【悲報】ボッキマン、献血を妨害する その⑩
「なに!?」
イグナイトも俺もしばし絶句していたが、イグナイトは何が起こったのか瞬時に理解しジュウガロンから距離を取った。しかし、ジュウガロンはイグナイトとサスーリカの顔を交互に眺めるだけでその場から動こうとはしなかった。
やがて彼の口元のあたりからくぐもった声が聞こえて来た。
「……サ、スーリカ、も、もうい、いよ……あ、りがと」
「ジュウガロン、お前……喋れるように……」
イグナイトの言葉にジュウガロンはゆっくりとうなずいた。
「い、イグナイト……みんな、は、元気……?」
「ああ、皆、変わりないよ」
「そう……よ、よかっ」
彼はそれだけ言うとその場に崩れ落ちた。
イグナイトが駆け寄り抱き起こそうとしたが、ジュウガロンの身体は黒いガスを吹き上げながら、灰となりさらさらと崩れていった。
ジュウガロンはイグナイトの腕の中で完全に消え去ってしまった。
それを見たサスーリカは肩を震わせながら、嗚咽を漏らし、膝をついた。
しばらく誰も何も言えず、重苦しい沈黙が続いたがやがてイグナイトが口を開いた。
「お別れを言う時間もなかったな」
サスーリカは顔を上げ、イグナイトをじっと見つめていた。
その瞳には様々な感情が渦巻いているように見えたが、今にも溢れ出しそうな涙だけは堪えているようだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「いよぉーしッ!
次は大ボスの会長戦だな!ようやく俺の出番が来たぜ!」
場の雰囲気を変えようと俺はわざとらしく大声を出しながら拳を突き出した。
「ったくイグナイトおめーわよぉー!
どうなってんだ一体よー!かっこいいことばかり言いやがってよおコノヤロ!
お前ら俺の戦いをしっかり見とけよ、
主人公は俺だってことをはっきりとさせてやるからな!」
そんな俺の言葉を聞くとイグナイトは少しだけ微笑み、そして言った。
「すまん、ボッキマン、俺にやらせてくれ」
「おう、任せとけ……って、えーーっ!?」
思わずずっこけそうになってしまった。
さっきまであんなに熱かった胸の奥が急に冷たくなっていく。
「いや、待てって。二連戦はキツいからやめとけって……
大体、会長は血をバンバン吸ってるから元気いっぱいのはずだろ?」
「大丈夫、俺はまだやれる。それに……」
イグナイトの表情はいつになく真剣だった。
「奴にとどめをさすのは、俺じゃないといけない気がするんだ」
そう言うとイグナイトはサスーリカの方へと歩いていった。
サスーリカは涙で濡れた頬をそのままにイグナイトを見上げた。
「イグナイトさん……あの、私、ごめんなさい……」
「謝らなくていい。
母親を取り戻すんだろ、どこの臓器を傷つけてはいけないのか教えてくれ」
「はい……」
サスーリカは深呼吸すると、自分の胸を指差した。
「心臓を潰さないようにしてください。
それ以外の場所はいくらでも破壊してもらって構いません」
「わかった」
イグナイトはうなずくと、ジュウガロンのいた部屋に背を向け、奥へと続く通路に向かって歩き始めた。
「おい、イグナイト!待てって、俺がやるって!」
「ありがとう、ボッキマン。けどこれは俺のケジメなんだ」
イグナイトは振り返らずそう言うと、薄暗い闇の中へと消えていった。
会長の部屋は巨大な氷山を思わせる分厚い扉で覆われており、俺たちはその前に立っていた。氷の扉は白く濁っており奥の様子を伺うことはできなさそうだが、おそらくこの向こうに矢深組の会長がいるのだろう。
「サスーリカさん。これもあんたの力なのか?」
俺の問いかけにサスーリカは小さく首を縦に振った。
彼女の反応を確認した俺は改めて扉を見上げる。
石英のようなその表面は恐ろしいまでの冷気を放っていた。
触れたら一瞬にして指が砕けそうなほどに冷たい。
今まであまり意識してなかったが、この屋敷全体も彼女の力で冷却されている。
その上で彼女は地下に分厚い氷で遮断された氷の部屋を作りそれを二十年以上維持しているのだ。
並大抵のことではないと思う。
これが彼女の種族として一般的な力なのかどうかはわからないが、少なくとも会長はこの力が欲しくてサスーリカの母親の臓器を求めたということなのだろう。
イグナイトは扉の向こうにいるであろう会長を睨みつけ静かに口を開いた。
「行くぞ」
だが俺はそんなイグナイトを見てあることに気がついてしまった。
「あっ、お前!銃持ってないじゃん!?」
イグナイトは俺の指摘にハッとした様子だったが、すぐに冷静な口調に戻った。
「心配するな、問題ない」
「いやお前、あの銃をずっと持ってたけどほんとは能力を使うために
必要だったんじゃないのか?
もう能力が使えないとか後から言い出したりしないよな?」
イグナイトはしばらく考え込んでいたが、やがて諦めたようにため息をつくと話をし始めた。
「……生まれつき気弱だった俺はああいうおもちゃでもなければ
何かを傷つけることが出来なかった」
「あ……?」
「俺が傷つけているわけではない、銃がやっていることだと心の中で
言い訳をしてな。だから目の前で何が起ころうと銃を手放せば
たちまち俺は心の痛みを忘れることができた」
「……」
「しかしジュウガロンが死んだ時、はっきりと分かった。
トリガーを引いているのは他ならぬ俺だ。
あの銃は俺の心の弱さが生み出した足かせに過ぎなかったのだ」
イグナイトはそこで言葉を区切ると、再び会長の部屋に続く扉を見据えた。
「俺にできるのはただ一つ、戦うことだけだ。
俺はこれからも自分の弱さと戦い続けなければならない」
「……お、お前……」
こ、こいつなんて野郎だ……。
やはりこいつはほっとくと主人公みたいなことばかり言いやがる。
このままでは危険だ。
「お、おい、やっぱ俺がやる!」
「ダメだ」
イグナイトはサスーリカに向き直ると優しい声で言った。
「サスーリカ。あんたは下がっていてくれ、出来るだけ遠くに」
「はい」
「え?俺は?」
イグナイトはサスーリカが通路の奥まで下がったのを確認すると深呼吸し、そしてゆっくりと右手を前に突き出した。
「おもちゃはもういらない」
気が付くとイグナイトの背後には数百はあろうかという無数の火の玉を衛星の如く従える巨大な火球が出現していた。
それはまるで第二の太陽のように辺りを照らし出す。
イグナイトは合図をするかのように右腕を振り下ろした。
次の瞬間、轟音と共に太陽から火の玉が流星群のように降り注ぐと、巨大な氷山の扉を炎の嵐が包み込んだ。熱風が吹き荒れ、肌が焼けるような感覚を覚える。
俺は思わず目を閉じた。
瞼の裏に焼きついたのは燃え盛る火炎。
そしてその中で悠然と佇むイグナイトの姿だった。
「終わったぞ」
イグナイトの声で目を開けると、そこには氷の扉があったはずの場所に大きな穴が空いていた。扉どころか通路の床までもが完全に融解しており、マグマのようなものがボコボコと煮えたぎっている。
「まったくよーやりすぎだっつーの……」
俺が愚痴っているとサスーリカが駆け寄ってきた。
「行きましょう!」
サスーリカはマグマを一瞬で凍結させると俺たちを先導するように走り始めた。
俺とイグナイトは顔を見合わせると彼女を追いかけるように走った。
しかし、俺、役に立ってないな……。




