【悲報】ボッキマン、ヒーローショーを台無しにする その④
だが次の瞬間、センドレッドの手が俺の手の上に重ねられた。
俺を止めるように、そっと。
その瞳はやはり怯えた様子だった。センドレッドが何を考えているかはわからない。
まさか、心を読んだわけではないだろう。
ただなんとなく、俺の手を取っただけにすぎないのかもしれない。
(……そう言えば、こいつは俺の願いをなんでも聞くと言っていたな)
センドレッドの様子に気づいているのかいないのか、マドワセルはそのままゆっくりと立ち上がると、俺の顔をまっすぐに見つめ得意気に口元を開いた。
「ボッキマンさんに聞きたいんだけど、
センドレッドみたいな子は好き?それとも嫌い?」
突然のマドワセルの発言に俺は虚を突かれ、力が抜ける。
「なんだって?」
「別に深い意味はないけれど。あなたがどんな人間なのか知りたかっただけ」
「馬鹿馬鹿しい……」
俺は吐き捨てるように言うと、センドレッドの手を振りほどく。
「ボッキマンさんとセンドレッドって、とってもお似合いだと思うんだけどなぁ。
ねえ、どっちなの?正直に言ってみてよ」
マドワセルはそう言うと俺に向かってウインクをした。
「会ったばかりだ、どうも思ってない」
「本当に?あたしの目を見てもそう言い切れる?」
「は……?」
俺は思わずマドワセルの目を見た。何の変哲もない目だ。
「目がどうしたというんだ」
しばらく見ていると、奴の瞳の中に、光り輝く蝶のようなものが見えた。
一瞬、目の錯覚かと思ったが、確かにいる。
その蝶はこちらの様子をじっとうかがっているようだ。
(……なんだ?)
もっと見ようと身を乗り出した瞬間、それは羽ばたき、マドワセルの瞳を離れ、俺の目の前まで飛んできた。
そしてそのまま何かを吸い取られるような感覚を覚えたと同時に視界がぼやけ、気が付けば一切の音が消えていた。
それまでステージ上で戦っていたヒーローの姿も、客席の歓声も消え去り、辺りは静寂に包まれている。聞こえるのは自分の呼吸音だけだ。
何が起きたのかわからない。
辺りは白くもやがかかったように遮断され、彼女の姿だけがはっきりと見える。ショートカットの髪を揺らしながら、マドワセルは俺の方へと近づいてくる。
彼女は俺の正面に立つと、両手で俺の頬を優しく挟み込んだ。
首元にスカーフを巻き、グレーのスーツを華やかに彩る彼女は指先に至るまで入念に手入れをされているようで、爪の先端までもが輝いていた。
彼女は俺の目をじっと見つめながら口を開く。
俺の頭の中に言葉が流れ込んでくる。それらは全て、俺に向けられた天からの啓示のように感じられた。
―――私を助けなさい。
―――私のものになりなさい。
―――私のことだけを考えなさい。
―――私はあなたの味方。
―――あなたは誰ですか?
(……俺が誰かだって?)
そんなこと決まってる。今ようやくわかった。
俺は、この人を守るためにこの世に生を受けたのだ。
そうだ、俺の名は─……
それを口に出そうとした時、俺の意識は切断されたかのようにプツリと途切れた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「…………」
どれくらい時間が経ったのだろう。
俺はゆっくりと目を開ける。
ここはどこだ?
そこは薄暗く何もなかった。俺は体を起こすと、辺りを見回す。
ヒーローショーはもう終わっているのか、周囲は静まり返っており人の気配はない。
俺は自分の体に異常がないことを確認すると立ち上がり、歩き出す。
ふらつく足取りで歩いていると急に焦燥感に襲われた。
なぜ俺はこんなところにいるんだろう。
「そうだ、早くあの人を助けに行かないと……」
早く、早く早く、急げ、急ぐんだ。
俺は必死に走り出した、が、どこに?
出口はどこにあるのだろうか?
どれだけ走っても、いくら進んでも、俺はどこにも辿り着かなかった。
それでも、俺の頭の中は、たった一人のことでいっぱいだった。
急がなければ、早く助けなければ、早く会わなければ。混乱する頭で闇雲に走っていると、突然、足が沈み込み、派手に転倒してしまった。
俺は慌てて立ち上がり、また走ろうとする。だがすぐにバランスを崩しその場に倒れてしまう。おかしい。一旦冷静になり落ち着いて辺りをゆっくり見回すと、自分が小さなフェンスに囲まれた砂場にいることに気付いた。
(何をやってるんだ俺は……)
砂場で一人のたうち回っていた自分に気が付くと、その馬鹿馬鹿しさに途端に頭が覚めてくる。
「催眠か……情けない奴め……」
俺は愚痴をこぼしながら立ち上がると服についた砂を払い、さっきまでの焦っていた自分を思い出して苦笑を浮かべる。だがここはどこだろうか?
夢でも見ているのかと思ったが、夢にしてはあまりにも意識が鮮明すぎる。
その時、背後から微かに物音が聞こえた。
振り返ると、そこには一人の男がいた。
身長や体格は俺と同じといったところだろうか。男はパーカーのようなものを着ており、フードを被っているため顔はよく見えない。
そいつは砂場で一人黙々と何かを作っているようだ。
その姿を目にした途端、心臓の鼓動が早くなる。
男はひどく不器用なのか、砂で作られたそれは何とも言えないものだった。山ではない、建物とも呼べない。人ではなく、かといって動物でもない。
何と表現したらいいのか分からないが、とにかく変なものをせっせと作り続けているようだった。
「……誰だ?」
俺はそう問いかけたが、相手は何も答えなかった。
「お前は誰だ?」
「……」
やはり何も言わない。
男は砂をかき集め、それを手でこねて何か作り続けている。
「……」
「……」
しばらく沈黙が続いた後、やがて自重に耐えられなくなったのであろう砂の塊は、男の手をすり抜けると地面に崩れ落ちた。
それでもなお、男はその作業をやめようとしない。
今度は別のものを作ろうとしているのか、男はまた新しい砂を集め始めようとする。
俺は苛立ちを募らせながら、男に呼び掛ける。
「聞こえているはずだ」
「……」
「何とか言え」
「……」
「……俺の声が聞けないなら、無理矢理にでも聞かせてやるしかないか」
俺は拳を握りしめる。
そして力を込めて殴りかかった。自分でも驚くほどの威力だった。
轟音と共に砂の波が天を衝き、地面は津波のようにうねる。
殴った反動で俺の体は宙に浮かび上がり、そのまま後方に吹き飛ばされた。砂場を囲んでいた小さなフェンスは衝撃に耐えられずに辺りに飛び散っていく。
俺は地面に着地し、体勢を整えるとバラバラになったフェンスの向こう側を見る。
砂場にできた半径数m程の大きな穴の中心には、男がうつ伏せに倒れていた。男の背中には砂が被さっており、上半身は埋まっているように見える。
俺は警戒しながらもゆっくりと近づいていくと、男は砂を払い落しながら起き上がった。そして俺に背を向けたまま、肩を手で抑えると腕をぐるぐると回し始める。
(なんだ?何をするつも……)
次の瞬間、俺の顔には男の後ろ回し蹴りが叩き込まれていた。俺はなす術もなく吹き飛び、土煙を巻き上げ、地面を削りながら数十m先でようやく止まる。
俺は何が起きたのかも分からず、上半身を土くれに埋めた姿勢で固まっていた。




