【悲報】ボッキマン、献血を妨害する その⑬
「イグナイトさん、ボッキマンさん、本当にありがとうごさいました」
サスーリカは氷漬けにした母親の心臓を大事そうに抱えながら深々と頭を下げた。
「サスーリカさんはもう帰るの?それともまたこの街に来るとか?」
「はい、私はこの心臓を持って一度故郷に戻りたいと思っています。
けど、海を渡るのは大変なので少し体力を回復しないといけないとですね」
そう言うとサスーリカは舌をペロリと出して笑った。
「でも、明日からどうしましょ?これで私、無職になっちゃいましたし」
……そうか、サスーリカは矢深組会長の医者だったから奴が死んだら仕事がなくなるのか。
どうしよう?
俺に何か出来るわけでもないが、この人も気の毒だしなあ……。
(そうだ、サスーリカに佐凪博士を紹介したらいいんじゃないか?)
博士は虫マニアだし蚊に関するトークなんかをすればすぐに仲良くなれるだろう。
マーリーやボンちゃんだってきっと喜んでくれるに違いない。そんな事を考えているとイグナイトが口を開いた。
「サスーリカ、俺たちの組織へ来てほしい。
医者としてあんたを雇いたい」
イグナイトはまっすぐに彼女の目を見て言った。
サスーリカはその言葉を聞くと、目を丸くして驚いているようだった。
「え?えぇ!?イグナイトさんの組織ですか?
そ、それは光栄なんですけど、あの、その、私は人を刺したり殴ったり
蹴飛ばしたりするのは嫌というか……」
「最初に俺があんたを守ると言ったろう。そんなことにはならない。
俺たちの組織には怪我人が多いし、それに……本部にはとても寒いスポットが
あるからあんたにはピッタリだと思う」
サスーリカはイグナイトの言葉に嬉しさと戸惑いが入り混じったような複雑な表情をしていたが、しばらくすると意を決したように口を開いた。
「そうなんですね。凍えるほどに寒くて、凍えて死んでしまうかもしれない
くらいに寒い所なら……嬉しいかな……」
そう言ってサスーリカは照れ臭そうに頬を赤らめると、イグナイトは変な愛想笑いを浮かべていた。こいつなりに彼女を歓迎しているのだろう。
しかし、もうここにいても仕方ない。
俺は立ち去る前にもう一度だけ会長だったモノに視線を向けた。
奴の体は心臓をくりぬかれ、バラバラになった状態で地面に転がっていた。
俺はその様子を見て、どこか妙に感じたがなぜかそれを言葉に出来なかった。
この違和感はなんだろうか……いや、今はいいか。
とにかく、やっとここから出られるのだからさっさと帰ろう。
「よし、じゃあ疲れたから解散すっか……。
サスーリカさん、イグナイト、じゃあ元気で、なあああーーっ!!?」
「ど、どうしたんだいきなり……」
イグナイトが怪しげに眉をひそめる。
「いや、そもそも街中でお前に話しかけたのはパーカー代を
弁償してもらおうと思ったからだよ。以前、お前らに襲われた時、
俺のアージスはボロ雑巾みたいになったからな」
「なんだそんなことか、それなら今……」
イグナイトはそう言うと懐からスマホを取り出そうとしたが、俺はその手を掴んで制止した。
「いや待て、お前じゃない、お前に命令したあのデカい男に払ってもらう。
耳揃えて払うように伝えておいてくれ」
「し、しかし……あの人は、いや、わかった……。必ず……伝えておく」
イグナイトは俺の迫力に押されたのか、戸惑いながらもそう答えた。
「後それから、俺に頼みたいことあったんだろ?
