【悲報】ボッキマン、献血を妨害する その②
それから数日経ったある日のこと。俺はとある場所を訪れていた。
「なあ、知ってたか?
アールグレイは茶葉にベルガモットの香りをつけたフレーバーティーのことで
茶葉の銘柄のことじゃないんだぜ」
『うるさい、急にどうした!ちゃ、ちゃんと指示通りにしろ!!』
俺がネットで調べた紅茶の知識を披露するとスピーカーからハカセコが怒鳴り声が飛ぶ。
「いや、俺も色々調べててその知識を共有しようかと……」
『わ、私に対して、そ、そんな程度の低いことをひけらかす暇があるなら、
さっ、さっさと作業を終わらせろ!』
「わ、わかったよ……そんな怒るなよ……」
『そっ、そういう、あっ、浅い知識を垂れ流す、お前のようなバカを
戒める諺に、いや、まあいい、さっさとしろ!』
俺は目の前の巨大なフロアを見回す。
ここはハカセコの研究所にある耐久実験場だ。そこには、俺の頭ほどの大きさのボールがいくつか転がっていた。
これはとある金属で出来たボールでハカセコの話では重さはなんと数百キロもあるそうだ。俺はそれを持ち上げたり落としたり投げたり、変な液体に浸けたり、大砲みたいなもので自分の体にぶつけたりなどの作業を延々と繰り返していた。
もちろんトレーニングなどではない、ただハカセコの言う『新素材の耐久実験』に協力しているだけだ。
俺はその新素材製のボールを軽々と持ちあげながら言った。
「なあ、本当にこんなもんがデータになるのか?」
『ああ、も、問題ない、そ、そのまま、つ、続けろ』
「このまま続けるって……なんか飽きてきたんだけど……」
『つ、次は、はは、派手なことをやるから、あ、安心しろ』
すると次の瞬間、俺の持っているボールが宙に浮き上がった。
「おおお!?すげえ、なんだこれ、浮いてるぞ!!」
『どど、どうだ、こ、これはだな、この物質の特徴の一つとして、
ある種の電磁波を用いると……い、いや言ってもお前にはわからないだろうな、
ほら、次行くぞ、そら、行け!』
俺はその後もハカセコの指示に従い、様々な動きを繰り返していった。
そうして数十分後……。
『よ、よし、こ、これで最後だ、
ボ、ボールにボールをぶつけて、は、破壊してみてくれ』
「え?壊すの?もったいなくないか?」
『だだ、大丈夫だ、か、かっ、構わない』
「じゃあいいけど……」
俺はそう言うとボールを手に持ち、別のボールに向かって、それなりに力を込めて投げつけた。轟音と共にフロアが揺れ、新素材のボールはその破片はキラキラとした粒子をまき散らしながら、粉々に砕け散った……かのように思われた。
だが、ボールとボールはまるで水滴が別の水滴を吸収し合うようにお互いを引き寄せ合い、そして、一つの塊になった。
「おおぉお!!!マジか?!!」
俺は思わず大声を出してしまった。
驚いた俺は足元に転がっていたボールを軽く蹴り、別のボールにぶつけたが今度はお互い弾き合い、別々の方向に転がっていった。
『どど、どうだ、驚いたか。そ、それがこの物質の驚くべき特性だ。
ぼぼ、ボッキマンよ、お、お前ですら、破壊できない夢の物質なのだ。
こ、これがあれば、私は、む、無敵の騎士を作り上げることが出来るのだ!』
「おお、すごいなぁ……」
俺は素直に関心する。
『……どうした、き、危機感を覚えたか?
わ、私は今、貴様の精神だけでなくその無敵の力すら、
り、凌駕しつつあるのだぞ』
「ああ、マジですげえと思うぞ。これさえあればもう怖いものなしだよな」
『……い、いやだから、これは、も、もう二度と、貴様は、
わ、私の王国の騎士に勝つことは、でっ、出来くなるなると言う事を
意味しているのだぞ』
「ああ?うん、まあ、それで?さっきも聞いたけど別にいいんじゃ?」
俺がそう言うとハカセコは黙り込んでしまった。何かおかしなことを言ってしまったのだろうか?俺は気まずい空気に耐え切れず、ハカセコに声をかけようとしたが、それより先にハカセコが口を開いた。
『……わ、私が復讐すると、い、言ったことを覚えてないのか?』
「いや、それは覚えているけど……
復讐を手伝うって言っちゃったし仕方ないんじゃ?」
『……ボッキマンよ。私は、せ、精神力で貴様に勝ち、
そっ、その暴力すら克服しつつある。
きっ、貴様はもう、む、無敵ではないのだぞ、何かこう
そっ、喪失感というか、あっ、焦りのような感情はないのか……?』
俺はハカセコの言葉に頭を掻きながら答えた。
「うーん、まあ確かに少し寂しい気持ちはあるけどさ。
なんというか俺って今、ボッキマンつーか
没木一歩なんだよね、わかんないかもしんないけど」
『没木一歩……?
