【朗報】ボッキマン、外注業者になる その⑥
俺はナンバーツーの視線から逃れるように顔を逸らした。
少し埃の積もったトロフィーのようなものが目に入る。彼はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……そうか、それは、驚きだな」
言葉は軽かったが、その表情は何故か心の底から驚愕しているように見えた。
「でもまあ、確かに近所にはおかしな奴が多かったと思うけどな……
能力者というより怪物みたいだったけど」
俺の脳裏にいつか戦ったバッタや肉の柱の姿が思い浮かぶ。
「その者の名は?」
ナンバーツーは俺の方にさらににじり寄ってくる。
「いや、知らないけど……
問い詰めても虫みたいに鳴いてただけだったし……」
俺がそう言うとナンバーツーは残念そうな表情を浮かべながら
椅子に深く座りなおした。
「あれ?怪物のことは興味ない?
バッタみたいだったんだけど」
「……ああ、今は興味はないな。すまないね」
ナンバーツーはそう答えると静かにため息をつく。
(こいつらも怪物のことは知らないのか……)
俺はそう思うと少し落胆する。あいつらは一体どこから来たのだろうか。
しかし、こいつらの予想が正しければ、
あの地域で発生した能力者の一人が神代なんだろう。
「それで……その怪物とやらをお前はどうしたんだ……」
俺とナンバーツーのやり取りを見守っていた首領がゆっくりと口を開いた。
「ああ、ぶっ飛ばしたよ」
首領は俺の返答を聞くと無言で視線を外し、なぜか大きく息を吐くと椅子に背を預けながら俺を見つめる。よく見ると彼が座っているのは車椅子だった。
もはや骨董品屋でも見かけないような数世代前の代物で丁寧に補修されていたがフレームは錆びつき、車輪は少し歪んでいる。
彼の脚も膝から下は義足になっていた。
「その脚、どうしたんだ?」
俺は気になって尋ねてみた。
「……若きの日の過ちだ。思い上がった若造のな……」
「そうか」
それ以上聞く必要はなかった。
「ふふっ、ふっ、優しいことだ……。
お前には……何の、見返りもないだろうに……」
首領は俺の顔を見つめながら呟いた。
「何の話だよ」
「怪物の話だ。そのことで何か得たものはあったか……」
「いや……」
「巨人も、そのバッタとやらも、
命の危険に身を晒しながら、お前が得たものは何もない」
「…………」
「首領はつまり、君のことを無私の心の持ち主だってことを言いたいんだよ」
ナンバーツーが横から口を添える。
「だからそんなんじゃないって……」
俺は頭を掻きながら否定したが、
首領は相変わらず俺を見つめまま言葉を続ける。
「……そう。本当は少し違うのだろう……」
「え?」
「では……現時点での、私からのお前の評価について話そう……」
首領はそう言うと、淡々とした口調で語り始める。
「……お前は、降って湧いたその無敵の力を心の拠り所に
出来ず自信を持てない一方で、生き方はその力に依存しており、
いつかそれを失ってしまうのではないかと不安で仕方がないのだろう。
そして借り物の……無敵の力を見せびらかしつつ、
無害な連中には優しくして見せることで
自分の中にある迷いや不安を少しでも和らげようとしている……。
そんなところだろう」
俺は何も言い返せなかった。正直、その通りだと思ったからだ。
「そして、お前は今まさにそれを自覚したところだな……」
「…………」
俺は何も言えずにただじっと目の前の男の次の言葉を待つしかなかった。
「……その力はいずれ失われるものかもしれない。
だが、天が与えた力は天の命令に従い生きる限り……
お前だけのもので間違いない」
「……俺への命令ってなんだよ?」
俺は首領の顔を見ながら問いかける。
俺は自分でも何を聞いているのかわからなかった、けれど聞かずにはいられなかった。
「ふふ、ふっ、ふふっ……私に聞くな。それは自分で見つけろ……。
私もお前と同じで……自分が何をすべきなのかずっと分からなかった男だ」
面頬の奥底にあるその表情は分からなかったが、
その声はどこか楽しそうで不思議と悪い印象はなかった。
彼は構成員を使い、佐凪博士を拉致しようとしていた組織のトップだが、その考えの根底には博士と通ずるものがある気がした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「なあ、この組織はいったいどういう目的で作られたんだ? そもそも、あんたは何者なんだ?どうしてこんなことをしているんだ? それから、この組織のボスとして……あんたは何を成し遂げようとしていたんだ?」
俺は次々と質問を浴びせかける。
俺の問いにナンバーツーは少し困ったような顔をしていたが、やがて首領は静かに口を話し始めた。
「悪は得てして弱いものだ……
ひとたび陽の下に晒されれば、正義の炎で呪われたその身を焼かれる……
さもなければ影の中で息を潜め、闇へと隠れ逃れて生きるほかない、
儚い生き物、それが悪だ……」
「…………?」
俺は彼が何を言いたいのかよくわからなかった。
しかし、彼は話を続ける。まるで自らの心に整理をつけるように。
「一方で、正義とは神であり……
人が守らなければ消えてしまうような弱々しいものではない……
正義を掲げんとする亡者どもが本当に守ろうとしているのは
正義ではなく、彼ら自身である。
もっと言えば彼らを彼らたらしめんとする妄想の類を守ろうとしている」
「……うーん?」
首領はゆっくりと語り続ける。まるで自らに言い聞かせるように。
「……大きくなりすぎた亡者の正義が作り出すそれよりも
小さな悪が作り出す地獄の方がよりささやかだ。
だから……我々にとって守る価値があるとすれば、
それは、儚く弱々しい悪の方だろう」
「……結局、教えてはくれないんだな」
「お前にとっては我々が何なのかということよりも重要なことだ」
「…………」
俺は黙って次の言葉を待ったが、首領はそこで言葉を止める。
そして、そのまま何も語らず、再び沈黙が訪れた。
「……なあ、亡者ってなんだ?悪ってのは……」
「ヒトだ」
「ぼ、首領はたまにこういうことを言いたがるクセがあるからね。
まあ季節の変わり目の風邪みたいなもんだよ」
ナンバーツーが横から口を挟んできた。俺があまりにも困って見えたからだろう。
「……ああ」
俺は気の抜けた返事をする。首領は俺に何を見ているのだろう。
彼の面頬の下の表情は相変わらずわからない。
「今日、お前を見てはっきりわかった。私の下で働かせるというのは、
天から見て良いことではないというのがな……。
だから、好きにするといい。ここを出るのも自由だ……。
もちろん我々を殺すのもな、その時は……全力でお相手しよう」




