【速報】ボッキマン、虫捕りに出掛ける その⑩
俺はポケットから紙を取り出すと七角に見せてやった。
「なにこれ?」
「博士の連絡先だよ。部屋を出る時にくれたんだ」
「……えっ!?」
七角は声を上げて目を丸くすると、そのまま固まってしまった。
「な、なんだよ……。そんな驚くことか?」
「う、うん……。まあね……。没木はさ、博士と仲良くなれたの?」
「いや、別に普通だと思うけど……
それよりさ、組織を抜け出して博士の所で働かないか?」
「ええええっ!?」
七角は再び大声を上げて目を丸くすると、そのまま固まって動かなくなってしまった。
「……おい、七角?」
「……え?ああ、ごめん。びっくりしただけ。……でも、なんで?」
「なんでって、そりゃあ、七角がこのままその組織にいるとやばいんじゃないかと
思ったからだけど……」
「……オレの組織はそこまでヒドいもんじゃないよ。
ただ、そこで転がってるアホみたいな奴もいるけど……」
「そうなのか。……なんか悪かったな」
「いや、没木の気持ちは嬉しいから……ああっ、でもなー!」
七角は頭を抱えて叫び始めた。
「ど、どうした?」
「いや、それにもう無理なんだよね……」
「無理?」
「うん、無理無理。オレが博士の所に行くなんて無理だって」
「どうして?」
「……だってオレ、あの人たちにヒドいことしちゃったし」
七角は佐凪博士のペットのボンちゃんを傷つけたことを後悔しているようだった。
「そうか……なら俺も一緒に謝りに行くよ、それでいいだろ?
組織じゃなくて博士の所で働くのもいいんじゃないか?」
「ええっ、でも、そんな悪いよ……」
「いいっていいって。
博士に許してもらえるように俺が土下座でもなんでもしてやるよ」
俺がそこまで言うと七角は涙を流しながら、何度も嗚咽を繰り返した。
「いいよ、オレなんかのために……そこまでする必要ないから……
でもありがとう……」
俺は七角が落ち着くまで待とうとしたが、涙を流すだけでなかなか泣き止まなかった。俺は仕方なく、七角の背中をさすり続けた。
しばらくして、ようやく落ち着いたのか七角は大きく深呼吸をした。
そして、七角はゆっくりと顔を上げた。
「ごめん、オレは組織は抜けられない。
組織にはマトモな人たちも、世話になった人たちもいるんだ。
その人たちに迷惑をかけるわけにはいかない。
それにオレは没木が思っているような人間じゃない。
だから、オレのことは忘れて自由に生きてくれ」
七角は真剣な眼差しで俺を見つめていた。
「……わかったよ。無理に誘って悪かったな」
七角の決意の固さを感じた俺はそれ以上何も言えなかった。
七角は立ち上がり、倒れている兄を担ぎ上げ、トラックに投げ込むとそのまま運転席に乗り込もうとした。
「じゃあ、オレは行くから……後、博士の連絡先を持ってることを
絶対他の人に言わない方がいいよ。あの博士のことを探しているのは
普通の人間だけじゃないし……」
「待ってくれ、七角」
俺が呼び止めると、七角は振り返らずに立ち止まった。
「……まだ何か用?」
「最後にその組織の名前を教えてもらっていいか?
……もしかしたらまた会えるかも知れないし」
七角はどうしたらいいか迷ってるようだったが、しばらく考えて口を開いた。
「……名前は『糾業会』だよ。じゃあね、没木。元気で」
「ああ、そっちも元気でな」
七角はそのままトラックで走り去って行った。
「……」
俺はトラックが見えなくなるまで見送っていた。
「糾業会か……」
ここ最近、色んなことがありすぎて忘れていたが、その名前を聞いた瞬間に思い出した。イグナイトという炎を操る超能力者と、通販で服を買ってる恐ろしくダサい超能力者がいた組織だ。
連中に出会ったのはずいぶん前のことのように感じるが、
少し前のことのような気もする。
七角はこれから先もずっとあの組織の中で生きて行くのだろうか?
七角との別れ際の言葉を思い出す。
「(自由になれ……か)」
俺は空を見上げた。雲一つ無い青空が広がっていた。
俺の名はボッキマン。
無敵の男。
無敵の男は常に自由。
虫カゴのように閉じられた世界の中で俺はこれまではずっとそんな風に考えていた。
だが、ここ最近の出会いの中でそれは間違いだったと痛感した。
俺、没木一歩はボッキマンではない。
没木一歩は無敵ではない。
没木一歩は不死身でもない。
没木一歩は最強でもなく、自由でもなかった。
俺は自分で考えていたよりもはるかに何も出来ない男だった。
だが自己嫌悪はそれくらいにしよう。
なぜなら俺は無敵の男の最大のライバルなのだから。
「……おい、ブラウニー、もうしゃべっていいぞ」
「部屋についてからにしろよ……すみません、なんですか?」
俺が声をかけると、ブラウニーが返事をしてきた。
「なんでずっと黙ってたんだよ?」
「別に下水道で話をする必要がないじゃないですか。
それにあの、七角さんでしたっけ?
俺が話せることがバレたらややこしいことになりませんか?」
「……確かにそうだけど、いきなり黙るからちょっと心配したんだよ」
「はあ、すみません」
「……まあ、いいけど」
俺はため息をつくと、ブラウニーと一緒に部屋に戻ることにした。
マンションの前には防護服に身を包んだ男たちがいた。
どうやらマンションの管理会社が呼んだ害虫駆除業者のようだ。
だが作業はあらかた片付いたようで、すでに撤収の準備をしていた。俺は彼らの様子を横目で眺めつつ、部屋の前まで来るとポケットから鍵を取り出した。
「ふう、やっと帰ってきたぜ」
俺は一刻も早く、下水の臭いとゴキブリの体液が染みついた服を脱ぎたかった。
そして部屋の鍵を開け、足を踏み入れた俺たちが見た物は……うずたかく積まれたゴキブリの死骸だった。
俺の名は没木一歩。
無敵の男、ボッキマンの一歩先を行く男。
そして、今はゴキブリの山を前に途方に暮れるただの男だ。




