【速報】ボッキマン、虫捕りに出掛ける その③
「……もしかしてあそこか?
その悪の科学者の居場所っていうのは」
「多分ね」
「よっし、じゃあ……」
俺は扉に近づこうとしたが、またも七角に遮られた。
「待って、扉の上にいるよ」
「えっ!?」
俺は慌てて立ち止まり、天井部分に目を凝らす。
するとぼんやりとだが何かが見えるような気がした。
「見えない方がいいよ。
蜘蛛みたいな気持ち悪い奴だし、扉の上で待ち構えてるみたいだね」
「……そ、そうなのか」
「大丈夫だよ、オレに任せてくれていいから」
「何匹ぐらいいそうなんだ?」
「5、6匹ってところかな」
そう言うと七角は駆け出し、空中に向かって回し蹴りを放った。
次の瞬間、俺の目の前の空間から真っ二つになったクモのような生き物が落ちてきて、地面に転がった。
「すげぇ……」
俺は感嘆の声を上げる。
「どうしたの?」
「いや、あんた、めちゃめちゃ強いなと思って」
「そんなことないよ。こんなことできたって大して意味ないしね」
そう言って、七角は苦笑いを浮かべる。
「……もしかして、仕事だから仕方なくやってるとかそういう感じなのか?」
「うーん、そういうわけじゃないけど力が強いからって
役に立つことなんて別にないし」
「そんなことないだろ……」
俺は七角の言葉を否定するも心の中で同意していた。
七角は俺とよく似ているのかも知れない。
巨大な戦闘力を持っているものの、それを無意味だと割り切ってしまっているような、どこか悲しげな雰囲気を感じた。
ただ、俺のような情けない奴に比べると彼は随分とタフで前向きな性格をしているようだ。それは彼が力を使うべき時やその意味を知っているから、ということなのだろうか。
「没木さん、聞いていい?」
「没木でいいよ。なんだ?何でも聞いてくれ」
「さっきから持ってるその銀色の円盤は何なの?」
七角は俺が抱えているブラウニーに興味を持ったらしい。
「これはお掃除ロボットだよ。今、俺の財産と言えばスマホとアージスのパーカーと
これくらいしかないからな。家から持ってきたんだ」
「お掃除ロボット?」
「ああ、そりゃもうすげえよ、家中のゴミを吸い取ってくれるんだぜ。
しかも超高性能で期限の切れた食材も教えてくれるし、除菌効果もあるんだ。
それにこいつの目玉機能は……」
俺は自慢気に説明するが、ふとブラウニーが一言も話さないことに気づいた。
もしかして電池切れなのか?それとも、自分が話せることを俺以外に知らせたくないのかもしれない。
「目玉機能?」
「め、めだまし、いや、目覚まし機能もついてるんだ……」
「へ、へえ、す、すごいな、どこのメーカーなの?」
「いや、もらいもんだからメーカーとかは……」
俺が困っていると、突然、扉が開き、中から巨大な黒い影が現れた。
「うおおぉお、この化け物は俺にも見える!」
「パワーに振り切ってるタイプみたいだね。俺がやるから後ろに下がってて」
俺は言われるままに七角の後ろに身を隠すように下がる。
その化け物はまるで人のように直立二足歩行をしており、漆黒の甲殻と毛で覆われていた。昆虫のように複数の節のある手足を持ち、頭には4本の触覚が生えている。
その姿形はカブトムシに近かったが、大きさが尋常ではない。
全長5メートルはあるだろう。そいつは無数の棘が生えた巨大なこん棒のような腕を振り上げる。
七角は飛び上がり、空中で体を捻りると強烈な回し蹴りを放った。
だが七角の攻撃を受けてもなお化け物は健在だった。
七角は着地すると素早く体勢を整え、化け物の頭を踏みつけるようにしてさらに高く跳躍すると今度は踵を振り下ろす。その攻撃は見事にヒットするが、化け物は全く怯むことなく七角を払いのけようと暴れまわる。
思わず駆け寄ろうとするも俺は七角に制止された。
「ちょっと硬いな。脚が痺れちゃったかも」
「お……おい、大丈夫なのか?あんまり無理しない方が……」
「ごめん、危ないからもうちょっと離れてて」
「わ、わかった」
俺は言われた通りに離れると七角は再び走り出した。化け物の腕の攻撃をかわし、カウンターで蹴りを放つ。
だが、やはり決定打にはならないようであった。
「没木、俺が今からやること秘密にできる?」
「え?あ、ああ、誰にも言わないと約束する」