俺も忘れそうになってたけど、何かあるんだったら言ってみろよ」
俺がそう訊ねると、イグナイトは何か思い出したような顔になったが少し気まずい様子だった。
「い、いや、今はその、出来れば……メールとかの方が……
その、ありがたいというか……」
「おいおい何だよ、さっきは俺は自分の弱さと戦う!みたいなこと言ってた
じゃねえか……。だいたいサスーリカさんがいる間はスマホを使えないだろ、
忘れる前に言っておけよ」
俺が催促すると、イグナイトは観念したようにため息をつくと、ボソッと呟いた。
「……ハカセコさんにお礼がしたい」
「……え?」
「だから、その、ハカセコさんへのお礼として何か贈り物をしたいんだ。
……だから、彼女が喜びそうなものを知っているなら教えて欲しい」
「あ、ああ……そういう事ね、なるほど、そうか、ふっふっふ」
俺は少し拍子抜けしてしまった。もっと難しいことを頼まれるかと思ったからだ。
「そうだな。芸術とか神話が好きな奴だから、なんかこう、
アンティークな小物なんかいいんじゃないか?」
「なるほど……やはり素晴らしい感性を持った人なんだな。
わ、わかった、俺には難しいかもしれないが探しておこう……」
そう言うとイグナイトは目を閉じ、彼なりに何を贈ろうかと考えているようだった。そんな彼を後目に俺はサスーリカの方を見た。
「じゃ、サスーリカさん、イグナイトをよろしく」
「え?あ、は、はい。あの、ボッキマンさんはイグナイトさんの組織とは
無関係なんですか?」
「俺は一般人だよ」
「ああ、ボッキマンは無関係だ。俺に協力してくれただけだ」
俺とイグナイトの言葉を聞いてサスーリカは不思議そうに首を傾げた。
「そうだったんですか、でもならどうしてここまでしてくれたんですか?」
「フッ……俺は出会いを大切にする男だからな。
それに話してみたらイグナイトってそんなに悪い奴じゃないみたいだったし、
まあ前は殺されそうになったんだけど」
イグナイトは少し居心地が悪そうだったが俺は気にせず続けた。
「ああ、そうだ、俺はもうボッキマンじゃない。没木一歩だ」
俺がそう名乗るとイグナイトは一瞬キョトンとした顔をしていたが、
すぐに笑顔になった。
「俺は阿国泰寅だ。これを受け取ってくれ」
そう言うとイグナイトは名刺を一枚差し出した。
「これは……名刺?お前、まさか働いてたのか!?」
「……当たり前だろう。
まあ組織に関連する事だから詳しい話は勘弁してくれ」
イグナイトはそう言い残すとサスーリカを連れて歩き始めた。
俺はその姿を認めるとさっと踵を返し、駆け出した。
俺の背後ではイグナイトの別れの挨拶らしきものが聞こえてきた。
俺はそれを耳にしながら、全力で走り続けるのであった。
なんとなく一件落着した感はあるが、
いくら単純な俺でもまだまだ疑問が残っているくらいのことはわかる。
会長を失った矢深組はこれからどうなるのか?
会長に吸血鬼の臓器を使った移植手術を勧めたのは誰なのか?
イグナイトは失踪した糾業会のメンバーは二人だと言っていたがもう一人はどこへ消えたのか?
俺の頭にはそんな考えが浮かんだが、それらは一旦置いておくことにした。
何故なら俺の問題というより、矢深組や糾業会の問題であって、部外者の俺が関わるべきことでは無いと感じたからだ。
今はただ、早く家に帰って暖かい風呂に入って寝たかったのだ。
(しかし……なんかまだモヤモヤすんだよなぁ……。この感じは一体……)
俺の胸の中には何か引っかかりのような感覚があった。
それが何であるかわからないまま、俺は家へと続く道を走って行くのだった。
俺の名は没木一歩。
ボッキマンの一歩先を行く男。
だがそれはあくまで肉体面での話だ。今の俺には何かを見通せる鋭い洞察力も無ければ、どんな状況にも対応できる柔軟な思考も無い。今のところはな。
だが、いつか必ず俺にもその二つが備わる時が来るはずだ。
なぜなら、俺の人生はまだ始まったばかりなのだから。




