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【悲報】ボッキマン、献血を妨害する その⑥

「ハカセコさん、格別のご配慮をいただき誠に恐悦至極です。

 このご恩は忘れません」

イグナイトは深々と頭を下げている。


「ああ、ありがとうな、ハカセコ。イグナイトを助けてくれて」

「いい、いい、べ、べっ、別に大したことじゃない」

ハカセコは困ったように手を顔に当て、照れて赤くなった顔を隠そうとしていた。


「ほっ、ほら、はっ、早く行け!

 や、矢深やぶか組の連中が横流しの、

 しょ、証拠を隠滅してしまうかもしれないぞ!」

俺たちは顔を見合わせ頷くとハカセコの王国を後にした。


山を出て、街まで辿りついた辺りでイグナイトがこちらを振り返り真剣な眼差しを向ける。


「ボッキマン、改めて礼を言わせてもらう。

 本当に助かった。お前がハカセコさんを紹介してくれなければ、

 俺はひたすら時間を無駄にするところだった」

「ああ、いいって。気にすんな」


「……それにしてもハカセコさんは素晴らしい人だな。

 お前が気に入るのも分かる気がする。俺はあんなにも才能に溢れ、

 清らかな心を持った美しい人を生まれて初めて見た……」

ハカセコのことを語るイグナイトはまるで山頂で日の出を見る登山家のような目つきをしていた。


「そ、そうか、なんというか、ほ、褒め過ぎじゃないか……」


「何を言っているんだ。俺は彼女を褒めてなどいない、俺はただ……、

 素直な気持ちを語っているだけだ。それが褒めているように聞こえるなら

 お前が彼女のすばらしさを理解できていないからだ」


「そ、そうかな、それは言いすぎのように思えるけど……」

イグナイトはハカセコのことを熱っぽく語っているが、俺は人がここまで他人を誉めるのを見たことがなかったので少し戸惑っていた。


「……ボッキマン、ひとつ頼みがある」


「おいおい、何だよ。

 今は矢深組の事に集中した方がいいと思うけど……」

そう言うとイグナイトはハッと表情を変え申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「すまない、そうだな。すべてが済んでからまた後で話そう」


イグナイトはしばらくその場で佇んでいたが、やがて意を決したようにバイクに跨ると俺に後部座席に座るよう促してきた。

俺たちは矢深組の屋敷へと向かっていた。イグナイトのバイクは風を切る音と共に疾走する。


「矢深組についたらどうするんだ、壁でも乗り込えて侵入するのか?

