【速報】ボッキマン、巨人を討伐する その⑨
K地区の商業施設はショッピングモールと水族館や映画館など様々な施設が併設している巨大な複合施設だ。このK地区を代表する人気スポットであり、平日でも多くの人で賑わっているようだ。
今はその残骸があちこちに散らばっているだけだが。
俺は周囲に視線を走らせる。周囲には焼け焦げた跡がいくつかあるだけで、怪物の姿も、人影もなかった。
どうやらここにはいないようだ。火球に近づくにつれて周囲の温度はどんどん上昇していく。まるで焼却炉に迷い込んだかのような感覚だ。
しかしそんな炎の中、俺はまだ生きている。
それはひとえにこの無敵の力のおかげだ。だが残念ながら俺の服は無事に済みそうにない。繊維が焦げたような嫌な臭いが漂ってくる。
「家に帰ったら新しいのを用意しないとな……」
などと呑気なことを呟きながら俺は空を見上げる。火球はさらに大きくなり、もはや施設を覆わんばかりだった。しかし、不思議なことに周囲は静寂に包まれている。
先ほどまで響いていた轟音や人々の悲鳴はもう聞こえなくなっていた。これだけの大爆発だ。街の人々の大半は死んでしまったのかもしれない。
しかし、俺には関係のないことだ。俺には関係ないことなのだから。
(それなら俺はなぜここにいる?何のためにここに来た?)
それは……、
俺は……俺は……?
そこで思考を止める。これ以上考える必要はないと思ったからだ。
俺は歩き出す。そしていくつもの死体を見る。ほとんどが焼死だった。中には原型を留めていないものもあった。おそらく、爆発に巻き込まれたのだろう。
この地獄のような光景を見て、それでもなお俺はどこか冷めていた。
俺は燃え盛る瓦礫を蹴散らしながら進む、一歩踏み込むごとに熱さが肌を焼いた。
それでも俺は歪んだ太陽に向けて一直線に歩いて行く。
しばらくすると、前方に何か倒れているが見えた。おそらく死体だろう。
(いや、違う。これは……)
俺はそのまま踏み越えて行こうとしたが、ふとその足を止め、もう一度確認した。
そこにいたのは全身を血まみれにした人間だった。
そいつはうつ伏せで倒れており、顔はよく見えない。体格から女のようだということだけはわかる。俺はゆっくりと近づいていく。
黒焦げではない。
しかしこの炎の中で原型をとどめている死体があり得るのだろうか?
俺は無言で女を見下ろしていた。
そいつは気絶しているのか、ピクリとも動かない。だが不思議なことに服や肌がなめらかな泡で覆われて、それが炎の光を反射してキラキラ輝いている。
どうやらこの泡のようなものが女を炎から保護しているらしい。
「能力者か」
だがもう終わりだろう。ちっぽけな力を得たところでお前たち凡人はその定めを変えることはできないのだ。
俺は踵を返し、再び歩みを進めようとした時、女に足を掴まれた。
まだ意識があったのか……。
女はうめき声を上げながらも必死でしがみついてくる。
「どうした」
俺は静かに問いかけた。女は答えない。ただ俺を進ませまいと必死になっている。
「……助けて」
か細い声でそう言った。俺は立ち止まる。
「助けてよ……」
「なぜだ」
「死にたくない……」
「なら今すぐ立ってここから出ろ」
「できない……」
「なぜだ」
「立てない……」
「どうして」
「足の……か、感覚がない……」
よく見ると、両足が膝下から存在しなかった。
断面からは骨や肉、血液が覗いており、白い泡がその隙間を埋めようと溢れ出している。どう見ても手遅れだ。
「それならここで死ぬ運命だろう」
「や、嫌だ……助けて、お願い……」
「運命を変えることはできない」
「お願い……」
「……」
「お願い……」
「無駄だ」
「あんたしかいない……」
「あきらめろ」
「あんたならできる……」
「運命だ」
そう言うと、俺は女の手を振り払い、背を向けた。
「だったら……お前が、あたしの運命を……変えればいいだろ……」
「…………」
「できるだろ……あたしみたいな、
死にかけの……運命くらいどうとでも……。
さっきから黙って聞いてれば……偉そうに。何もしないくせに……」
「……」
「あんたしかいないんだから……お願い、お願いだから……
助けて……助けてよ、助けて、お願い……」
女の声はどんどん絶望を孕んだものに変わっていった。
やがて嗚咽混じりになり、最後には泣き叫んでいた。俺を女を抱え上げ背に乗せると、そのまま歩き出すことにした。
「ありがとう……ごめんなさい……」
背中越しに聞こえる弱々しい声を聞きながら、俺はその場を後にする。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それから俺たちはしばらく歩き続けた。
女は気を失うまいとしているのか何度も俺に話しかけて来る。その間も女は痛みに耐えかねて何度も嘔吐したり、出血をしたりしていた。
だがその都度泡のおかげなのかなんとか持ち直して歩を進めていた。
「あのさ……やっぱり、あんたその、変だと思うんだけど……」
「どうした?」
「いや、その……お、おお、おちんちんが……」
「どうでもいいことばかり言うなら怪物のところに置いていくぞ」
俺は女を背負いながら黙々と歩いていた。
「ごめん、も、もしなんだけど……あんたがもし、
巨人みたいな化け物を探しに来たのなら、
一緒にあたしの仲間を探すのを手伝って欲しいんだけど……
多分まだ化け物の近くにいるから……後で必ずお礼をするから……」
「もう死んでいるだろう」
「死んでないよ!
