【悲報】ボッキマン、ヒーローショーを台無しにする その⑩
「え……負けって?……どういうこと?」
「だから俺の負けだ。
もう俺を挟んで喧嘩するのはやめてくれよ」
俺がそう言うと、マドワセルは剣を下ろした。
「よくわからないけど……あなたがそう言うのなら、わかったわ」
「センドレッドもそれでいいだろ」
俺はセンドレッドの方に向き直ると、彼女は少し落ち着いた様子でゆっくりと立ち上がる。
「う、うん……ごめんねボッキマン。
……次は本当に、何でも、あんたの言うことを聞くから……」
「よし、じゃあ出来ることと出来ないことをリストアップしといてくれ」
俺はそう言って、サイキオンの方に視線を向ける。
彼は相変わらず口を開けたまま固まっていた。
「……それじゃあ、話はここまでにしてあなたを連行するわ……。私たちの拠点へ」
マドワセルは少し疲れた表情でそう言いながら、俺の手を取り拘束しようとする。
「まあ、俺は案内してもらえさえすれば、なんだって構わないんだけどな」
俺はそう言って彼女に連れられて歩き出す。するとセンドレッドが駆け寄って来て、マドワセルの手首を掴んだ。
「ダメ、やめて。この人を拘束しないで」
マドワセルは振り向くと、彼女を睨みつけた。センドレッドはその鋭い眼光に一瞬怯むも、すぐにマドワセルの視線を受け止める。しばらく無言のまま二人は対峙していたが、やがてマドワセルの方が先に目を逸らした。
「わかりました。何かあったらあなたの責任。それでいいわね」
マドワセルの言葉を聞いて、センドレッドは小さく息を吐いた。
「うん……ありがとう」
「……」
マドワセルはため息をつくと俺の手を離して、距離を取った。
「ああ……和解してくれたか二人共、よかった……」
サイキオンは心底ホッとしたような声を上げる。
(何がよかったんだよ)
俺は呆れながらも、口には出さなかった。
先頭を歩くマドワセルに続いてエレベーターの入り口へと向かっていると、不意に背中に重みを感じた。振り返ると、サイキオンが俺の背中にもたれかかるように倒れている。
「おい……大丈夫かよ……」
心配になって近づくと、サイキオンはフラつきながら体勢を立て直し、虚ろな笑顔を見せてくれた。どう見ても大丈夫ではない。
俺は彼に肩を貸そうとしたところ、マドワセルが口を開く。
「ボッキマンさん、私の指示なく勝手なことは……
いえ、いいわ。ありがとう」
マドワセルはこめかみを手で抑え俯いていた。
彼女なりに悩んでいるのかもしれない。
俺はサイキオンを支えながら先に進む。
サイキオンは俺に体重を預けながら、申し訳なさそうな表情でうなだれていた。
「ショーってこの後どうなるんだ?
もう解散になるのか?客はおかしいとか思わないのか?」
マドワセルは首を横に振った。
「いいえ。彼らは催眠の影響下にあるから、事故が起きたかなんかでショーが
中止になったものだと自分たちの中で勝手に辻褄を合わせるはず」
振り向いてステージを見ると、戦闘員が他の戦闘員や怪人を介抱しているのが見えた。あいつらは一人で滑って転んで怪我をしたもんだと思い込むんだろうか?
しかしなんだか気の毒な光景だ。
そんなことを考えていると、サイキオンが横から口を挟む。
「俺が呼び出したあいつらはガラの悪い不良連中なんだ。
ゆすり、たかり、騒音トラブル、いじめ……。
監獄に何年も閉じ込めておく程の悪党ではないが、弱者の人生をじわじわと
蝕み腐らせていく、そういう連中だ。それに……」
「それに?」
「……能力に覚醒する可能性があった連中だ。優れた能力の持ち主なら
腐った性根を叩き直してから仲間に引き込むつもりだった」
「もっともあなたが来たせいで、めちゃくちゃになってしまったけれどね、
ボッキマンさん」
マドワセルは振り向かずに呆れたような口調で言った。
「……ああ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺たちはマツエイビルの地下駐車場のワゴン車の前で、マドワセルがショーの後始末を終えるまで待機していた。
しばらくして、センドレッドが口を開く。
「なあ、ボッキマン聞いていい?」
「なに?」
センドレッドはモジモジしながら、言葉を続けた。
「あんたってなんなの?」
何なのって言われても……いや、本当に何なんだ?
俺って何なんだ?
「……いや、ちょっと分かんないかな。
抽象的すぎる質問で……何か答えづらいというか……」
センドレッドは俺の言葉を受け、自分の知っている事を確認するかのように言う。
「今のあんたって、昨日の巨人の時と全然感じが違うんだけどどうなってんの?