 それともまさか下水道から侵入するとか言うんじゃないだろうな?」

「ふっ、まさか。

 正面から乗り込むに決まっているだろう、相手は悪だ。遠慮は要らない」


「えぇ……」

「何だその反応は。俺たちは正義の組織だと言ったはずだが?」


「いや、ハカセコにも注意されたばかりだろう。殺されに行くようなもんだって」


「……そうだな。楽に潜入できる方法があるならそれに越したことはないな。

 屋敷の警備の状況を見て判断しよう」


……大丈夫かよこいつ。


俺たちは不安を抱えながら矢深組会長の屋敷へと向かう。

その建物は高級住宅街を一望できる小高い丘の上にあぐらをかいていた。


和風建築の立派な門構えをしており、塀の向こうには広大な庭園が広がっている。


「すげーな。何やって儲けてんだろうな」

「……まあろくなことではないのは確かだろう」


バイクから降りた俺はその巨大な屋敷の前で立ち止まるとイグナイトの方へ振り返った。


「……どうするんだ?」

「まずは様子見だな。このまま突っ込んでも勝てるとは思うが、

 できれば相手の戦力や配置を確認しておきたい」


「分かった。俺はお前の指示に従うよ」

イグナイトは俺の言葉を聞くと満足そうに微笑み、そして懐に手を入れる。


「じゃあ早速始めようか」

イグナイトは銃を取り出し脇に構えると、そろそろと歩き出した。

俺たちは物陰に隠れながら慎重に屋敷周辺を調査していく。


草木をかき分けながら進み、辺りの様子を窺う。

屋敷の方を覗くと、屈強な体格の男たちが庭園を徘徊している。


「あれが護衛かな」

「ああ、恐らくな。しかしなんだあの不気味な動きは……まるで獣のようだな……」

イグナイトは怪しむように目を細めている。


確かに普通ではない。口を開け、歯をむき出しにしながら手を振り上げ、まるでゾンビかなにかが獲物を探しているかのようだ。

男たちの顔色が青白いのは今が月夜だからというばかりではなさそうだった。


「ああいうおふざけも許すアットホームな組なんじゃないか?」

「ボッキマン、お前はくだらない冗談も言えるようになったんだな」


「俺は変わったからな、なにしろ今の俺は……」

「……さて、そろそろ行くぞ」

イグナイトは拳銃を構え直すと、そのままゆっくりと歩を進める。

「おい、まさかいきなり撃ったりしないよな……?」


「安心してくれボッキマン、この銃は、その、作り物だ。

 ……威嚇くらいにはなるだろう」


思い出した。以前、ビルの屋上で戦った際に、こいつの銃を見たがその時も確か銃は作り物だった。


しかしあの時といい、こう、肌身離さず持っていると威嚇と言うよりお守りのようにしか見えないが……。

そんなことを考えているとイグナイトが口を開く。


「これだけの邸宅なのに警備用のドローンも無ければ監視カメラもない。

 これは明らかにおかしいな。それどころか見ろ、あのライト、ロウソクだぞ」


イグナイトはそう言って庭園の片隅にある大きな屋外灯を指差す。

「ほ、本当だ……」


会長とかいう奴はテクノロジーが嫌いなんだろうか。それともこの程度の屋敷では必要ないということなのか。


「……だが、逆に好都合でもある。俺たちにとってはな」


イグナイトはそう言うと一気に走り出し、屋敷の入り口まで一直線に向かう。

「おい!ちょっと待て!」


俺は慌ててその後を追う。イグナイトはそのままフェンスを越え、庭園に乗り込むかと思ったが突然、驚いた顔をして立ち止まった。


「どうした!?」

「……ヤツらが倒れている」


「えっ?」

よく見ると、先ほどまで月明かりの下でゾンビごっこをしていた強面の男たちが全員、地面に横たわっている。


「……お前何かやったのか?」

「いや、まだだ。とりあえず調べてみる必要がありそうだな」

イグナイトは男の一人に近づき生死を確認する。


「……生きているな」

レスラーのような体格のしっかりした男たちだったが、呼吸は今にも止まりそうな程弱々しいものだった。男たちは全員、額に脂汗を滲ませ目には涙が浮かんでいる。顔面は蒼白で、唇は紫色になっていた。


「こいつら一体どうなってるんだ?」

「分からないが、好都合だ、このまま屋敷に……」


イグナイトは倒れた男たちの横を通り過ぎようとした。

すると一人の男がうめき声を上げながら俺たちに向かって手を伸ばした。


「た、助けて……びょ、病院に……」

「うおっ!?」

思わず俺は後ずさりする。

男は震えながら必死に助けを求めていた。


「血、ああ……あぁ……血、が……」

「……血?血がどうしたか」


イグナイトが心配そうに声をかけると、その男は一瞬だけ正気を取り戻したかのように目を見開くとすぐに意識を失い、白目を剥いて動かなくなった。

そしてその男の口からひどい臭気を放つ吐瀉物が溢れ出し、口の中からボウフラのような物が顔をのぞかせた。


「ぐぅうぅぉおおっ……!!」

「……どうやらただ事じゃないみたいだな」


イグナイトは険しい表情を浮かべ、銃を手に取ると引き金に指をかける。

気が付くと周囲にはイグナイトの能力が作り出したであろう無数の火の玉が空中に浮かんでいた。


男の変化は目の前のこいつだけではなく、他の者たちも同じように身体を痙攣させ、泡を吹きながら悶絶している。

ボウフラ男は這うような姿勢になると、大きく身震いした。


するとシャツを突き破って、脇腹の辺りから無数の棘が生えた蜘蛛の脚のようなものが粘液と共に飛び出してきた。


「鼻が曲がりそうだぞ、害虫」


イグナイトはそう言うと、躊躇することなく引き金をひいた。複数の火の玉から一斉にボウフラ男に向かって熱線が放たれる。


イグナイトの火の玉から放たれる熱線にはコンクリートを溶かす程の火力がある。

普通の人間ならひとたまりもないだろう。しかしボウフラ男は全身を焼かれ炎に包まれながらも、肌を泡立たせてなおも前進してくる。


イグナイトは舌打ちをしながら、迫り来る火炎の塊の足元に向けて火の玉を打ち込むと爆風と共に男は吹き飛んだ。


一方、俺はというと隙をついて背後からイグナイトに飛び掛かろうとしていた別のボウフラ男に殴りかかる。


俺の攻撃は相手のガードする腕ごと顔にめり込み、そのまま相手は派手に転がりながら庭園の池に落下していった。

水しぶきが上がると同時に水面が大きく波打つ。


「こら、音を立てるな!もっと静かに慎重やれ」


イグナイトが怒りだす。

ええ、怒られるのかよ。なんか理不尽だな。


イグナイトは再び銃を構え、今度は倒れているボウフラたちに向かって熱線と火の玉を撃ち込んだ。

爆音と共に土煙とボウフラ男の手足が舞う。


「……」

まあいい、それよりボウフラ男を殴りつけた時に連中の吐しゃ物で手が汚れてしまった。あの池で洗い落すとするか。


しかし、俺が手を洗おうと水面を覗き込んだ時だった。水面が揺らぎ、無数の赤い瞳がこちらを覗いていることに気付く。

どうやらこの池はボウフラの怪物たちの住処と化しているようだ。


「うおぉぉぉっ……!」


寒気を感じた俺は俺は咄嵯に後ろへ飛び退くと、拳を構える。

すると水中にいたボウフラたちが次々に姿を現し、俺たちを取り囲むように近づいてきた。


「……来い!ゴキブリで鍛えた精神力を見せてやる!」


俺は自分を鼓舞するように叫ぶと、手近なボウフラに向かい電光石火の勢いで殴りかかかった。

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