【悲報】ボッキマン、献血を妨害する その⑧
「……普通の人間には適合しない臓器ですからね。
それでもつい最近までは上手くいっていましたよ。
定期的に血液を摂取すれば変異は抑られますから」
「お前の言う変異というのは、
庭にいたボウフラの怪物のようになるということか?」
イグナイトの質問に、サスーリカは少し考えこむような仕草を見せると静かに答え始める。
「会長さんは何というかもっとにぎやかですね。
それから、あなたたちが庭で見たものは会長さんに血を抜かれた
奴隷の皆さんです。彼らと会長さんは視覚や聴覚を共有しているので、
あなたたちがこの屋敷に侵入したことはすでにご存じでしょう。
けれど会長さんは錯乱状態なのでどこまで理解されているかはわかりませんが」
そこまで言うとサスーリカは一旦言葉を区切り、再び口を開く。
「ある事件をきっかけに会長さんの変異の速度が急激に早まりました。
一度バランスが崩れてしまうともうダメですね。
それまでは月に1回程度だった吸血行為が週に一度、
さらに3日に一度に増えていき、今では6時間に1度です。
まるで内側から母に復讐されているかのようです」
「ああ、だから矢深組の連中は必死で血を集めてたんだな」
「ある事件というのはムノー製剤の爆破事故のことか」
「そうです。よくご存じですね。
その後も組員さんたちはどこからかせっせと血液を運んできてくれました。
……まあ、それも無駄に終わりそうですけどね」
サスーリカはイグナイトの目を見つめながら問いかけた。
「ムノー製剤の爆発事故はあなたたちの仕業なんですか?」
イグナイトはその質問を聞くと考え込み、床に目を落とし呟いた。
「違う……。俺たちは、正義の組織だ……」
イグナイトはそう言っていたが彼自身もどこに真実があるのか迷っているようだった。
「そうですか。私はどっちでもいいんですけどね」
「よくわかった。サスーリカ、俺たちを会長の元まで案内してくれ。
あんたの安全は俺が保証する。
それから……俺はイグナイト、こいつはボッキマンだ」
「……ああ、はい。それはどうもありがとうございます。では、こちらへどうぞ」
サスーリカは小さく頭を下げると、こちらに背を向けたまま歩き始めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「なあ、サスーリカさんって外国から飛行機に乗ってこの街にきたのか?
電磁波とかキツくなかった?」
俺はなんとなくサスーリカの背中に声をかけると、彼女は振り返ることなくそれに答える。
「ここには泳いできましたので、そういった心配はいりませんよ」
「マジか」
「マジです」
「……」
「……私たちは水辺にすむ吸血鬼ですからね」
「なるほど……その種族ってこの国にもいるのか?」
「この国だとカッパ……カッパさんになるんですかね?」
「カッパかあ……なんか吸血鬼というよりカエルのイメージしかないな……
あっ、そう言えばつい最近もカッパ騒動が」
「おい、そんなことよりも俺からも聞きたいことがあるんだがいいか?」
「どうぞ」
「なぜ会長を殺して母親の臓器を取り戻さなかった?
それくらいの機会はいくらでもあったはずだ」
イグナイトの言葉にサスーリカは立ち止まると、ゆっくりと振り返る。
「だって私、お医者さんですから」
サスーリカは笑顔でそう答えたが、俺にはそれがどこか寂しげなもののように感じられた。
だがそれよりも俺は『医者』という言葉を改めて聞いて、気になることを思い出し慌てて立ち止まった。
「そうだよ、医者だよ!ちょっと待ってくれ!」
「どうしたボッキマン?頭でも診てもらうつもりか?」
「ちっ、ちげぇよ!イグナイト、診てもらうのはお前だよ!
さっきボウフラに引っかかれたか、咬まれてたかで怪我してただろ。
調べてもらえよ!」
「いい、問題ない」
「放っといたらヤバいだろ。いいから診てもらえって、なあサスーリカさん?
