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【悲報】ボッキマン、献血を妨害する その⑦

数分後、辺りには燃え殻となったボウフラの怪物たちの残骸が転がっていた。


結局庭園に居たその数は20といったところだろうか。ボウフラのくせになかなか頑丈だったが問題ない。


人間が怪物になったのか、怪物が人間に変化したのか分からないが、前者なら少し気の毒のように思った。だが、そんな感傷に浸っている余裕はない。危険な怪物であることに変わりはないからだ。


「おい、イグナイト、大丈夫か?」


池で洗った手を拭いながら呼び掛ける。

そこには先ほどまでの凛々しい姿とは打って変わって、地面に膝に手をつくイグナイトの姿があった。


「はぁ……はぁ……問題ない……」

イグナイトは苦しそうな息遣いをしていた。見るとズボンの腿や肩の辺りが切られ、少し流血している。


「おい、本当に大丈夫か?

 こいつらいかにも毒を持ってそうな外見だけど」

「ああ、大丈夫だ。消毒する」


イグナイトがそう言うと彼の傷口に小さな火柱が上がる。

すると瞬く間に出血は止まり、傷口は火傷へと変わっていた。


「……お前根性あるよな」

イグナイトは自分の怪我を確認すると、服についた土埃を払う。

「これでいい、行こう」

「……ああ」


屋敷内に入ると少しひんやりした空気が俺たちにまとわりついてきた。


壁に取り付けられたロウソクが弱々しく点灯しており、薄暗い廊下が続いている。

「……ここにもロウソクか、こだわりがあるんだな」

イグナイトが先頭に立ち、ゆっくりと歩き出す。


「時代劇にでも出てきそうな屋敷だよな。ほら見ろあの襖とか」

「……」

イグナイトは無言のまま、襖に手を掛け開け放つと中は広い和室になっていた。

畳の香りが鼻腔をくすぐる。

しかし部屋には誰もおらず、生活感も感じられない。


「ここってマジで矢深組の会長の家なのか?

