【朗報】ボッキマン、外注業者になる その①
俺の名は没木一歩。
いまだ先の見えない真っ暗な道の中を歩み続ける男。
振り返る時、俺は知るだろう、今まで居た闇の深さを。
だがその時は今ではない、今はただ進むのみ。
いつか俺は、己の闇を照らす光を見つけることが出来るのだろうか。
さて、いきなりだが俺は今、糾業会の本部を目指してマツエイビルの地下にある通路を歩き続けている。
連中の話では、この地下通路は表の世界では存在すら知られていないらしい。
この先には、かつて俺を襲撃した能力者による秘密組織の本拠地があるとのことだが、今のところは何の変哲もない薄暗いコンクリートの一本道を歩いているだけだ。
「こんな何の変哲もないビルの地下に秘密組織がねえ……」
「そうね。あなたみたいなおしゃべりな人が居れば、
二日と経たず秘密には出来なくなるでしょうね」
マドワセルは俺がべらべらと喋るのが気に入らない様子だった。
彼女は先導するように俺の前方を歩いているが、俺の独り言にもいちいち反応を返してくる。
「ふへへっ、怒られちゃったよ。
マドワセルっていつもああなのか?」
「そんなことない。いつもは優しいから……」
センドレッドはうつむきながらおずおずと答えるが、マドワセルはそっぽを向いたままだ。まあ、なんにせよ俺は多少なりとも調子に乗っているのかもしれない。
それとも内心では不安を感じていて、
誰かに話を聞いてもらいたいと思っているのだろうか。
そう思い始めた頃、前方に金属製のドアが見えてきた。
ドアの上にはぼんやりとした緑色の照明があり、まるで蛍の光のようだった。
「ここが……?」
「いいえ、もっと先よ」
マドワセルが扉を開けると、そこにはドーム型の空間になっており、床には青白く発光する幾何学模様の魔法陣のようなものが描かれている。
そして、その中央には巨大な半球状の物体が置かれており、その側面には無数の小さな穴が開いていた。
「これが……?」
「いいえ、少し黙ってなさい」
なんだかさっきから俺はバカみたいな質問ばかりしている気がするが、
それほどまでに目の前の装置は異様だった。直径2m程の球体で、材質はよくわからないが金属のようだ。
その表面にはびっしりと細かい文字のような物が刻まれている。
見とれていると、突然背後から気配を感じた。
慌てて振り返ると、いつの間にかマドワセルがスカーフを持って立っていた。
「何を……?」
「ここから先は見ないでもらいたいんだけど、
目隠しさせてもらってもいいかしら?ボッキマンさん」
「え……ああ、どうぞ」
「センドレッド、あなたもいいわね?」
「う、うん……」
マドワセルの有無を言わせない態度にセンドレッドは小さく返事すると俺から離れるように後ずさった。
俺が目を閉じると同時に、目元に柔らかい感触が触れる。
おそらくスカーフを巻かれたのだろう。しかし次の瞬間、こめかみが強く締め付けられ、俺は思わずよろめいてしまう。
「うわっ、ちょっと!めっちゃギシギシ言ってるんだけど!?」
「我慢しなさい。もうすぐ終わるから」
「きつく締めすぎてないか!?視神経が死滅する!!」
「うるさいわね、口を塞がれないだけマシだと思いなさい」
そう言いながらもマドワセルは手際よく俺の目元を縛っていく。そして結び目を作ると彼女は俺の背中を叩き、正面を向かせた。
これから一体何が起こるのか、俺は視界を塞がれた状態でしばらく待ったが、
特に何も起きなかった。
気まずい沈黙が流れる中、不意にどこからか囁くような声が聞こえた。
(さっきの装置を起動させたのか……?)
スカーフを外して確認したい衝動に駆られるが、なんとか堪えて待つ。しばらくすると同時に空気が振動するような感覚に気づいた。
「これは……?」
誰も答えてくれない。まるで地震のように足元が小刻みに揺れている。
それがだんだん大きくなってきた時、穴に落ちたような落下感と共に体が一瞬浮き上がった。
風を切るような音が聞こえる。
(なんだ?落下している? 俺は今、落ちているのか?)