この泡はその人の力だし、効果が切れてないってことは
その人はまだ生きているはずだから……だからお願い……します」
女は苦しそうに脇腹を抑えながら消え入りそうな声で懇願してくる。おそらく傷口が開いたのだろう。
「こんな状況で人探しか」
「絶対に、本当に、絶対になんでもするから……
あんたがして欲しいことなら、本当に、なんでもするから、お願い……」
何でもね……。俺は少し考えたあと、いいだろう、と答えた。俺は無敵の力を持つ男だ、こんな役立たずが増えたところでどうとでもなるだろう。
「あんたさ……名前は……なんていうの……?」
かすれかかった声で女はそう聞いてきた。
女はほとんど意識を失いかけていた。
「ボッキマンだ」
「変なの……あたしはセンドレッド……」
「お前も変だろ」
そういうと女はくすりと笑い、虚ろな目で空を見上げる。
上空の火球はさらに巨大化しており、もはや巨大な隕石と言っても良いサイズになっていた。
「あれが……落ちたら、あたしらみんな死ぬんだろうな……」
「俺は死なない」
するとまたくすっと笑った。何が面白いのだろう。
事実、俺は熱による苦しみや痛み、疲れなど微塵も感じていない。この状況で火傷も負っていなければ、かすり傷ひとつない。
「俺はボッキマン、無敵の力を持つ男」
俺がそう言い終わると同時に女は激しく咳き込み血を吐き出した。
もう限界なのだろう。
「あはは……あたし、ここで、気を失ったら……死ぬと思う……?
それとも、助かるかな……?でも、もう限界……」
そう言うと女は俺の首筋に手を回ししがみついてきた。女の体温を感じる。かなりの熱だ。そして俺の背にもたれかかるようにして意識を失ってしまった。
俺は歩く速度を上げた。
役に立たないこいつはここで捨ててもいいが、俺も怪物に会いに来たのだから、どうせついでのことだ。それに、怪物と戦っていたというこいつの仲間とやらは何かに使えるかもしれない。
だから俺はこのセンドレッドと名乗る女の願いを聞いてやるつもりだ。
しかし仲間を探すと言ってもこれでは埒が明かない。俺は火球の中心に向かって歩いているが、何かがいる気配はまるでない。
そもそもこいつの仲間とはどういう連中なのか。
俺は疑問を抱きつつ立ち止まる。
「(上から探すしかないか)」
そう思い立った瞬間、俺は足に力を込め、跳躍をした。
地上から数10メートルほど飛び上がると、そこから燃え盛る廃墟の壁を蹴りながらさらに上へと飛んでいく。
やがて視界が開けると、そこには先程まで見えていたよりもずっと大きい火球があった。火球はまだまだ上空にあるようだが、それでも眼前に迫ると恐ろしい威圧感を感じると同時に、火球から叫び声のようなものが聞こえてきた。
それはこの世のものとは思えないほど歪んだ声だった。
俺は耳を塞ぐこともせず、ただその声に聞き入っていた。次の瞬間、俺には火球の正体がなんなのかようやくわかった。人間だ。
大小様々な人間が何百、何千人と集まり、溶け合い、そして混ざり合いながら、天空に灼熱の地獄を作り出しているのだ。
俺はその異様な光景に気を取られ、一瞬躊躇したが、すぐに思い直して炎に包まれた街を見下ろし、目を凝らす。
──いた。
あの映像で見た無貌の巨人が確かにそこにいた。奴は火球に体を向けながら手を合わせ、祈り捧げるかのように跪いていた。
そして、何となくだが、俺は顔のないそいつと目が合った気がした。
俺は急降下しながら再び足に力を入れると、凄まじい音と共に着地する。衝撃で地面は陥没し、足元に亀裂が入る。
女は無事だろうか。まあ、死んでも運命だ。気にしても仕方がないだろう。




