝陽の姿があった。
(朝倉……)
未来と視線を交わした朝陽はもう一度未来へ言葉をかける。
「芹沢さん頑張って!」
健気な朝陽の応援。そんな彼女の声が、底をつきかけた未来の力をグッと引き上げた。
未来にも分からない。どうして彼女の声がここまで自分を鼓舞するのか。だが彼は口元に弧を描き、確かな笑みを浮かべさせる。
未来はどんどん前へ上がっていき、遂にC組の湊を追い抜く。その瞬間A組からは大歓声が上がる。そんなA組の盛り上がりが未来にさらなる力を与え、後方の湊を突き放す。
未来は最後の力を振り絞り、前に立つ朝陽へ向かった最後のダッシュを駆ける。近づいてくる未来からバトンを受け取る為、前を向いてスタートの構えを取ってその瞬間を待つ。未来の気配が背後ギリギリまで近づいてきたところで朝陽は大地を蹴ってスタートダッシュを決める。未来はまだ初速段階の朝陽へ声を飛ばす。
「朝倉!」
その声を受け取った朝陽は後ろを走る未来に向けて右腕を伸ばす。未来は左手に握るバトンを勢いよく押しつける。朝陽はそれを力強く握りしめ、前へ前へと駆ける。
トラック内へ抜けた未来は偶数列の横に倒れ込む。そんな彼にアンカーを務める和樹が駆け寄って彼の肩を抱く。
「よくやったな未来! お疲れ!」
息絶え絶えの未来は親友からの抱擁に苦笑を浮かべ、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「1位……取れなくて……悪かった……」
和樹は満面の笑みを浮かべて未来の背中をポンポンと叩く。
「何言ってんだ! よくやったじゃねぇか! ほら、ちゃんと休め!」
未来の体から絶え間なく流れる汗を気にしない和樹の言葉に自然と甘えたくなる。未来は和樹の体に少し寄りかかりながら、今全力で走っている朝陽へ視線を送る。彼女の応援が最後の一押しとなり、未来の力になった。
肩で荒い呼吸を繰り返す未来は朝陽の走る姿を見つめる。
(朝倉、ありがとう)
本番さながらの熱気はまだ終わりを見せない。
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