「よかった、助かるよ」
そう言うと七角は腰を落として手を大きく振るった。
「(何をする気だ……?)」
息を呑んで見守ろうとした次の瞬間、
彼の指先から火花が弾け、赤い刃のような物が形成された。
「おお、かっこいいな」
俺は感嘆の声を上げる。
「サンキュー」
七角はそう言うと化け物に向かって駆け出し、その勢いのまま回転しながら両腕を振るった。化け物もそれに負けじと、嵐に舞う木の葉の如く腕を振り回し、不規則な軌道の攻撃を繰り出して来た。
しかし七角は鮮やかな剣捌きでそれを全て弾き返し距離を詰めると、すれ違いざまに、怪物の関節を狙いすまして脚を切断した。
バランスを失った怪物がそのまま地面に倒れ込むと、七角はその巨体に飛び乗って首筋に赤い刃を突き刺す。
やがて動かなくなった怪物から降りると、彼はこちらを見てニッコリ笑った。
「終わったよ」
そう言って、これまでと変わらない爽やかな笑顔を浮かベた。
「あ、あんた本当に強いんだな……」
「オレ程度の強さの人なんていくらでもいると思うよ」
七角はそう言うが息一つ切らしていない。
しかし七角も能力者だったようだが彼の能力は一体どういう能力なんだろう。目の前で見たものの俺にはよくわからなかった。それにまだまだ何かありそうだ。
「だけど……その、怪我はないのか?足が痛かったりとかは」
「ううん、ぜんぜん平気だよ。それより早く先に進もうよ」
「お、おう」
俺は戸惑いながらも彼に促されて扉をくぐった。
扉の向こうには、青白く発光する謎の液体に満たされた円柱状カプセルが規則正しく並んでいる光景が広がっていた。
「これは一体なんだ?」
「多分、培養槽だと思うよ。
俺も見るのは初めてだから詳しくはわからないけど……」
「うーん……マッドなサイエンスとしか言いようのない光景だな……」
「とりあえず奥まで行ってみようよ」
俺達は培養槽の間を縫うように歩きながら最深部を目指す。
途中、いくつかの培養槽を覗いてみたが中には得体の知れない何かが入っていた。
「やっぱこの施設であの透明な怪物を作ってるのか?」
「そうだろうね。
でもどうせならもっと世の中の役に立つ研究をして欲しいんだけど」
七角は苦笑いを浮かべながら答える。
「……まあ、とりあえずゴキブリをばら撒く事だけはやめさせようぜ」
俺たちがそんな会話をしていると部屋の奥から白衣を着た老人が鞭で床を叩きながら怒鳴り込んできた。
「めちゃくちゃ役に立つ研究に決まっとるだろうバカどもが!」
老人は黒い手袋とブーツを履いており、眼帯をした顔には深いシワと共にいくつもの傷が刻まれているが、背筋はピンと伸びており、年齢を感じさせない精気に満ちた目をしていた。
「いいか?人体の場合、タンパク質の形成には20種類のアミノ酸が必要だが、
ここに入っている奴らはたった1種類でそれを満たすことができるのだ!
しかもその成長速度は驚異的だ。3日もあれば成人男性1人分の体重に匹敵する
重量の肉を生み出すことができる!つまりだな!
こいつらは食糧問題を解決する理想の家畜となりうる存在なのだ!
わかったらさっさと働け!」
「働けってなんだよ……」
男は俺の言葉を聞くと眉間にシワを寄せる。
「なんだお前たちは?バイトじゃないのか?」
「バイトがいるのかよ……」
「やかましい!質問に答えろ!最近の若い奴は返事もろくにできないのか!
私のような年長の人間に対する敬意というものを
小さい頃から徹底的に教育されてきた者からすると貴様のような
バカな小僧の存在は実に耐え難く実に不愉快だ!」
俺の言葉に男はますます激昂し、鞭を激しく振り回し叩きつける。
「おい、落ち着いてくれって……」
俺が宥めようとすると、七角が一歩前に出て男に話しかける。
「すみません。俺、七角多加羅って言います。
こちらの所長の佐凪博士に用があってきたんですけど、
会わせていただけますかね?」
七角は笑顔でそう言うが、口調とは裏腹に有無を言わせない迫力があった。
しかし老人は怯むことなく鞭を束ねると、一際大きな音を鳴らし、七角の目を見据えて口を開く。
「いかにも私が佐凪博士だ!用件を手短に話せ!」
佐凪博士は話を聞いてくれる程度の理性は持っているようだった。




