【速報】ボッキマン、虫捕りに出掛ける その⑤
「うわっ!なんだこれ!?」
「どうだかわいいだろう?愛玩昆虫のボンちゃんだ」
「ええ……なんか不気味じゃないか?」
俺がそう言うと佐凪博士は眉間にシワを寄せ、不快そうな表情を浮かべる。
「何を言っている!こんなに可愛いじゃないか!
ほらしゃべることもできるんだぞ、ボンちゃんは!どうだ幸せか?
え?どうなんだボンちゃん!」
佐凪博士はボンちゃんの頭を掴みぐいぐいと揺らすとまるで腹話術の人形に向かって話しかけるように問いかけた。するとボンちゃんも震えながら言葉を返す。
「ぼ、ボンちゃん、しやわ、せ……」
「おお……ま、マジかよ」
「どうだ驚いたか?!」
「えっと……博士、何ですかその、生き物?」
七角がドン引きしながら質問すると、佐凪博士は得意気に答える。
「ボンちゃん、いや愛玩昆虫こと『パーティフライ』はただの
愛らしいペットではないぞ。
犬猫より寿命が長く、悪臭もないし、病気にもならない。
さらに、散歩も不要で家庭から出る生ゴミだけで生きられるように
品種改良されている。
これなら怠け者のお前たちも安心して飼えるだろう」
「へぇ……ちなみにどこら辺がボンちゃんなんだ?」
「誕生日がお盆だからだ」
佐凪博士はそう言うとボンちゃんの背中を優しく撫で回していた。
ボンちゃんを見る博士の眼差しは優しいものだったが、少なくともボンちゃんの見た目はハエそっくりだし、鳴き声は「ふふぷ、ぶす、ぷす」というよくわからない不気味な音なので、これをペットにしたいと感じる人は少数派だと思った。
「それに『パーティフライ』は超音波で敵の位置を探知できる上に、
口から溶解液を吐き出して敵を溶かすことができるんだぞ」
佐凪博士はそう言ってボンちゃんの頭をポンポン叩いていたが、俺はますます不安になった。
「なあ、博士。ペットが超音波を出したり、敵を溶かしたりする必要があるのか?」
「バカ!当たり前だろう。もし子供が迷子になったらすぐに探し出せるし、
攻撃能力だって家族を守るためにも必要に決まってるだろうが」
佐凪博士はそう言い捨てると、今度は七角に向かって話し出す。
「お前が私の作業用昆虫や拠点防衛用昆虫を殺したことは不問にしてやる。
だが代わりに帰ったら組織に伝えろ、
博士は誇り高く自分の手には負えませんでしたとな。
わかったら早くここから立ち去れ」
それを聞いた七角は肩を落としてため息をつく。
「あのさ、博士。やっぱりズレてると思うよ。作ってるものといい、
やり方といい。やっぱりウチに来た方がいいって」
「ダメだ、私はここで私自身の使命に従って研究を続ける。
そこの一般人を連れてさっさと帰れ」
佐凪博士は俺を指差すと、再び鞭を振るい床に叩きつけた。その音のせいでボンちゃんは怯え出してしまった。
七角は床に叩きつけられた鞭を素早く踏みつけると、佐凪博士の目の前に立ちはだかる。
「おい若造。足を離せ、何のつもりだ?」
「ごめんね、博士。
連れて帰るのが無理ならあんたのことを殺せって言われてるんですよ」
「えっ!おいおい、七角!ちょ、ちょっと待てよ!!?」
俺は思わず大声で叫んでしまった。
「大丈夫だよ、博士が死ぬところは、没木には見せないようにするから。
それにさ、君だって危ないと思わない?
この人ずっと警察から逃げながらおかしな研究を続けてるんだよ?」
「そっ、そりゃあ確かにヤバそうだとは思うけど、
いくらなんでも殺すのはやりすぎじゃねーの……?」
「俺も嫌だけど仕事だからさ……」
そう言うと七角は鞭を踏みつけたまま、ゆっくりと距離を詰め、近づいていく。
「私がお前のような若造を人殺しの道具に使うくだらない組織の要求に
従うとでも思ってるのか?だったら大間違いだ!今すぐ足をどけろ!」
佐凪博士がそう叫ぶと、七角の顔に茶褐色の液体がかかった。
「あ?なんだこれ……痛てぇな……」
佐凪博士を守るためにボンちゃんが吐き出した溶解液が顔面に直撃したようだ。
溶解液は彼の顔面を溶かすまでの威力はなかったが、彼の皮膚を焼く程度の力はあったらしく、七角の頬は火傷したように赤くなっている。
七角は自分の顔を手でぬぐうと、溶解液が付着し、茶色く汚れた自分の手のひらを呆然と眺めていた。
「ああ、クソッ、ふざけんなよ、ふざけんなよ!
なんなんだコラ、ふざけんな!」
彼はそう叫ぶと佐凪博士を無視してボンちゃんに駆け寄り、思い切り蹴り飛ばした。ボンちゃんは壁際まで転がっていくと、白っぽい液体を吐きながら苦しそうにもがき始めた。俺も佐凪博士も目の前で起こった出来事に唖然としていたが、七角はさらにボンちゃんを蹴飛ばし、頭を掴んで壁に打ち付けた。
ボンちゃんは息も絶え絶えと言った様子でもう動く気配がない。
「おい、七角やめろ!もういいだろ!」
俺が止めに入ると七角は俺の方に向き直り、俺の胸倉を掴んで片手で軽々と持ち上げた。
「おい、おいおいおいおい、何がいいんだ?言ってみろ?
何がもういいんだって?何がいいんだよ?教えてくれよ!」
「お、お前はちょっと怪我したかもしれないけど、
何もそこまでする必要はないだろ?」
「こんな気味の悪いハエの化け物をかばってどうすんだ!
こいつはオレに傷をつけたんだぞ!犬だって人を噛めば殺されるんだよ!
こいつはオレに殺されても仕方ないだろうが!」
「わかった!わかったから!落ち着けよ、七角!
ほ、ほら、ボンちゃんも死にかけてるし!頼むから落ち着いてくれよ!」
俺は必死に説得を試みるが、七角は興奮して話を聞いてくれない。
佐凪博士の方を見ると、彼はボンちゃんの怪我の状況を冷静にチェックしているようだった。しかしその目は怒りに満ちており、このままでは済まされないという雰囲気が漂っていた。
七角は俺を掴んでいた手を離すと、博士に歩み寄る。
「博士、自分のペットの心配をしている暇があったら、
まず自分の身の安全を考えた方がいいんじゃないの?」
佐凪博士は七角の言葉を聞くと、ゆっくりと顔を上げた。
「私の命などどうでもいい。私にとって大事なことは人類という、
より大きなものに奉仕することであって、誰かの命令に従ったり、
どこかの組織に媚びてのうのうと生きていくことではない」
そう言い放つと彼は何かの到来を待つかのように天井を見上げていた。
「はぁ……。やっぱりダメだな、もう気絶させて拉致ろっと」
七角はため息をつくと、俺の方を振り返った。
「えっ、ち、ちょっと待ってくれよ。手を出したら終わりな予感がするんだよ」
俺は慌てて二人の間に割って入った。
「……没木、そこをどいてくれ」
「いやいやいや、ダメだって!マジで落ち着いてくれって!平和的に行こう!」
その時、フロアが一瞬震動したかと思うと、ひんやりと冷たく甘い匂いのする風が吹き荒れた。
その風の出所を探るために辺りを見回すと、いつの間にか佐凪博士を守るように彼の前に巨大な女が立ちはだかっていた。




