【速報】ボッキマン、巨人を討伐する その⑪
巨人は倒れたまま、しばらく動かなかった。こいつには顔がない。だから喋れるはずもないが俺の言葉は理解できているようだった。
俺は返答がないことに苛立ち、とどめを刺そうと腕を振り上げた瞬間、やがて不気味な音を発しはじめた。
『……ここは……どこなんだ、それに、お前は……』
声というより振動に近い、耳障りな音だった。
複数の人間が一斉に声を出しその共鳴によって生み出されたかのような不協和音。
しかしそれは確かに人間の言葉だった。
しかも一人や二人ではなく、何百人もの声が重なり合ったような、とにかく気味の悪い音だった。その音の波が徐々に大きくなるにつれて、俺の中に得体の知れない不安感が広がっていく。
俺は嫌な予感を覚えつつも、腕を降り下ろすことができなかった。
「ここはどこかだと?」
俺は思わず聞き返す。巨人はまた黙ってしまう。
俺には理解できなかったが、こいつにとっては深刻な問題らしい。
『……わからない……記憶が……思い出そうとすると頭の中が、燃える……』
「どこに頭があるというんだ?」
俺の言葉に巨人は不快そうに身悶えし体を震わせた。
(何だこいつは?)
俺は訳が分からず、混乱していた。
『……光が見える』
そう言うと巨人は両手を広げ、上空の火球を指さした。
「……それがどうかしたのか」
『わ、我わ、俺は……
あの光の中へと、
帰らねば……ならない、
あそこには……』
「……あそこには?」
俺の質問に巨人の体は硬直し、再び沈黙する。
だが、すぐに奴の体から何かが弾ける音が聞こえたかと思うと、突然、轟音と共に熱風が吹き荒れ、俺は数十m後方まで吹き飛ばされてしまった。
俺は素早く起き上がると、奴の方を見る。すると巨人の全身が裂けるようにして開いていき、その中から無数の白い腕が伸びてくるのがわかった。
(自爆するつもりか)
そう思った時、俺の体は何故か、センドレッド達の元に駆け出していた。
だが、巨人は雄叫びを上げながら白い腕を力任せに引き抜いた。引き千切られた腕はぼとぼと地面に落ち、激しく燃え上がる。
巨人は穴だらけになった肉体を引き摺りながらも俺に近づいて来た。
「どうした?」
俺がそう呼び掛けると、巨人の中に意志の火が灯ったように感じられた。
『……お前、お前なら、俺を、殺せるのか……?』
「ああ、そうだ。だから大人しくしていろ」
俺の言葉を聞くと、巨人は少しの間動きを止めていたが、やがてゆっくりと歩き出した。
『……それではダメだ、俺にはまだまだ、力が残っている……!
もっと、もっとだ!もっともっと力を使い果たした状態でないと……』
そう言うと巨人は拝むように手を合わせる、再び激しい炎の嵐が巻き起る。
俺はその勢いに負けて吹き飛ばされそうになるが、なんとか堪える。
その隙をついて再び巨人の猛攻がはじまる。
俺はそれを全身全霊で迎え撃つ。
巨人は先ほどとは比べ物にならないほど強くなっていた。
拳も蹴りも触手も全てが必殺の威力を持っている。
だがそれでも無敵の俺の敵ではなかった。俺は相手の攻撃をいなしながら、拳を握りしめ、思い切り振り抜く。
岩が砕けるような鈍く乾いた音が響き、巨人の右腕が粉々に吹き飛ぶ。巨人は痛みを感じているようだったが、すぐに再生を始める。
しかし、俺はそんなことは気にせず、残った腕にも拳を叩き込む。
巨人は苦痛の震えながらも反撃しようと腕を伸ばすが、俺はそれを掴んで捻り上げる。すると、まるで雑巾のように巨人の腕がねじれていく。俺はそのまま力任せに引きちぎった。
巨人は大きな唸り声を上げ前のめりに倒れ込んだ。そしてうつ伏せになった巨人に追撃を加えようと俺はその背中の上に乗る。
しかし、巨人の背中に生えていた無数の人の体のようなものが、こちらに向かい手を合わせ、何かを懇願しているよう感じ、思わず手を止めてしまう。
「……お前らは何なんだ?何がやりたいんだ?」
俺がそう尋ねると、巨人はしばらく沈黙していたがやがて微かに振動し始めた。そうこうしている間にも辺りはどんどん明るくなる、気が付くと上空の火球はもう眼前にまで迫っていた。
巨人の不気味な声が再び響いてくる。
『殺せ!あの光が……俺と一体になった時、今よりもさらに取り返しのつかない、
恐ろしいことが起きる気がするのだ……!』
「光の中に帰ると言っていたのはお前だろう」
『わからない……わからないが、とにかく俺はあの光に帰ってはいけない、
それだけは、わかってしまったんだ……!』
馬鹿馬鹿しい。今度は怪物まで俺に頼み事か。
どいつもこいつも何故こうも自分勝手なんだ。
俺は呆れ果てて言葉が出なかった。こいつらは俺が無関係だということがわかっていないのか?
「お前を殺したらあの火の玉が消……」
『勝手なことだと言うことは承知の上だ!だが頼む!
人々が指さす所に俺の心臓がある!一撃でそこを潰せ、それで俺は死ぬ!』
顔を上げると巨人の背中にいる人のようなものたちは、皆、一様に巨人の背中のある一点を指さしている。その体つきは様々だった、老人のようなものもあれば子供のようなものもある。
それらは必死に腕を伸ばし、俺に何かを伝えようとしていた。
(…………)
俺は無言のまま顔を上げ空を見た。火球は既に目の前にまで来ており、凄まじい熱風が俺の顔に吹き付けてくる。
『早くしろ……頼む、あの光が来る前に!!』
巨人は悲痛な叫び声で俺を促す。どうやら本当に時間がないらしい。
俺は拳を握る。巨人の言う通り、ここで殺してやれば全て終わるかもしれない。だが……。
(本当にいいのか?)
本当にそれしかないのか?
俺はこいつに騙されているんじゃないのか?
俺の中で迷いが生まれる。
このまま巨人を殺してその体が予想通り大爆発したらどうする?
こいつを殺しても火球が止まらなかったらどうなる?
いや、それどころか俺がこの事故の犯人にされるかもしれない。
「……」
しかし、もし俺がこの巨人を殺さなかったら……
こいつの言う通り取り返しのつかないとんでもないことになったら……
わからない。
誰か保証してくれ。
俺が間違っていないことを。
俺が正しいということを。
俺が迷っている間にも時間は過ぎ去っていく。
火球はどんどん大きくなっていく、もう時間は残されていない。
迷っている暇はないのだろう。
その時、俺の耳元、
いや頭の中に直接語りかけるように声が聞こえて来た。
『おいおい、ボッキマン。
今パーカーが家に何着あるか知ってるか?』