次第に速度が上がっていき、今度は耳鳴りがひどくなり、頭の中の脈が鐘を鳴らすかのようにガンガンと響く。
あまりの不快感に吐きそうになるが、その直前で俺の体は何者か受け止められるかのように優しく着地した。同時に辺りに静寂が訪れる。
目隠しをされているために状況が全くわからないが、到着したということだろうか。
口を開こうとした瞬間、サイキオンの声がした。
「ボッキマン、俺に案内をさせてくれ」
「ああ、ありが……」
礼を言い終わる前に、彼は俺の肩に手を置くとそのまま俺の目を覆っていた布を取り去る。目の前には暗闇が広がっていた。
目を凝らすが、自分の手足すらも見えない。完全な闇だ。
「……まったく何も見えないんだけどお前らには見えているのか?」
俺が周囲をキョロキョロと見回しながら問いかけると、
サイキオンの声が聞こえて来る。
「ああ……大丈夫だ、しばらくすると目が慣れて
巨大な力が渦巻いているのが分かると思う。それを辿って歩くんだ」
「巨大……?」
俺には何も感じなかった。
ただ少し空気が重いというか、息苦しいと感じるだけだ。
スマホを取り出し周囲を照らし出そうとしたが闇にはまったく変化がない。
まるで闇が光を飲み込んでいるかのようだった。
「すげえなここ……」
「ああ……見えるようになればもっとすごいのが分かると思う」
「へぇ……」
俺は前方に何かがないか手を伸ばそうとしたが、突然手が何かに触れた。
指でなぞるように動かしてみると、マドワセルに怒鳴られてしまった。
「ちょっと!!?何やってるの!?」
「いや、何も見えないから何かないかなって、ごめん……」
謝りながら手を引っ込めるも、見えないんだから仕方ないだろうと心の中で呟く。
俺はセンドレッドがいるであろう方向に顔を向ける。
「……なあ、センドレッドいるか?
さっきから何もしゃべってないけど大丈夫なのか?」
「……」
「センドレッド……?」
「え?ああ、うん、平気……」
「そうか、よかった」
この通路の存在といい、やっぱりこの先にある秘密組織というのはかなり普通じゃなさそうだ。俺は漠然とそんなことを考えていた。
その時、背後から何かが物凄い勢いで迫ってくる気配を感じ、咄嵯に身を屈める。
直後、俺の頭上を青く光る何かが通過していった。
「それはずっと流れてたわ。あなたが今の今まで気がつかなかっただけ」
マドワセルの冷たい言葉がどこからか響く。
どうやらあの青い光はずっと辺りを飛んでいたらしい。
なんだか釈然としない気持ちで周囲を見回すと、いつの間にか自分たちが無数の青い光が作り出した渦の中にいることがわかった。
数え切れないほどの小さな光の粒が無数に集まっており、その中心部にいる俺達を包み込むように広がっているのだ。ちょうど水族館で水槽に挟まれたトンネルの中を歩いている気分に近いかもしれない。
(これがサイキオンの言ってた目が慣れたってことなのか……)
先程までまったく見えなかったサイキオンやセンドレッドの顔がぼんやりとだがわかるようになっていた。
しばらく呆けながら歩いていると、やがてかすかに声のようなものが聞こえてきた。最初は聞き間違いかと思ったが、徐々にはっきりとしてくる。
それは歌だった。
聞いたことのない言語の歌が聞こえてくる。
次の瞬間、俺は歌っているのは周囲の光だということが理解できた。暗闇を切り裂き、音もなく、静かに、そして美しく透き通るような歌声。
「おい、これって……」
「……俺たちにもこれが何のなのかはっきりとしたことはわからない、
でも本部があるのはこの先だ」
「そうか……」
俺は歌に誘われるように歩く。
光は近くで見ると不規則に動いているようにしか見えないが、少し離れて観察すると一定の流れに沿っていることがわかる。
「なんだろ、すごく綺麗なのに……なんか悲しい……」
隣を歩いていたセンドレッドが呟く。確かに不思議な感覚だ。
神秘的で美しいのにどこか悲しくもある。
俺はそっと光に触れようとそっと手を伸ばしてみた。しかし光はまるで肉食魚から逃げる小魚の群れのように素早く俺の手を避ける。
「なんだ?嫌がっているのか?」
「ボッキマンさん。勝手なことをしないで」
マドワセルは俺の腕を掴んで止める。
仕方なく手を引っ込めようとするとためらいがちにマドワセルは続けた。
「……危ないから、触らない方がいいわ」
「あ、ああ、ありがとう」
何が危険なのか俺にはよくわからなかったが、とりあえず礼を言う。
それからしばらく歩き続けていると前方にひと際強く輝く場所が見えて来た。
俺たちを包む光の渦はそこに向かって流れているようだ。
「あの光の向こうが糾業会の本拠地だ」
「……ああ」
サイキオンの言葉に応え、俺は渦の終点を見つめる。
あそこが……そう思うと少し緊張した。
俺は足を踏み出す。一歩ずつ前に進むにつれ、光が強さを増していく。
(イグナイトとか知り合いと鉢合わせしたらどう説明しよう?)
近づいて行くたびに周囲の空気は冷たくなっていくような気がした。
やがて輝きに体が飲み込まれると、俺たちは一瞬にして別の場所にいた。




