【速報】ボッキマン、巨人を討伐する その①
俺の名は没木一歩。
まだ俺がボッキマンだった頃、俺は何かに取りつかれたかのように毎日走り続けていた。俺自身のことではあるが俺にはその理由はよくわからない。
朝起きるとすぐにランニングに出かけ、帰ってきたらシャワーを浴びる。そして夕方になるとまた走ってから家に帰り、そしてシャワーを浴びて眠る。あの頃はこのルーティーンを繰り返すだけの日々だった。
不思議に思うかもしれないがその時に走っていた記憶は残っているが何を考えていたかについては一切覚えていない。
多分、ボッキマンとして走っている最中の俺は何も考えていなかったんだろう。
だがボッキマンではなく、没木一歩として目覚めてからの俺も走ることを続けている。何故かと言われても、それが趣味で、それが好きだからとしか言いようがない。しかし、一方で以前の自分と同じことを繰り返していることはわかっている。
だから俺は同じコースを走るのではなく走るコースを工夫することにしていた。それに毎日少しずつ変化をつけてこの街の全ての行政区画を制覇するように走れば、何か新しい発見ができるのではないかと考えたのだ。
改めてこの街について確認しておく。
この街は政府と複数の民間企業からなる『ソサエティなんとか』という次世代情報統合型都市計画だかなんだかに基いて作られた街で、その計画は50年以上前から進められていたらしい。
このソサエティというのは確か、社会とか、共同体を意味する言葉だったはずだ。
つまり、俺たちの街は一つの社会とか共同体というもの文字通りの意味で完結させようとしているのだろう。
そんな共同体とやらの一員になった覚えはないが、それはともかく。
この街の行政区域はA地区から~Z地区までの複数のブロックに分かれている。そして各区域はその特色ごとに細かく区切られており、例えば俺が住むD地区は住宅街となっている。
他にもA地区は大企業などの施設が集中しており、B地区は歓楽街で、C地区には中小企業が多く、D・E地区には住宅が多い。F地区は行政機関がありG地区の一部は農業地帯となっているようだ。そしてH地区にはテーマパークがあり、I地区は教育研究機関、J地区は娯楽関係など……とそういった具合だ。
そして俺は自分の家をスタート地点にこれらの地区を一つ一つチェックしながらぐるりと一周するのが日課となっていた。
もちろん、全て周れるわけもなく、いまだに全てを周りきったこともないが。
そして今日のルートはA地区の企業エリアからH地区に抜けてそこからJ地区へ、そして家に戻ろうと思っていたが、気が付くと俺はB地区に着ていた。
「あれ?どっかで道を間違ったかな……」
B地区は歓楽街のある地区で最近よく訪れるようになった場所でもある。ここには印象的な出会いもあれば辛い思い出もたくさんある。
最近よく訪れるようになった場所でもある。俺がこの地区に何度も足を運んでいるのは過去の出来事を払拭したいからなのか、それとも単に新しい刺激を求めているのか。正直なところ俺にもわからない。
まだ朝早くなせいか人通りは少なく、夜になると煌びやかなネオンが灯る繁華街も今は静まり返っていた。別に急いでいるわけではないし、どこかで道を変えてしまおう。そう思いながら歩いているとふと、ある建物を目にして足を止めた。
それは以前、潮木という男にカウンセリングを受けた雑居ビルだった。
ビルは彼が起こした火災の影響でボロボロに焼け落ちており営業している様子はなさそうだ。このビルはこの先どうなるのだろうか、そんな事を考えながら廃墟となったビルをしばらく見上げていると、後ろから声をかけられた。
「すまん、そこ通っていいか」
振り返るとそこにはスーツ姿の男が立っていた。年齢は40代半ばくらいだろうか。背が高く細身だがその佇まいからは威圧感のようなものを感じる。どこかの会社勤めというより裏稼業めいたミステリアスのような雰囲気があった。
「おっと、すみません」
俺が慌ててその場を離れると、男はこちらを一目見て、軽く会釈をすると俺のすぐ横にあったビルの中に入って行く。
