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【朗報】ボッキマン、外注業者になる その②

そこは、先ほどまでの通路とは全く異なる空間だった。


まず最初に感じたのは冷たい風だ。


それは冬の夜空の下を吹き抜けるような肌寒い風であり、同時に雪が降り積もった山奥を歩いてきた時に感じる清々しい匂いを含んでいた。


次に感じたのは足元の感触だ。


整地されていない道を歩いているかのように地面がゴツゴツとしており、尖ったものが足の裏に当たっている。俺は周囲を見渡す。すると自分が立っているのが、遺跡のような場所であることがわかった。


周囲には他に人の姿はなく、遠方の暗がりの中に氷山らしきものが薄っすらと見える。背後を振り返ると、青白い柱のようなものが聳え立っていた。


(これは……氷の柱か?

 いや……違う、氷じゃない、水晶か……?)


天高く伸びる円筒状の巨大な建造物の頂上付近は闇に覆われており、全容を推し量ることはできない。


柱の表面には幾何学的な文様が彫刻されており、その溝に沿って先程まで渦巻いていた青い光のようなものが流れ、それが柱を照らし出しているのがわかった。


まるで異世界に迷い込んでしまったかのように現実感がない。


一体ここは街のどれくらいの地下に存在し、どれくらいの広さを持っているのだろうか。俺は呆気にとられながらも、目の前にある異様な光景を眺めていた。


「なにこれ?古代の遺跡?

 俺は古びた事務所みたいな場所を想像してたんだけど」

「ああ、俺も初めてここに来た時は驚いたよ。

 どこかのビルに本部があるものだと思ってたからな……」


サイキオンは苦笑しながら答える。


「でも本部があるのはここで間違いはない。

 それだけは信じてほしい」

「ああ、わかったよ」


俺は素直に答えた。

正直言って信じられないというのが本音だが、

サイキオンの言葉に嘘がないことだけはなんとなく分かる。


(しかし、こんなに寒くて薄暗い場所に

 ずっといたら頭がおかしくなりそうだな……)


俺たちは切り立った崖の上に作られた遺跡にいるようで、先に進むには階段を降りるしかないようだ。下まではかなりの高さがあるみたいだが、手すりなんて気の利いたものは一切ない。


俺は恐る恐る足を下ろす。

足裏に伝わる感覚は固く、平らな石の上を歩いているようだ。


「……なあ、もしかしてここに来るたびにこの階段上ったり降りたりしてんの?」

「まあ……俺はトレーニングだと思ってるけど」

「まじか……」


俺はげんなりする。この高さじゃ落ちて死ぬ奴がいたっておかしくない。


「なあセンドレッド。

 こんな階段毎回昇り降りしてるなんて意外と鍛えてるんだな」

「うん……でも私、運動苦手だから結構大変だよ……」

「そうか……」


俺達はくだらない会話をしながらゆっくりと階段を下っていく。


「それにしてもここって人はいないのか?

 誰ともすれ違わなかったけど……」

「いないわね」


マドワセルが答える。


「ここには今、私達しかいないはず」

「……なんで?」

「冷えるからよ」

「あ、そうか……」


俺は納得してしまった。確かにこんな所に人が長居できるわけがない。

俺は少し拍子抜けした気分で呟く。


もっとこう、銃を持った連中に取り囲まれたり、組織の偉い人とかにいきなり呼び出されて『よくぞ来た!』とか言われる展開を期待してたんだが……。


そのまま少し進むと、崖から見えていた氷山の全容が少しずつ明らかになってきた。俺は眼下に広がったその景色に息を飲む。

そこにはあるのは俺の想像とはまったく違う物だったからだ。


(……あれは船……なのか?)