貴様は、な、なにを言ってるんだ?』
「だからさ、俺はもうボッキマンじゃなくて……没木一歩なんだよ」
俺がそう言うとハカセコがまた黙り込んだ。
俺はハカセコの次の言葉を待ったが、ハカセコは何も言わなかった。
なので俺の方から口を開く。
「いや、なんていうか……俺は今までずっとボッキマンとして生きてきたんだよ。
けど今はなんか、その……没木一歩っていう感じなわけよ」
『……どういう意味だ?』
「いや、つまり、俺はもともと没木一歩だったんだけど、
中学生の頃にボッキマンになって、そしたらまた
元の没木一歩が戻ってきたって言うか……」
『……き、貴様は、さっきから、おっ、同じ言葉を繰り返しているだけだ。
わ、わからない、何がどうなったというんだ?』
俺は少し考えたあとに答える。
俺が中学の頃、ボッキマンになる前の自分を思い出すと自然と笑みがこぼれてきた。
あの頃の俺はいつもバカなことばかりしていた。
クラスの人気者になりたいと思って授業中に先生に悪戯をしたり、体操服を上下逆に着て、逆立ちをしながら見せびらかしたり、 クリスマスパーティになまはげの恰好で乱入したりと色々やったものだ。
本来の俺はいつも明るくて、元気があって、そして、みんなの中心にいた。
没木一歩が没木一歩である限り常に中心にいるのは当たり前、俺はその思い出に浸りながら言う。
「聞いてくれよ!俺ってさ、元々すごい明るい性格だったわけ。
でもさ、色々あってさ、ボッキマンになってたことで
人生いろいろ無駄にしちゃってたことに気がついたんだよ!
だからさ、もう止めるわけだよ、これからは。ボッキマンであることを」
『…………』
出来る限り明るい調子で振る舞ったが、ハカセコは何故か何も言ってはくれなかった。
『き、貴様は……にっ、二重人格なのか?』
「だからそう言うんじゃなくて……いや、ある意味そうかもな……。
俺ってさ、昔はもっと明るくて馬鹿な奴だったわけよ。
それがさ、いつの間にかボッキマンに変わっちゃってさ。
……で、そのボッキマンだった自分を振り返った結果、
どうしようもない存在だったことがわかってさ。
だからさ、もう止めにするんだよ」
『わからない……な、なにそれ……なんなのそれ……』
そう言うとハカセコは黙り込んでしまったが、しばらくしてまた同じようなことを聞いて来た。
『……貴様はもう、ボッキマンではないのか?』
「ああ、違う。俺は没木一歩だ」
『……ぼ、没木一歩とボッキマンは、ち、違うのか?』
「違う」
『な、何が?』
「まあ、没木一歩に戻ってから変わったのは性格かな。
日常の小さな変化を愛する心が芽生え、向上心も生まれて、
シャトルランも始めるようになったしな。
後は……そうだな、出会いを大事に出来るようになっ……』
『……あはは、あははは!あはははは!
な、な、なにそれ……つ、つまらない!くっ、くく、くだらない!!』
「……」
『……わ、わ、私が……そ、そんな凡庸な人間の隣にいたいと思うのか?
私が、とと、隣に並び立ちたいのは、もも、もっと偉大な存在なのだ……!』
「……ハカセコ、何を期待しているのかしらないが
以前のボッキマンだった俺に、何か大きな目標があったことなんてないんだぞ」
ハカセコの声は震えている。鈍感な俺でもハカセコの様子がおかしいことに気がついていた。俺は出来るだけハカセコを刺激をしないように言葉を選ぶ。
「……俺だって色々考えたんだよ。
ハカセコが欲望に気づけと言ってくれたから、
本当の自分がどういうものかを見直そうと……」
『……そ、それが本当の貴様なのか……?』
「……ああ、そうだ。お前には感謝しているよ。
お前が何も言わなければ俺はきっと一生ボッキマンのままだったからな」
『それがどうして、そんな、つ、つつ、つまらない存在に……?
くっ、くだらない、何の価値もないゴミのような精神の持ち主に……?』
「……なぜそこまで言うんだ?」
そこにどういうこだわりがあるのか俺にはよくわからないが、 ハカセコは何かに怯えるように言葉を続ける。だが、それは次第に怒りの感情がこもったものへと変わりつつあった。