あいつら毒とか病原菌持ってたっておかしくないだろ?」
「そうですね、筋肉組織を弛緩させる神経性の麻痺毒と血液凝固を阻害する
ウイルスを持っている個体が多いです」
そう言うとサスーリカは下唇を指でつまんで大きく広げる。歯茎と共にピラニアを思わせる小さく鋭い歯が露わになった。
「そのうち歯茎が腐って、歯がぜーんぶ抜け落ちちゃうかもしれませんよ?」
「……」
「ほっ、ほ、ほら無理すんなって、診てもらえって」
俺はサスーリカの脅し文句を聞くと、黙ったままでいるイグナイトの肩に手をかけて、無理やりサスーリカの近くに立たせた。
「わかった、手短に頼む」
「はーい任されました、では後ろを向いてうなじを見せてください」
「うなじ……?俺が怪我をしたのは……」
「おい、いいから医者の言う通りにしろって」
俺は強引にイグナイトの体を反転させると、彼のブルーアッシュの髪をかき上げて首筋を露出させた。
サスーリカは匂いをかぐように鼻を動かしていたが突然、体を激しく痙攣させたかと思うと白目を向き、上半身を後ろに大きくのけ反らせた。
「……え?」
「どうしたボッキマン、何が起きた?」
「いや、儀式が始まった」
「儀式?!」
焦って後ろを振り向こうとするイグナイトを抑えつけたまま、サスーリカの様子をじっと眺めていると、彼女の口から黄緑色の粘液に塗れた長い舌がずるずると飛び出してきた。
ブラシのような白い毛がびっしりと生えたその舌の上には30センチ程度のボウフラのようなものがへばりついており、まるで生きているかのようにもぞもぞと動いている。
「う、うぉおお……」
「お、おい!何が起きている!?
儀式ってなんだ!儀式ってなんだ!教えろ!」
「いいから落ち着けよ。歯医者で泣き喚く子供じゃないんだから」
「ふざけるな!見せろ!インフォームドコンセントだ!
インフォームドコンセント!」
イグナイトはわけのわからないことを言いながら暴れていたが、がっしりと抑え込んでいるとやがて観念したのかしばらくしてイグナイトは抵抗をやめた。
しかしサスーリカの舌先が彼の首筋を撫で始めると再び声にならない叫びを上げ暴れ始めた。
「おうぐぁあああぁあああ!!!!???!」
「うるせぇ!お前、普段かっこいいことばっか言ってるくせに情けねえな」
「らいろうふれふほ(大丈夫ですよ)」
「な、何、しゃべり方がおかしいんだけど?!今何がどうなってるんだ?!」
「サスーリカさんは自分の手だけじゃなくて口まで使ってお前のために
頑張ってるよ。安心しろ」
「そっ、そんな医療行為ある?!うぉおおぉお!?
なんか濡れてて微妙にチクチクする!!あっ、痛っ!」
俺は無言のままイグナイトに対するサスーリカの『医療行為』の様子を眺めていたが、やがて唾液でぬらぬらと光る長い舌は喉の奥へと引っ込み、サスーリカの口は元通りになった。
イグナイトはというと額を汗まみれにして息を荒げていた。
「はい、終わりましたよ、お疲れ様です」
「……お、終わったのか?何も異常はないか?」
「ええ、毒や病原菌があなたに悪さをすることはないでしょう」
「そうか……」
「よかったなイグナイト」
「ボッキマン、お前には後で何が起きていたのか話してもらうからな……」
イグナイトは振り返ると恨めしげに俺のことを睨みつけてきたが俺は素知らぬ顔でやり過ごした。サスーリカはそんな俺を見て親指を突き上げながら小さく舌を出してウインクした後、またゆっくりと歩き出した。
彼女は意外と明るい性格なのかもしれない。
外国からやって来て、20年もこんなところで一人、吸血鬼になったヤクザの親分の世話をし続けていればそりゃあストレスだって溜まるだろうな。