俺は思わず目を見開く。


氷山と思っていたものは、実際には白く濁った恐ろしく巨大な水晶の塊であり、そして水晶の山脈を両断するかのように巨大な船が鎮座していたのだ。


この種のことに詳しくはないが、砲塔のようなものが付いていることや艦橋やレーダーと思われる構造物を備えたその姿は、航空母艦と呼ばれる船に近い形状をしているように思えた。


周囲は薄暗く、船の後方も水晶の山に飲み込まれているため全長はわからないが、おそらく百mは優に超えているだろう。


(まじか……一体なんだよこれ……)


遺跡とこの船はまったく別の時代のものだろう。それなのになぜか同じ場所に存在する。それはまるで夢の中にいるような非現実的な感覚を抱かせた。


「……ここってどういう場所なんだよ」

「糾業会の本拠地、そして本部があるのはあの船の中」


「そうじゃなくてさ……

 なんていうか、もっと詳しく知りたいっていうかさ……」

「さあ、古代人が作った遺跡に沈没した船が迷い込んだんじゃないの。

 私は考古学者じゃないし、わからないわ」


俺の質問に、マドワセルはぶっきらぼうに答える。

確かに考えても仕方がないかもしれない。いずれにせよあの船まで行くにはもう少し距離がある。俺たちは階段を降り続けた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


近づいてみるとその巨大さが実感でき、間近で見るとより一層異質なものに感じられる。水晶は冷たく光っており、表面にはところどころヒビが入っているものの、それでもなお圧倒的な存在感を放っている。


階段の途中で甲板へ移動するための鉄製の橋が掛けられていて、ここから船へと降りることができそうだった。


だが階段自体はもう少し先が終点のようで、なんとなくそちらに目を向ける。


階段の終端に塔のような建造物の姿が見える。それは崖に寄り添うようにして建てられていた。俺は疑問を口に出す。


「あれが入り口?」

「どこをどうみればあそこから船に入れるように思えるの?」


マドワセルに冷たく返されてしまった。


だが塔の側面には小さな穴が開いていて、中に入ることができそうだ。

塔の壁を観察すると、窓のような隙間から光が漏れているのがわかる。何かいるのだろうか。


「い、いや、なんか中に入れるみたいだし」

「あんな10人入れるかどうかもあやしいような狭い所なわけないでしょ?

 何人いると思ってるの?」


(そんなこと言われてもこっちはわかんねえだから、しょうがねえだろが……)


心の中で愚痴を言いつつも、俺は甲板への橋に足をかける。


「いや、そもそも糾業会きゅうごうかいの構成員って全部で何人いるんだよ」


マドワセルに代わってサイキオンが口を開いた。


「えーっと、今は確か、80人ぐらいだったかな……」

「え?そんなにいるの?」


俺は驚いてしまった。何となく少数精鋭の集団だと思っていたからだ。

サイキオンは苦笑する。

だがよく考えてみると、こんな大きな船をたったそれだけの人数だけで航行させるのは無理な話だろう。


「まあ、この本拠地の存在すら知らないのもいるし、

 全員が集まって何かをするなんてことはないが……」


ここは単なる隠れ家的な役割しかないという事なのかもしれない。


俺は少し落胆しながらも、橋を渡り、甲板へと続く階段を降りていく。

後ろでサイキオンが再び口を開く。


「みんな、糾業会のこととは別に日常の生活というものがあるんだ。

 俺だって普段はモデル事務所『K-main』に所属する一人として、

 撮影なんかを……」

「サイキオン」


マドワセルはサイキオンの話を冷たい口調で遮ろうとするが、それを気にすることなくサイキオンは続ける。


「俺は誤解を解いておきたい。

 ボッキマン、俺たちは自分の夢や生活、

 それから周囲の人を大切にしたい人々の集まりだ。

 その背後に何か凶悪なたくらみがあるわけじゃない。ただ……」

「私の話を聞いて」


マドワセルの刺すような声が響き渡る。サイキオンとマドワセルに挟まれ、俺は思わず身をすくめてしまった。


「……すみません。

 ボッキマンもすまない。あんたにはどうでもいいことだったかもしれないな」

「別にいいよ、教えてくれてありがとう」


俺は素直にお礼を言うことにした。

サイキオンは少しほっとした表情を浮かべているようだった。


そのまましばらく進むと、甲板に明かりが灯っているのがわかった。

どうやらここからは電気を使っているようだ。

弱々しい光だが、ずっと薄暗い中にいた俺の目には眩しく感じる。


目を細めていると甲板の中央付近にあるビルのような建物から糾業会の構成員らしき連中が数人が出てきた。どうやら俺たちが来るのを待っていたらしい。


彼らの様子をうかがっていると、先頭にいた小柄な人物がこちらに向かって話しかけてきた。

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