【速報】ボッキマン、虫捕りに出掛ける その④
「わかりました。では単刀直入に言います。
オレ達、あなたのことを雇いたいんです。俺と一緒に来てくれませんか?」
「ま、マジで!?」
七角は右手を差し出したが、佐凪博士はその手を一瞥すると呆れたようにため息をつく。
「まったく、私は忙しいのだ。
それからな、私はチンピラのようなガキ共の世話になるほど困ってもいない」
「いや、でもですね」
七角が食い下がろうとすると、佐凪博士は冷静な声で語り始める。
「いいか?
私は信頼できる筋にしか自分の消息を伝えていない。
つまり私の存在を知る者はごく限られている。
しかしお前たちは事前に了解も取らず私の元に現れ、私の名前を告げた、
これが何を意味するかわかるか?」
「えっと……どういう意味ですかね?」
七角は笑顔は崩さない。
「おい、そこのバカそうな小僧!
どういうことかわかるか?答えてみろ」
佐凪博士は七角を無視して、今度は俺に問いかけてきた。
「あー、えーと……あっ、わかったぞ!内部にスパイがいたんだ!」
「残念だが違うな。
つまりお前たちの組織は私のことをナメているんだろう。
いつでも好きな時に私の元に刺客を送り殺せるとな。
そして私がお前たちの要求に首を縦に振らなければ、この施設を破壊し、
研究成果を奪い取る。そうだろう?」
佐凪博士の言葉を聞いた七角は困ったように頭を掻いた。
「でもさ、博士。警察に追われながらこんな所で研究するより
ウチに来た方が絶対いいと思うんだけど」
「黙れ、お前のような若造に私の研究の何がわかる。
それにな、私は今の生活が気に入ってる。邪魔をするな」
「ああ、見えない蜘蛛とカマキリとかすごいじゃないですか。
オレは価値があると思いますよ、博士の研究」
「大変くだらん。そんな所に私の研究の真価はない。おい、そこの小僧、
お前は私の研究をどう思う?」
「うるせえ!俺は没木一歩だ!」
そう怒鳴り返したものの、佐凪博士の言葉に少し考え込む。確かに、こいつの研究には何かしらの価値があるのだろう。
だが俺が見た限りではこの爺さんのやっていることは、地上にゴキブリをばら撒き、巨大透明昆虫などの超危険生物を下水道の中で育成しているだけだ。
はっきり言って、危なっかしくてしょうがない。しかし、それでもこいつは自分の仕事に誇りを持っているように見えた。
だからといって俺の気持ちが変わるわけではないが。
「いや、めっちゃ気持ち悪いし困ってるんだけど……」
「なんだと!一体私の研究の何がどう困るというんだ!?」
佐凪博士は再び激昂するが、七角が割って入る。
「博士、その人は一般人だよ。
博士のせいで地上にゴキブリが湧いて困ってるんだってさ」
「何、地上にゴキブリだと?どういうことだ?詳しく話せ!」
「え?え?え?」
俺はいきなりのことでパニックになりながらも、佐凪博士に事情を説明した。
佐凪博士は真剣に俺の話を聞いていたが、話が終わる頃には顎に手を当てて思案顔になっていた。
「……なるほど、わかった、そのゴキブリどもは回収しよう。
だがこの居心地のいい下水道からわざわざゴキブリが逃げ出すとは考えられん。
先にゴキブリを脅かす何かが侵入したなど、下水道の方に異常が起こったと
見るべきだろう」
そう言うと佐凪博士は様子を伺うかのように七角を見たが、彼は肩をすくめて苦笑いするだけだった。
「博士、あんたがばら撒いたんじゃなかったのか。
てっきり改造ゴキブリ軍団で地上を制圧するのが目的だと思ってたぜ」
俺がそう言うと佐凪博士は目を細めて俺を睨む。
「私はそんなものは作らんし、作ったとしてもそんな目的に使うことはない。
私の研究はあくまで人類の未来を明るく照らすものなのだからな」
「うーん、マジか、あんた意外とすごい博士なんだな。俺、尊敬したかも、
でもやっぱり虫は気持ち悪くて無理かな」
俺がそう言うと佐凪博士は顔を再び激昂する。
「おい!見た目だけで判断するのはやめろ!いいか?昆虫は素晴らしい生き物だ、地球の長い歴史の中で、微生物のように生態系の土台として活躍してきた存在だ。頭脳を進化させて宇宙にまで進出したのが人間なら、自分たちの生命を燃やしながらあらゆる環境に適応し、進化を遂げてきたのが昆虫だ。その秘密は優れた成長速度と繁殖戦略にある。例えば我々にとって身近な生き物であるイエバエは3日間隔で6回程度産卵する。1回あたりの産卵数は150個前後だが、2週間も経たずに成虫になる。その幼虫、つまりウジの生態も目を見張るものがある。不衛生な環境で生きる彼らはなんと自らの体で抗菌物質を生成することが出来るのだ。この天然の抗菌剤は細菌に対して非常に強力な効果を発揮するものでありながら、動物の培養細胞には何の悪影響も及ぼさない。これはつまり、悪い菌だけ殺して必要な細胞は殺さないということを意味している。さらにこのウジで言えば特筆すべきはその食性だろう。過去にはウジのその食性を利用した医療や肥料の生産が……」
佐凪博士は一気にまくし立てる。
俺と七角はその勢いに圧倒され、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「……とまあ、そういうわけだ。
だがちゃんとお前たち一般人向けの研究もちゃんと用意してあるんだぞ!
例えばだな……」
佐凪博士はそう言ったかと思うと胸元から細長い笛のような物を取り出し、それを吹いた。ピッと甲高い音が周囲に響き渡る。
そして何かが駆けてくるような足音が聞こえ、奇妙な生き物が現れた。
それは丸々太った小型犬のようなフォルムにハエそっくりの頭部と腹部、そしてパタパタと羽ばたく小さな翅を持っていた。




