【速報】ボッキマン、巨人を討伐する その⑬
「そ、それで……没木さんは何故ここに?」
「野次馬」
「えぇ……?」
「悪いが火傷をしているんだ。
見てくれ、服だってボロボロだろ」
俺はそう言って再び歩き出そうとしたが、神代はなおも俺の前に立ちはだかる。
「……なら私と来てください。治療を受けることが出来ます」
「必要ない」
「止まってください」
「……」
「お願いします、一緒に来て下さい」
「……」
「没木さん、お願いします……」
俺が再び歩き始めると、今度は先ほどよりも強めに進路を塞いでくる。
「すみません。これは命令です……。従ってください」
神代は震えるような声で続けていたが、最後ははっきりとした口調になっていた。周囲から銃を構える音が聞こえる。俺はため息をつくとその場に立ち止まった。
「おめでとう。ずいぶん偉くなったんだな」
俺がそう言うと神代はハッとしたように顔を上げ、張り詰めた顔で俺を見た。
「私は……没木さんのことを尊敬しています……だから……」
「だから?」
「抵抗はしないでください……」
「野次馬に来ただけだと言ってるだろう。
放っておいてくれ」
「できません……そこにいるあの人達のことを含め、
いくつか伺いたいと思います」
「あの人達?」
俺がそう言うと神代はさっきまで男がいた辺りを指差す。すると男を包んでいた泡が弾け飛び、センドレッドたちの透明が解除された。
「……彼らはどうして私たちから隠れていたのですか?」
「なぜ俺に聞くんだ?」
「答えてください」
「俺に何を期待してるのか知らないが俺はただの通りすがっただけだ。
あいつらの素性など何も知らない」
俺はそう答えると、周囲を見渡す。いつの間にか、俺の周りを取り囲んでいた治安維持部隊の隊員たちは、センドレッド達にも銃口を突きつけていた。
「怪我人を相手に真っ先にやることが銃で脅すことなのか」
俺の言葉に、周囲の空気が張り詰める。
「私の質問に答えてください」
「何故だ?」
俺がそう言うと、突然横から衝撃が走る。
見ると治安維持部隊の一人が俺の横腹を蹴っていた。
「神代、やめさせてくれ」
俺がそう言うと神代は目を大きく見開き、一瞬何かを言いかけるが口をつぐむと手を軽く振り上げた。瞬間、俺を脇腹を蹴った隊員の体が一回転し、固いコンクリートの床に叩きつけられた。
「……没木さん、すみません……」
そこまでやらなくてもいいと思うんだがな。まあ俺には関係ないが。センドレッド達は地面に座り込み、俺を不安そうに見つめている。
「あの女を見ろ。膝から下を失っている、何の脅威があると言うんだ?」
「状況から見ると彼女も能力者なのでしょう。
どんな脅威があるのかわかりません」
「確かにそうだな。どんな力を持っているかわからない能力者を
銃で脅したりすれば、どんどん危険な状況になるだろうということは
素人の俺でもよくわかる」
「私たちは一人一人が対能力者のために訓練されたスペシャリストです。
危険な兆候を見せた時点で一瞬で制圧することが可能です」
「そうか。なら俺はどうなんだ」
「私は……没木さんのことを、危険だなんて思っていません……」
神代は少し気まずそうな表情で俺を見る。俺は無言のまま、地面で伸びている仲間を見て呆然としている治安維持部隊に視線を向けた。
「こいつらも能力者なら何故銃を使わせている?」
「力はその人の心の状態に左右されます。
精神状態が不安定な状態で力を行使した場合、
どのようなことが起こるかわかりません。
何より敵対的な能力者との相性が良くない場合は、
装備や戦闘技術の優劣がそのまま生死の差を分けることになるからです」
「ではお前たちは不安を感じているのか?」
「そんなことはありません」
「では何故、あの怪我人たちに銃を突きつける?