一瞬だったが男の目は俺を品定めするような目をしていた。まるで、お前は何者だと言わんばかりだ。
(なんなんだあのおっさん……)
妙な雰囲気の男にジロジロと見られたのでさっさと退散することにしたが、その時、俺の前方から奇妙なもの飛んで来ていることに気がついた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「なんだあれは……ドローンか?」
俺は思わず呟いたがすぐに間違いであることがわかった。あれはドローンなんかではない。もっと別の何かだ。
それはまるで神社の境内に設置されている灯篭のような形状をしていた。いや、それだけではない。灯篭は宙に浮かんでおり、緑色に発光する炎を吹き出しながらくるくると回転している。今まで見たことのない奇妙な光景だ。
俺は興味本位でその不思議な物体を眺めていたが、やがて灯篭は先ほどの男を追うようにしてビルの中に吸い込まれていった。
俺は少し悩んだ末、好奇心を抑えきれずビルの入口に向かうことにした。
築50年は経っているであろうその建物は、老朽化が進んでおり所々ひび割れていた。エレベーターは4階を指しており、先ほどの男は恐らくこの4階にいると思われる。中に入ると薄暗くジメッとした空気に包まれていた。
壁にはスプレーによる落書きが目立ち、床や天井を見ると至る所に亀裂が入っている。俺はエレベーターのボタンを押すと、昇降機が降りて来るまでの間、エレベータの扉の前にあったパネルを観察してみた。
4階には2つのフロアだけしかないようで、パネルにはテナント名らしきものが書かれていたが、劣化し剥がれ落ちてほとんど読めなくなっている。
しかし、極太マジックで『コンブマン』と書かれた部分だけは辛うじて読み取ることができた。
「コンブマン?なんだこりゃ……」
その言葉を発した途端、頭を固い物で叩かれたような衝撃が走った。
「痛ってぇ!……ってなんなんだよ!」
俺は突然の痛みに驚き、自分の頭を押さえる。
「なんなんだよ、じゃねーよ!
覗き見してんじゃねえよブス!」
どこからか罵声を浴びせられた。周囲を見渡すが誰もいない。
「誰だ!?どこにいるんだ!!」
俺が叫ぶように言うと、またも頭に激痛が走る。
「……っつ~……くそぉ……」
あまりの頭痛に耐えかねた俺は『勃起』し、再び周囲を見渡した。
「ここよ、こっち、バカ!」
今度ははっきりと聞こえた。上からだ。
俺は顔を上げると、そこにいたのは俺の想像とは違った人物だった。
「……」
ゾっとするほど美しい顔の女性が幽霊のようにふわふわと浮きながら俺のことをじっと睨みつけている。歳は20代前半くらいだろうか。艶のある長い黒髪をかんざしでまとめ、真っ白で透き通った肌をしていて、まるで雪女を連想させる女だ。
何よりも印象的なのはその服装だろう。彼女は着物を着崩しており、白くほっそりとした太ももを露わにしている。
だがその細身の体つきは女のそれではなく青年のように思われた。
さらに幽霊はよくわからないことに片手にヒールを手にもっており、それを時折、壁にぶつけるようにしてカチカチと音を鳴らしている。どうやらあのヒールで俺の頭をガンガンと殴っていたらしい。
「あぁ、えっと……?なにこれ?幽霊……?」
俺は困惑しながらも、目の間に浮かんでいる不思議な女に問いかけた。しかし、当の本人は大きく目を開き、驚いた表情を浮かべただけで何も答えようとしない。
どうやら自分の姿が見えているとは思っていなかったようだ。しばらく黙り込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「……あ、あんた……見えてるの?」
ようやく喋ったと思ったが、その声はとても小さく聞き取りづらいものだった。
「まぁ一応」
「えぇえ!?マジで!!
……ちょ、ちょっと待って、やだ、キモい!
先生!助けて!せんせえ!」
俺の言葉を聞いた途端、幽霊は急に取り乱し始めた。そして、俺の頭上をすり抜けて、エレベーターの方に飛んで行ってしまった。
「え、おい、待てよ!……行ったか」
一瞬の出来事だったので反応が遅れてしまったが、俺はあの幽霊を追いかけることにした。




