【悲報】ボッキマン、ヒーローショーを台無しにする その⑧
「……ちょっとサイキオン、あなたもしかして殺しちゃったの?!」
彼女はステージに駆け上がると、サイキオンに近づき奴の体を揺すり始めた。どうやらマドワセルは俺が死んでしまったと思っているようだ。
「いや、急所は外したつもりですが……」
そう言うとサイキオンは自分の胸元に手を当て、片膝をついてしゃがみ込む。
「サイ・ペレグリンは強力な必殺技だが、
ヒーローの力の源であるコズミックエナジーの消耗が激しく
再度使用するためには長い時間を要する……」
「そんなこと聞いてないでしょう!」
マドワセルはさらにサイキオンに詰め寄ると、彼をヘルメットの上から平手で叩いた。サイキオンは突然の出来事に驚いたのかビクっと肩を震わせる。その様子がおかしくて笑ってしまいそうだった。
「あんた、みんなで彼を生け捕りにするみたいなこと言ってたじゃないの!?」
「……ボッキマンはこれまでにない強敵でした。だから手加減することが出来なかったんです。
俺は、自分の弱さが憎い……!」
客席からは「がんばれ」「気にするな」「うおお」と励ましの言葉が飛ぶ。マドワセルはため息をつきながら、乱れた髪を整えていた。どうやら呆れているようだ。
「確かにお前は自分が考えているほど強くはないだろうな」
俺は体についた埃を払いながら立ち上がると、サイキオンに向かってそう言い放った。
「なっ!?お前、い、生きて……!!」
慌てて立ち上がろうとしたサイキオンの顔面に向けて、俺は蹴りを叩き込む。
もちろん、あくまで軽めにだ。
……ただ少し腹が立っていたので力加減は誤ったかもしれない。
ヘルメットの奥で微かに悲鳴を上げ、サイキオンはヘルメットの破片をまき散らしながら地面を派手に転がると、屋上のフェンスに激突した。
フェンスは大きくへこみ、奴の艶のある黒髪は乱れ、鼻血もだらだらと流れている。少しやりすぎたかな、と思うが、こいつもヒーローとして覚悟を決めて向かってきたはずだ。これくらいの痛みは仕方ないだろう。
マドワセルは何が起こったのか分からなかったようで呆然としていたが、すぐに我に返ると、俺なんかには目もくれずサイキオンの元へと駆け寄って行った。
センドレッドも不安そうにその後を追う。
「サイキオン!しっかりして!サイキオン!」
マドワセルが必死で呼びかけると、サイキオンは気がついたようだ。
彼はフェンスを掴み、よろめきながらも立ち上がろうとしたが、脚が震えてすぐに尻餅をついてしまう。
演技ではない、明らかに満身創痍だ。俺はその光景を見て少しだけ心が痛んだ。
「だ、大丈夫です。マドワセルさん、お、俺は、まだまだ、た、た……」
サイキオンは何とか笑顔だけでも作ろうとしたが、うまくいかないようだった。
「じゃあさ、こういうストーリーはどうかな?
サイキオンは最強の敵を前になす術なく敗れ、屈辱を味わうものの、
それでも尚、ヒーローへの夢を諦められずに再起を誓う……こんな感じで。
今は諦めて次から修行回に入るとか……」
俺がそう言ってもサイキオンは諦めなかった。サイキオンはふらつきながら、ゆっくりと立ち上がり構えを取る。
「……いや、すでにストーリーは決まっている。
サイキオンの最強の敵はエリシオンレミゼだ……。ボッキマン、お前じゃない」
「……なあサイキオン、ネットの評判見たことあんのか?
あんたの番組のストーリー、酷い言われようだったぞ」
「ネットの評判なんて関係ない!
今ここに居る人たちのために戦えるならそれだけでいい!」
サイキオンはそう叫ぶと俺に向かって突っ込んできたが、足取りはおぼつかず、動きにキレもない。俺が軽くあしらうと彼は再び地面に転がり、固いコンクリートの床に頭を激しく打ち付けた。
マドワセルは慌てて駆け寄りサイキオンを抱き起こす。サイキオンは意識がもうろうとしているのか、焦点の定まらない瞳で俺を見つめていた。
「サイキオン、もう止めなよ……これ以上動いたら死んじゃうよ……!」
センドレッドは泣きそうな声で言った。
「まだだ……俺は……みんなに、サイキオンの戦いを……
俺の、ヒーローの真の姿を……見せるまでは……」
サイキオンはそう呟くと、マドワセルの腕を振り払い、なんとか立ち上がろうとする。
「そのみんなは催眠術にかかってるらしいけど、
それで真の姿とやらが伝わんの?無理なんじゃね?」
「……それは…………その、それは……」
サイキオンは言葉に詰まり、そのまま俯いた。すると、観客席から声が上がる。
サイキオンを応援するような歓声ではなく、俺を罵るような野次ばかりだ。
もちろん俺はこんな奴らに何と思われようと構わない。だが、サイキオンにとっては違うのだろう。彼は肩を落とし、見るからに落ち込んでいた。
「……そんじゃあ、俺はもう帰るわ。
またなんかしたら今度は本気で怒るからな」
俺はそれだけ言い残すと、その場を後にしようとした。
「ボッキマン!」
センドレッドが呼び止める。
振り返ると、その顔には涙の跡があった。
どうやら泣いているようだ。
「……何だよ?」
「もう帰っちゃうの?」
「……うん、まあ……そうだけど、ここに居ても仕方ないし」
「帰って……そっからどうすんの?」
「関係ないだろ」
「出来ればあんたには仲間になって欲しいんだけど……」
「お、お前、すげえな……この状況でよくそんなことが言えるな……」
センドレッドには悪いと思ったが、糾業会にあまりいい印象がないのも事実だった。
もちろん七角やイグナイトのことはいい奴だと思ってるが、それとこれとは別だ。こいつらの仲間になって、こんなバカ騒ぎに巻き込まれたくはない。そもそもこいつらはショーなんか開催して何がしたかったのだろうか。
「糾業会のことはもういいの……?」
「もう関わりたくないし、いいよ」
センドレッドは何か言いたそうだったが、それ以上は何も言わなかった。
「あと、センドレッドってさ……
明らかにケンカっつうか暴力に向いてないだろ。
糾業会のことなんか忘れてさあ、
もっと楽しくのんびり生きられる方法を考えようぜ」
「そんなことできるわけないじゃん……。
この街には苦しんでる人がたくさん居るのに……。
あんたに言われなくたって、向いてないのは分かってるよ……」
センドレッドは目にいっぱいの涙を浮かべていた。
「……そっか、悪かったな。おじさんによろしくな」
そして今度こそ俺は屋上を去ろうとしたが、今度はマドワセルが叫んだ。
「ちょ、ちょっとストップ!待ちなさい!」
「なんなんだよ、もういいだろ……」
うんざりしながら振り返ろうとしたその時、
俺の首に腕が回された。細い腕だ。
サイキオンの腕ではない。
マドワセルか?と思ったが違った。
センドレッドだった。




