【朗報】ボッキマン、外注業者になる その④
俺は再びセンドレッドの顔を見た。彼女の顔は相変わらず俯いた姿勢のままで強張っているが、その眼差しは強く真っ直ぐなものに変わっていた。
「よっし、わかった」
俺はそれだけ言うとセンドレッドに向き直り、手を突き出す。
「おい、センドレッド。俺を生け捕りしろ」
センドレッドが一瞬驚いたように目をぱちくりとさせる。
「……えっ!?」
「なあに、心配するなって。
俺を捕まえれば罰はないんだろ。さあ、早くやれよ」
俺がそう言って笑うと、マドワセルとサイキオンも困惑した表情を浮かべていた。
首領とナンバーツーは冷静に俺のやりとりを見つめている。
「そんなことできないよ……
あたしは罰を受けるつもりでここに来たし……」
「お前さ、まじで何だったらやってくれるんだよ。
教えてくれよ」
センドレッドは戸惑いながらも覚悟を決めたのか俺の腕を掴むと、ヘアゴムを取り出し、俺の手を縛りつけた。
「うわお、捕まっちゃったよ。これでいいんだろ、爺さん」
俺は振り返ると首領に向かって言った。
首領は椅子に深く腰をかけ、鼻の辺りに骨のように尖った指を当てている。彼はそのまま何も言わずに俺のことをじっと見据えていた。
「よかったな、センドレッド。大手柄じゃん」
俺がそう言った瞬間、センドレッドは顔を歪め泣き出した。
「うるせえな、なんで泣くんだよ」
「だって……だって……あっ、あたしなんて、何の役にも立たないのに……。なっ、何も出来なくて……ずっと足手まといで……なのに……みんなが、優しくしてくれるから……」
センドレッドは嗚咽交じりに喋り続ける。
首領はその様子をしばらく眺めていたが、不意に口を開いた。
「……なるほど、人のために自分の身を投げ出せる善良な魂を持っているようだな」
「別に善良じゃないけどな……まあそれでもいいか」
俺は少し照れくさかった。
「お前のその勇気に免じて、
センドレッド、マドワセル、サイキオン達への罰は取り消そう」
その言葉にセンドレッドは涙を拭きながら顔を上げたが、また嗚咽を漏らし始めた。
「ただし、お前たち三人には別の任務を与える。後で追って伝えよう……」
「……ありがとうございます」
首領の言葉にマドワセルとサイキオンは背筋を伸ばす。
「では……ボッキマンの身柄は……私が預かることにしよう」
「へっ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
ナンバーツーが首領の言葉を補うように話し始める。
「ちょうど我々だけで話したかったところだしね」
そう言うとナンバーツーは手を叩いて人払いを始めた。
「ここからはボッキマンと私と首領だけで話したい。
皆、一度解散しよう」
ナンバーツーがそう伝えると、センドレッドはサイキオンに肩を支えられながら部屋からよろよろと出て行った。その様子を眺めていると、いつの間にか俺の後ろに立っていたマドワセルが耳元で囁く。
「後で時間をちょうだい……
私もあなたとは二人きりで話がしたいから」
「え?いいけど?でも俺ってこの先どうなるわけ?大丈夫かな?」
俺がそう尋ねるとマドワセルは「大丈夫」とだけ言い残してサイキオンと共に去って行った。三人が退室した後、ナンバーツーが扉の鍵を閉める。
今や部屋にいるのは首領と俺、
そしてダチョウみたいな髪型のナンバーツーだけだ。
(なんだよ。どいつもこいつも自分勝手だなあ……)
心の中でぼやきながら、俺は改めて広くなった室内を見回す。
部屋には上等な壁紙が張られ、床には絨毯が敷かれており、部屋の隅に置かれた観葉植物は丁寧に手入れされているように見える。
壁際にはワイン棚のような高級感のある家具がいくつか据え付けてあり、棚にはやはり高価であろうと思われる品々が置かれていた。
ぼんやりと棚を眺めていると、ふとあることに気づく。
「……門戸?」
棚に飾られている写真立てには三人の男が映っていた。写真は経年劣化でボロボロになり、すこし黄ばんでいるが、その中央に立つ人物に見覚えがあったのだ。
「門戸を知っているのかい?」
ナンバーツーは少し驚いたように聞き返す。
写真の中の青年は、俺をつけ回してインタビューしてきたあの雑誌記者、
門戸流都にそっくりだった。
顔のパーツの形状と配置、かけている眼鏡、体格といいほとんど同一人物に見える。違う点があるとすれば、白黒写真なので肌の色がわからないということくらいだろう。
「ええ?ああ、門戸って名前の記者に以前にインタビューされたんだけど、
あの写真とそっくりで……」
写真の中央には門戸そっくりの青年がはにかんだ笑顔を浮かべ、その右隣には筋肉質な男が作業服姿で膝をついている。
そして、左サイドには両手の親指を立てて、白い歯を見せて笑うひょうきんそうな小太りな男が映っていた。一体、何年前の写真だろうか。
しばらく沈黙が続く。
俺は少し居心地が悪くなり、椅子の肘掛けを指でなぞったりしていた。
やがて、首領が静かに呟く。
「古い写真だ……もはや知る者がほとんど消えた過去の……」
「もしかして写ってるのってあんたらなの?
どれが誰なんだか全然わかんないけど仲が良さそうだな」
「……中央の男の名前は門戸薬人。
今や袂を分かったとはいえ、かつては我々の同志であり、
私の友人でもあった」
「あと、モンド製薬の創業者だね」
首領が口を開くと、ナンバーツーが補足するように続ける。
「君が出会った門戸は記者をやっている、
で間違いないんだね……?」
ナンバーツーは俺の言葉を反芻するように呟く。
「そう、なんかよくわからんけど、親父の、
その門戸薬人って奴のために記事を書いているんだってさ」
俺は肩をすくめながら答える。
「で、あんたらの組織のことも
聞いたことはあるけどまったく知らないようだったな」
「……そうか、息子がいることは知らなかったな」
「あれって30年くらい前の写真なの?あんたらイメチェンしすぎだろ」
俺が茶化すとナンバーツーは苦笑いする。
「いいや、あれは……」
ナンバーツーが言いかけた時、突然扉が勢い良く開き、妙な恰好をした大男が飛び込んできた。
男は全身を包帯でぐるぐるに巻き、顔もミイラのように包帯で覆っていた。
包帯の所々は血で薄汚れており、節々から生々しい傷や火傷の跡が見える。彼は包帯の間からはみ出るほどの大きな目で俺を睨んでいた。
「てめぇ、ボッキマン!!ここで何をやってやがる!?」