 いるのはボウフラの化け物だけみたいなんだけど」


「……ああ、間違いない。

 害虫と住むことしか出来ないような人望のない男なのだろう」


イグナイトはそう言うと部屋に背を向け、再び廊下に出た。

俺は周囲を警戒しながら、イグナイトの後に続く。


俺たちはそのまましばらく特に目標もなく進んでいたが、屋敷の冷気はその間にもどんどん強くなっていくようだった。


「……なんか異常に寒くないか?」

「そうだな。それに静かすぎる。ボウフラどもすらいないぞ」


「でもまあお前にピッタリだろ。

 寒くても火を操れるし、相手が虫なら飛んで火にいる夏の虫というか」


「ボッキマン、お前変わったな……。

 以前会った時のお前は周囲にまったく注意を払わないと言うか、

 関心の薄い男だったが、今は異常なまでにウザくなったというか

 うっとうしいというか……」

「フッ……お前にもわかってしまったか。俺はもう以前の俺とは違う。

 今の俺は……」


イグナイトは俺が言い終わる前に苦笑いしながら口を開く。


「なんというか……その、前よりずっと楽しそうに見える」

「うん……まあな」


俺たちはその後も廊下を進み、会長の居場所を探したが、ついにそれらしい人も部屋も見つけることが出来なかった。


しかし、代わりに見つけたのは薄暗い部屋の中で椅子に座り、気怠げるそうにこちらを見つめる若い女だった。


年齢は二十代前半くらいだろうか。金と緑が混ざり合った髪は腰の下あたりまで伸び、ウェーブが掛かっている。

顔立ちは整っており、肌は透けるように白く、唇は青みがかかっていた。

服装は白の質素なワンピースを着ており、まるで病人のようだ。


しかも辺りは凍えそうなほど寒いにも関わらず、死体のように微動だにしない。


「……スマートフォンを持っていますか?」

彼女は口角だけを上げて微笑むとよくわからない質問を投げかけてきた。


「ああ、持ってるけど……」

「では電源を切っていただけますか?電磁波が苦手なので……」

「わかったよ」


俺は言われるがままポケットに入っていたスマホを取り出し、電源を切る。

すると彼女の表情が少し和らいだように見えた。


「……助かりました。ありがとうございます」

そう言うと彼女は、足元に置いてあったボトルを手に取り、中の黒っぽい液体を飲み干して一息ついた。


「……ふぅ、喉越しスッキリ」


「「……」」


「……ところであなた方はどなたですか?」


「……俺たちは矢深組による血液の横流しの謎を突き止めるためにここに来た。

 もちろん会長を問い詰めてでも聞き出すつもりだ」

「(おいおい……もっと言い方とかあるだろ)」

イグナイトがそう答えると、女は再び口元だけで笑う。


「そうですか、残念です」

「……どういうことだ?」


「会長さんがお話になるとは思えません……命のやり取りになるでしょう、

 だからどなたかが死ぬことになるはずです。だから残念です」


「耐えられないならここから出ろ。

 そして警察に伝えろ、矢深組の怪物の存在をな」

「おいおい、イグナイト。もうちょっと言い方ってもんがあるだろ」


「ボッキマンは黙っていてくれ。こいつは矢深組の関係者だろう。

 で……お前はどうする?このまま逃げるか?それとも戦うか?」

イグナイトがそう尋ねると、女は目を閉じ少し考えた後、静かに口を開いた。


「私はただの医者です。

 会長さんの事を20年ほど前から診ていました……」

「え、マジかよ。あんた20歳くらいだろ?乳幼児でも医師免許が取れるのか?!」


「そんなわけないだろ」

イグナイトが呆れた声で突っ込むと、女は口を開けて笑い始めた。

女の歯はまるでピラニアのようなギザついた鋭利な形状をしており、彼女が笑った瞬間、それがチラリと覗いた。


「光栄ですね。そんなに若く見てもらえるだなんて……

 でも私の年齢は見た目通りのものではありませんよ」

「……お前はなんなんだ?」


「ただの医者です」


「それはさっきも聞いた、答えるつもりがないなら……」

イグナイトはそう言うと銃を両手で持ち、銃口を天井へと向ける。

「おいおい!寄せ、寄せって!!」


「ボッキマン、下がっていろ。こいつが会長の医者だと言うのなら

 奴の居場所を知っているはずだ。俺たちはそれを知る必要がある」

俺はイグナイトを止めようとするが、女は再び気怠そうな顔になると自分の足の指を見つめながら呟き出した。


「……私はサスーリカ。サスーリカ・ツララです。

 母を追って、20年ほど前にこの街にやって来ました」

「そうなんだ、お母さんは見つかった?」


「はい、内臓だけ」

「……は?」


「母の臓器は今、会長さんが使っています。だから私は彼のお世話をしています。

 どういう形であれ、母は生きているわけですから……」

「……」


イグナイトは無言のまま銃を下げると、サスーリカと名乗る女に問いかけた。

「……では俺たちが会長を殺すと言ったらお前はどうするつもりだ?」


「会長さんから母を返していただきます」


「……お前の母がどんな人間なのかは知らないが、そいつはもう死んでいるんだぞ」

「私も母も人間ではありません」


「……何?」

サスーリカはゆっくりと立ち上がると、真っ暗な天井を見つめながら背伸びをする。


「私はあなたたちの言葉でいう吸血鬼と呼ばれる生き物です。

 吸血鬼にも種類があり、熱に弱い私たちは水辺や寒い地域にしか住めませんし、

 太陽の光が苦手です。私たちの一族を指してルサルカやローレライといった

 言葉が使われたことがあります。他にもいくつかありますが、

 その辺りはご自由に想像していただいて結構です」


「その……吸血鬼の臓器を移植したというのか、会長は……?」


「はい。その時すでに老い、大きく衰えていた彼は私たちのような完全な免疫、

 抗腫瘍、長い寿命、そして、強力な再生能力と強大な力を得ようとしました。

 そのために母の臓器を移植した結果が、今の状況です」


サスーリカがそう言い終わると同時に、突然大きな地響きと共に廊下全体が揺れ始めた。俺は思わずよろめき、近くの壁に手を着く。


「ええと、もしかして今のが会長?」


俺が床を指すと、サスーリカは無言で頷いた。

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