【速報】ボッキマン、虫捕りに出掛ける その⑨
「……」
男は黙ったままブラウニーがゴミを回収する様を見つめている。
「な、すごいだろ?」
「……確かにすごいな」
「ああ」
「……どこのメーカーなんだ?」
「もらいもんだからメーカーとかは」
「なら次は俺がもらってやるよ」
「え?」
男はブラウニーに近づくとさっと拾い上げてしまった。
「もう帰っていいぞ、俺たちのこ」
男がそこまで言った瞬間、奴の顔が歪み、全身が大きくぐらついた。
「テメェ、マジでいい加減にしろよ……」
七角が男の首筋に後ろ回し蹴りを叩きこんでいた。
男は吹き飛び、トラックまで転がっていく。俺は空中に投げ出されたブラウニーを慌ててキャッチした。
「いっ、てぇー……お前……ふざけんなよ……」
男が首を押さえながら立ち上がると、七角はゆらりと前に出て男に詰め寄った。
「あんたこそふざけんなよ。没木を巻き込むなって言ったよな?」
七角の様子はこれまでとは違っていた。
彼の目は真っ赤に輝き、髪の毛は逆立ち赤い火花が飛び散っている。研究所にいた時には見られなかった姿だ。
「なんだ……お前、それは……?」
男の目にも七角の変化は初めて見るものなのか動揺していた。
「あんたがアホすぎてムカついたせいでパワーアップしちゃったのかもね」
七角はそう言うと口元を歪めて笑ってみせた。
「アホはお前だろ。
お前の能力を見られた以上、そこのヤツを帰すことはできなくなったぞ」
「あっそ、オレが許すと思うのそれ?やって見せてよ」
七角は挑発するように言うが、男は七角を見据えたまま静かに構え、挑発には乗らなかった。
「没木、早く逃げて」
七角は俺に言うと、男に向かって走り出した。
俺は困っていた。
俺がここにいたせいでどんどん事態が悪化し、七角と彼の仲間らしき男との関係は修復不能になってしまっているようだ。
こんなことになるのなら最初から七角を無視して走り出した方があいつにとってもよかったのかもしれない。
当初、俺は話術や機転で乗り切ろうとしたが、今の俺はどうやらそういう能力に欠けているらしい。俺という男が無能だということは自覚していたがここまで無力だとは思わなかった。
しかし、今さら逃げるにしても七角を置いていくことは今の俺にはできなかった。
「あっ!?」
俺が悩んでいる間に七角と男の戦いが始まってしまった。
男の両手にはコブラのような形状の光り輝く蛇が巻き付いており、それを鞭のようにしならせ、激しく振り回している。どうやらあれが奴の能力らしい。
かなりの手数だが、七角は涼しい顔だ。
七角は踊るような足さばきで軽々と蛇をかわすと男の顔面に回し蹴りを放った。
「ぐっ!」
男はぐらつくが、七角の攻撃はそれだけでは終わらなかった。七角は男の顎に狙いを定めて拳を突き上げ、仰け反り無防備になった男の腹を蹴り上げる。
男は血の混じった唾を吐きながらよろめいたかと思うと、すぐに膝をつき地面に崩れ落ちてしまった。七角は追い打ちをかけるべく男に飛びかかるが、男はすでに地面に倒れており反撃は不可能だ。
「バカが!死ねよ!!」
「(えっ、おいおい、流石に殺すのはまずいだろ……!)」
焦った俺は思わず七角の前に飛び出し、彼の攻撃を受け止めていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「なんだよ、没木……。
そんなに強いんなら言ってくれたらよかったのに」
七角は少し不満げな表情を浮かべていたが、すぐに笑顔に変わった。
「すまん、その、言うタイミングを逃しちゃってさ」
「まあ、いいけど、でもよかった」
「なんで?」
「うん、だって初めて見た時から没木にはなんかありそうだと思ってたし、
予想が当たったっていうか、それにしても……」
そこまで言うと言葉を区切り、七角はしみじみと自分の手を見つめながら呟いた。
「今のを片手で受け止められるかぁ……」
七角の手のひらからはパチッと小さな音が鳴っていた。
「な、なんか能力が強くなったみたいなこと言ってたけど大丈夫か?
具体的にはどういう感じなんだ?」
「えっと……出力が上がってる感じかな。あとは、頭も冴えたような気がする」
「それって研究所で化け物と戦ってた時とは違う感じなのか?」
俺の質問に七角は嫌な顔一つせず、逆に嬉しそうに答える。
「あの時は、もっとこう、感覚的だったからさ。今はちゃんと考えて動けてる
っていうかさ……起きてる間にもう一度目が覚めたっていうか……」
七角の言葉の意味はよくわからなかったが、うまく言葉にできないくらいの大きな変化があったということなのかもしれない。
「じゃあさ、次はマーリーには勝てると思う?」
「いや、絶対無理。……思考がクリアになって、逆に差が圧倒的だってことが
よくわかるようになったよ」
「そっか……」
「なんかさ、あ、あの人と戦って、負けを受け入れたことで
頭が塗り替えられたっていうか、それがきっかけで強くなったんだと思う」
「なるほど……」
俺は七角の話に聞きながら、先ほどまで戦っていた男に目を向けた。
「あ、すまん。こいつのことはいいのか?」
俺が聞くと七角は思い出したようにハッとした顔をして、倒れたままの男を一瞥した。
「えっ?ああ、これくらいの喧嘩ならよくやるから大丈夫」
「まじかよ。でもよくやるったって七角の方が圧倒的に強くねえか?」
「うん、そうだよ、アハハハ。
まあこの人兄貴だし、本当に殺したりはしないよ」
「へ、へぇー…、お兄さんなんだ」
俺は横たわる七角の兄を見て、少し気の毒に思った。
まあこいつ、あんまりいい奴ではなさそうな感じだから同情する必要もないのかもしれないが。
「そうそう、ほら、オレと似てない?」
七角が倒れたままの男の髪を掴んで顔を持ち上げると、白目を剥き、鼻血を垂らした髭面が露になった。
「……に、に似て~る、かな?
ど、どうだろ、難しいラインかな……」
俺は言葉を選びながら答えたが、七角は気にしていない様子で笑っていた。
「アハハ、まあオレも自分じゃわかんないんだけどさ」
そう言って笑う七角に向かい、俺は懸念していた疑問をぶつけることにした。
「なあ、七角、兄さんと喧嘩したことで、その、組織での立場が悪くなったり
しないのか? 俺の心配しすぎかもしれないけどさ」
七角の顔色が変わる。
「いや、そっちの方は全然大丈夫。
ただ……うん、正直言うと、佐凪博士の件だけは少しまずいかなって……」
「やっぱりそうだよな……」
「うん、でも没木にはオレたちの組織のことは関係ないし気にしなくていいよ!
なんとかして見せるから!」
七角は力強く宣言したが、やはり責任を感じているようで元気がない。
「……」
彼が言った通り、俺は無関係だ。
それに俺がいくら考えたところでどうしようもないことだろう。
だが七角はいい奴だ。
何か出来ることはないのか?
あるなら何かしたい。そう考えずにはいられなかった。
だが、俺に何ができるだろうか。
「あ……七角、ちょっと待ってくれ」
ふと、俺は佐凪博士がくれた紙切れのことを思い出した。




