【悲報】ボッキマン、ヒーローショーを台無しにする その⑤
(俺は無敵の男……。俺は、無敵だ!!)
俺は怒りに任せてすぐさま立ち上がる。
そして口の中に溜まった血を吐き出すと男に目を向けた。男はというと、俺と同じように口から流れ出る血を拭っているようだった。
今まで戦いで出血したことなどない俺にとって、目の前にいるこの男は異常な存在だと感じられた。
「俺は無敵だ、だからお前が何をやろうと無駄だ」
俺は自分に言い聞かせるように呟くと、男に向かって走り出した。
男は俺のあまりのスピードに反応できる様子もない。俺は男の懐に入ると、腹に強烈な蹴りを叩き込む。だが、それとほぼ同時に俺の頭に衝撃が走った。
気が付くと俺の足は男に掴まれ、逆に俺の顎に男の踵がめり込んでいた。脳が激しく揺れ、俺はその場に膝をつく。
(俺は無敵だ、俺は……)
追撃に備え、俺は全身の筋肉に力を込める。
だが、いつまで経っても攻撃が来ることはなかった。不思議に思い、顔を上げると男は再び砂をかき集め何かを作り出そうとしている。
男は呆れたように言う。
「……あのな、邪魔ばっかすんなよ。うらやましいならお前もやればいいだろが」
俺は立ち上がろうとしたが、体に力が入らない。
「まっ、お前みたいな奴には無理だろうけどな」
「必要ない!無駄だ!やめろと言ってるんだ!」
俺は叫ぶが、男は何も答えなかった。だが俺はこいつの存在を何としてでも否定しなければならない。そうしなければ、俺はこの闇の中でひっそりと消滅してしまうような気がした。
一刻も早くこいつを消す方法を考えなければならない。
男は俺をちらりと見ると、また砂をかき集める作業に戻る。
「いい加減にしろ……」
早く、立って、急いでこいつを殺さなければ、しかし、うまくいかない。
恐怖に駆られ、心臓の鼓動が早くなるばかりで、足は上手く動かせず、呼吸が整うことはない。
「なあボッキマン、今って楽しいか?」
男がそう問いかけてくる。こいつは一体何者なのか、なぜ俺の名前を、いやそんなことはどうでもいい。今はとにかくこいつを殺すことだけを考えるのだ。
「黙れ……殺すぞ……」
俺は必死になって答える。
どうして無敵の自分が苦しむのか、なぜ無敵の自分が血を流し、痛みを感じているかなどどうでもよかった。
俺は砂まみれになった顔を拭いながら、よろめきながらも立ち上がった。
すると男も作業を中断し、またふらつきながら立ち上がる。男は大きく深呼吸をした後、再び俺に語りかけてきた。
「俺は没木一歩。お前の一歩先を行く男だ」
ふざけるな。そんなものはいない。いてはいけない。
俺は声にならない声で叫んだ。
俺が消える、かけがえのない俺が消えていく……!
俺は必死になって手を伸ばす。
しかしその手が届く前に、俺の意識は暗闇の中へと落ちていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
気がつくと、そこはマツエイビルの屋上だった。どうやら現実のようだ。
ふと視線を感じ、目を向けるとマドワセルが俺のことを見ていた。
「……と、いうわけよ。理解できたかしら、ボッキマンさん」
マドワセルが優し気な笑みを浮かべながら問いかけてくる。
「え?ごめん、ぜんぜん聞いてなかった。何の話?」
俺の言葉を聞いた途端、マドワセルの顔が戸惑いの色に染まっていく。
「……どういうこと?あなた何を言ってるの、しっかりしなさいよ」
「えぇ……いや、しっかりしろとか言われても困るんだけど……」
この女は俺に催眠術のようなものをかけていたのだろうか?そしてそれによっぽどの自信があったのだろう。彼女は俺の言葉を聞いて動揺しているようだ。
感覚が戻って来るにつれ、ヒーローショーの陽気な音楽と戦闘員たちの悲鳴が耳に響いて来る。ステージ上でのたうち回る戦闘員の数から計算すると、俺が気絶していたのはほんの十数秒のはずだ。
しかしその間に俺は今まで何をしていたんだ?
何かと戦っていた感覚だけは残っている。だが俺は誰と戦っていたんだ? 分からない。思い出せない。
必死に戦う俺の姿が脳裏に浮かぶ。しかしその姿は俺のようで俺ではなかった。
「……ボッキマン?」
センドレッドが心配そうな顔をしながら俺の肩を揺らす。
「あ、センドレッド。お前さ、傷だらけじゃん。大丈夫なのか?
つーかさ、昨日、巨人と戦ってたのにもうこんなとこに駆り出されるとか、
ちょっと糾業会ってひどくねえか?」
俺が問いかけると、センドレッドは驚いた表情を浮かべる。
「え?い、いや、ここにはあたしの方から頼み込んで……
てかあんたどうしちゃったの?」
「どうしたもこうしたも俺は元々こうだし……」
そう言いかけたところで、センドレッドがマドワセルに耳打ちする。
「……マドワセル、これ大丈夫なの?
なんかあんたの虜になってる感じじゃなさそうだけど……」
「虜だって?おいおい、勘弁してくれよ。俺のハートが欲しければ、
催眠術なんかじゃなくて正々堂々口説きに来いっての」
そう言って親指を立ててウインクしてみせると、マドワセルは口をパクパクさせながらこちらを睨んできた。一方、センドレッドはドン引きした様子で呟く。
「……やっぱこいつ催眠が変な感じに効いちゃったんじゃないの?」
流石にそんな俺の様子がおかしいと思ったのか、マドワセルは少し慌てた様子で話しかけて来た。その顔にはさっきまでの余裕は見られない。
「そんなはずはないわ。
私の催眠は完璧に入ったはず……そうよね、ボッキマンさん?」
「ああ、まあ確かに」
俺は反射的に即答する。
「なら私の前にひざまづいて、忠誠を誓ってみて」
俺は言われた通りその場にしゃがみ込んで、両手でハートマークを作って見せる。
するとマドワセルは顔面の筋肉を痙攣させたあと、腹を抱えて大声で笑いだした。
「や、やめて!
あなた絶対ふざけてるでしょ!」
センドレッドも涙目になりながらも、必死に笑いを堪えようとしている。俺もつられて笑う。
なんかついさっきまで一触即発だった気がするが、みんな楽しそうでいい感じだし、まあいいか。