別人みたい……あ、いや、悪い意味じゃなくて、その、なんていうかさ、
凄く優しい人に見えるっていうか、話しやすいし、だから……」
俺は彼女の言葉を遮るように口を開く。
「ああ、それは多分、あれじゃないかな。
知り合いが出世して焦ってて余裕がなかったからかも、ハハハ……」
説明するのも面倒に感じた俺は笑ってごまかす。
センドレッドはそんな俺を見て、少し不思議そうにしていたが、それ以上は追及してこなかった。
話題を変えようと思案していると、不意にサイキオンが口を開いた。
「俺も巨人の話は聞いたよ。
倒したのはあんただって……あんたは正義の味方になりたいのか?」
「いや、それは違う」
俺はその問いに対して即答した。
「呼ばれてもないのに勝手に事故現場に突っ込んで行って、
大暴れしただけで人命救助も瓦礫の片付けもせずに逃げてったんだぜ?
そんなのが正義の味方なわけないじゃんか」
サイキオンは納得行かないような表情で俺の顔を見る。
「それは……確かに、その……でも、自分の目の前で罪のない人々が
死ぬことが許せなくて、あの巨人と戦ってくれたんじゃないのか」
俺はそれを聞いて否定したくなった。
「ボッキマンはそんないい奴じゃないって。
まあ、たまにショボい悪事は働くかもな」
俺は息を大きく吐いてから続けた。
「ヒーローショーでお前が言ってた通りのお騒がせの変態怪人だ」
「……」
サイキオンは他人事のような俺の言葉に、少し怪訝な表情を浮かべていたがそれ以上何も言わなかった。
「というか……俺が巨人を倒したの知ってるなら、
なんで突っかかって来るんだよお前ら。命が惜しくないのかよ」
俺は思わずため息をつく。
すると屋上での用事を終えたマドワセルがこちらに近づいてきた。
「はい、こっちは終わったわ。行きましょう」
「ああ」
俺は返事をし、ワゴン車のドアの近くで棒立ちになる。
「ボッキマン、そっちじゃない。車で行くんじゃないんだ」
サイキオンは慌てて俺を呼び寄せた。
彼らの話によると糾業会本部へと続く通路がこの街にはいくつもあるらしい。そして、そのうちの一つがこのマツエイビルの地下駐車場なのだ。
俺はサイキオンたちに先導され、秘密の通路へと向かった。
「この先に本部があるのか?」
俺は確認のためにマドワセルに聞いた。
「……ええ」
彼女は肯定したが、あまり乗り気ではなさそうだ。マドワセルだけでなくセンドレッドも暗い顔をしている。
「どうした?……なんか嫌なことでもあるとか?」
「……いえ、ごめんなさい。行きましょう」
俺は彼らに尋ねたものの、どうしてそんな態度を取るのか理由がよくわからなかった。過程はどうあれ俺に勝ったんだから、もっと喜べばいいのにな、なんでこんなに辛気臭いのか。
俺が不安を感じるのは分かる。何が起きるのか想像がつかないんだから。
しかしここまで来たからにはもう引き返すことは出来ない。
俺とマドワセル、サイキオン、センドレッドの四人は地下駐車場にある入り口から薄暗い地下道へと入って行った。床と壁は何の変哲もないコンクリート製で、天井からは裸電球が等間隔にぶら下っている。
通路は幅3メートル程あり、俺達は並んで歩くことが出来た。
(ただの地下道じゃねえか……)
一体これのどこが誰かが案内しないと絶対辿り着けない場所なんだ?
俺は疑問に思いながらしばらく歩いたが、やがてサイキオンが俺に声をかけてきた。
「……ボッキマン」
「ん?」
「この先にある部屋からさらに別の通路に進むんだ。
どちらに進めばいいかは俺が教える」
「ああ、ありがとう」
マドワセルは冷たい口調で俺たちの会話を遮る。
「ずいぶん仲が良くなったのね。でもボッキマンさん、あなたは今のところ、
私たち糾業会の支配下にあることを忘れないで」
「……ああ、わかったよ」
サイキオンはマドワセルの俺への威圧的な態度に少しムッとした様子だったが、それ以上は何も言わなかった。
「ところでサイキオンってどういう意味なんだ?」
「え?いや、意味とかは別に……そもそも皆のコードネームは首領が……」
「サイキオン」
マドワセルは俺と無駄口を叩くなとばかりにサイキオンを制す。
俺は二人の間に不穏な空気を感じつつも、俺は薄暗い地下道を進み続けた。
俺の名は没木一歩。
ボッキマンの一歩先を行く男。
ボッキマンはいいことはしない、悪いことは……たまにするかもな。
だからあいつに目をつけられないようにあんまり悪さするなよな。