生死とやらが懸かっているのか?」
「はい。今は緊急時であり、一刻を争う事態である可能性が高い以上、
この場に居る全員の安全を確保する必要があります」
神代はきっぱりとそう言い切った。
俺はそんな神代を後目に改めて周囲を見渡す。すでに周囲は治安維持部隊に取り囲まれているようだった。
だが彼らの様子は安全確保だとか避難誘導だとかと言った穏当なものではなく、どちらかと言えば見世物を眺めるような雰囲気だった。
誰もが恐怖と好奇心が入り混じったような顔をして、俺と神代の様子を窺っている。
「なるほど、火災現場から避難しようとする人間を銃を突き付けて引き留める。
一刻を争う事態を収拾するための最高の方法だな。神代、お前が考えた方法では
ないことを願うよ」
俺はそう言って、再び神代に向き直ると話を続ける。
「俺はお前が間違っていると言うつもりはない。一刻を争う事態を
収拾したいなら圧倒的な力が必要だというお前の意見は全面的に正しい」
「その通りです。だから私はあなた方を保護します。
私と一緒に来てください」
「帰らせてくれ」
「……没木さん、お願いだから……」
悲しそうな声で懇願する神代を見た瞬間、体の奥から湧き上がる感情に戸惑う。心臓を何かに激しく殴りつけられたような苦しみだった。
「(……なんだこの気持ちは?)」
思わず目を背けたくなる衝動を必死に抑え、俺は神代の顔を見ながら言葉を続ける。
「だが、お前自身も理解しているように、
お前たちのその力は圧倒的と呼べるものではない。結局のところ、
お前たちには能力者を相手にするにはまだ不安があるのだろう。
だから敵意を見せてもいない怪我人相手に過剰な反応を示す。
結果、もたらされるのは無意味な力の行使、破壊、混乱だ。
それでもお前たちの場合、後から言い訳を出来るのだから気楽なものだ。
あれはルールだった、あいつら凶悪犯だったとでも言えばいいんだからな」
「没木さん……お願いします……」
「……必要ない。黙って去らせてくれ。
それがお互いを一番傷つけずに済むやり方だ」
神代は沈黙したままだった。その表情からは読み取れないが、内心では葛藤しているのかもしれない。しばらくすると神代は小さく息を吐くと顔を上げた。
「対能力者法第二条二項に基づき、危険な兆候は見られないとし、
あなたを拘束しないという決定が下されました……」
「……ありがとう」
俺がそう言って再び歩き出すと、治安維持部隊達は今度は立ち塞がることをせずに道を開けた。
これでいいんだ。俺にはもう関わらない方がいい。
俺が居なくなればすぐにいつもの生活に戻るだろう。
俺はそのまま立ち去るつもりだったが、突然足が止まった。
まるで足の甲に杭を穿たれたかのように動かなかった。
誰かが能力を使っている様子はない。そもそもその辺の雑魚のチンケな力で止められるほど俺の歩みは遅くはない。
だから俺は自分の意思で立ち止まっているとしか思えなかった。
俺は自分の足を見る。
そして、自分が無意識のうちに神代の方へ戻ろうとしていることに気付いた。
俺は歯を食いしばりながら、神代達から離れるために一歩ずつ歩を進めようとする。
だが、どれだけ歩こうとしても一向に体が前に進まない。
(なんだ?何をやっているんだお前は……?)
俺は歩くのをやめて振り返りると、治安維持部隊がセンドレッドの腕を拘束しようと近付くのが見えたがセンドレッドはそれを振り払おうともせず、ただぼんやりとこちらを見つめていた。
あいつらはこれからどうなるのだろうか。俺には何も関係ないことだがな。
でもなぜか胸が痛かった。呼吸が苦しい。眩暈と吐き気で今にも倒れそうだ。
なぜ、無敵の俺が……なぜ?
俺の中の何かが俺を罰そうとしている、そんな感覚すらあった。
俺はこんなところで一体何をしているのだろう?どうしてここに居る? 答えの出ない疑問ばかり頭に浮かび、あの不気味な男の嘲笑が頭の中で響き渡る。
「そいつらは俺が避難させる」
気が付くと俺の口からそんな言葉が出ていた。




