【速報】ボッキマン、虫捕りに出掛ける その①
俺の名は没木一歩。
無敵の力を持つボッキマンの一歩先を行く男。
今、俺はその力に相応しい精神力を身につけるために座禅を組んでいる。
ゴキブリが飛び交う部屋の中で。
「うぉおぉおっ!
くそくそくそ!くそがぁああっ!!」
お掃除ロボットのブラウニーが必死に腕を振り回し、ゴキブリを叩き落とそうとしている。しかし、その動きは鈍重でとても素早いゴキブリを捉えられる様子ではない。
「……」
「おいこらボッキマン、座ってねーで動けよ!ざけんな!!」
ブラウニーは怒りを露にし、声を荒げる。
「い、いや、精神の修行になるかなって」
「そんなもん他にいくらでも方法があるだろ!?今すぐやめろ!」
「えぇ……お、おい、ブラウニー。
落ち着けって。お前はロボットなんだから虫くらい平気だろ?」
そうは言ったものの、俺だって内心ではかなり動揺していた。
実際、ゴキブリが目の前を横切る度に、心臓が跳ね上がりそうになり自然と体が硬直してしまう。こいつらが噛んだり刺したりしないのは知ってはいるが、それでも気持ち悪いものは気持ち悪かった。
「確かに私には痛覚もなければ痒みもありません。
ですがこういう不快な存在だけはどうしても看過できないのです。
もう、こうなったら最後の手段の火炎放射を……」
「最後の手段へと至るのが早すぎるだろ……。
わかったから落ち着いてくれって、精神の修行は中断するから」
俺は立ち上がり、ゴキブリたちを追い回しているブラウニーを止める。
「……王様はいつになったら迎えに来てくれるのでしょう……
早くして下さいよ……お願いしますよ……」
ブラウニーは弱々しく呟くと、俺の背後に隠れようとする。
流石に少し気の毒になってきた。
「……」
俺は目を閉じて大きく深呼吸をする。
当たり前のことだがこのゴキブリはわざわざ修行のために用意したわけではない。
朝起きたら部屋の中に大量に居たのだ。
だがこれも一つの試練なのかもしれない。今、俺にとって大切なのは自分の心を強くすることだ。そのためには、この程度のことは乗り越えなければならない。
「よ、よし、じゃあ殺虫剤でも買ってくるか」
「……そうですね、それがいいと思います」
こうして俺はブラウニーを抱えて立ち上がると、逃げ出すように玄関へと駆け出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺達はホームセンターで買ってきた殺虫剤を片手に部屋に戻り、早速ゴキブリ退治を始めようとした。
ドアを開けると同時に、部屋の中からざあああっという津波のような足音とともに大量のゴキブリたちが飛び出してくる。
「ぐうぉおぉおぉぉおおおああっ!」
精神の修行はどこへやら、俺は思わず悲鳴を上げる。先ほどよりも数が倍以上増えているようだ。
「ま、まさかこの短時間で繁殖したのか!?」
「そんなわけないでしょうが!どっかからこの部屋にやって来てるんですよ!」
ブラウニーが俺の腕の中で叫ぶ。
ゴキブリたちはカサカサと素早く移動しながら、まるで壁のように俺たちを取り囲んでいた。もうこんなチャチなスプレー缶一本じゃ太刀打ちできそうにない。
その時、部屋の外からも叫び声が聞こえてきた。どうやらこのマンションには大量のゴキブリが集結しつつあるらしい。
慌ててドアから飛び出すと、すでにたくさんの人が悲鳴を上げながら廊下で逃げ惑っていた。
「や、やべえな……一旦諦めるか」
この騒ぎでは、殺虫剤なんか使っても意味がない。俺達も急いで避難しなければ。
俺達がマンションのエントランスから外に出ると、既に多くの人で溢れていた。
皆一様に青ざめた表情を浮かべており、中には泣き出している人もいる。
自分の部屋のある階層を見上げる。
遠目で見る分には何の異常もないが、中では大変なことになっているだろう。
こうして見ている間にも何人がゴキブリを振り払いながら階段を降りてきている。
「なあ、ブラウニー、ゴキブリって病原菌とかばら撒くんだっけ?
このままだとヤバいんじゃないのか?」
「いや、そういうことはないはずですよ。ゴキブリ自体は無害です」
ブラウニーは冷静な口調で答える。
「え、そうなの?」
「はい、あいつらただの昆虫です。気持ち悪いけどそれだけの存在です」
しかし、どうすればいいんだろう。
流石にここまでの規模の大量発生ともなるとマンションの管理会社に駆除してもらうまで待つしかなさそうだ。
「あ……」
ブラウニーが何かを見つけたらしく、小さく声を上げた。
その視線の先には黒い筋のようなものが地面に伸びているのが見える。
よく見るとそれはゴキブリだった。
マンションへと続くその黒い筋を辿っていくと、それはちょうど下水道のマンホールの辺りへと続いていた。
ブラウニーは深刻なそうな声色で言う。
「あのマンホールの下が怪しいですね。
……まさか行ってみようとか言い出さないですよね?」
マンホールの重い蓋が少し持ち上がり、隙間からは無数の小さな黒点が覗いている。
「ま、まさか、俺たちのせいじゃないし……」
俺は震える声で答えた。
「はい、まったく私たちのせいじゃありません。放置しましょう」
「ああ、よかった。俺たちのせいじゃないからほっといていいよな」
俺達は心から笑い合った。
俺達は何も見なかったのだ。
マンホールの蓋が開き、そこから這い出していたゴキブリの大群ことなど何も知らないのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
結局、俺はブラウニーを引き連れて下水の中を進んでいた。
マンホールの扉を開け、梯子を伝って中に入ると、そこは思った以上に広い空間になっているようだった。
だが、当然ライトなんて気の利いたものはない。
スマホを取り出して照らしてみると、ようやく足元が見えてくる。
俺の腰の高さほどの位置に排水口があるようだ。
我ながら頭がおかしいと思う。
ゴキブリが大量に湧きだしているというだけで十分異常な事態なのに、さらに地下深くへと進んで行くなど正気の沙汰ではない。
俺がため息をつくと懐にいるブラウニーが怒鳴りつけてくる。
「おいボッキマン!
俺まで連れ来る必要はないだろう!ざけんな!今すぐ家に戻せ!」
俺はブラウニーの頭を抑える。
「何言ってんだ。家に置いておけないだろ。家だってゴキブリだらけなんだから」
「うわあ~うわあ~!」
「でもさブラウニー、思わないか?
あれ、俺ってまだ出来ることがあるんじゃないか?
俺、まだちゃんと全力出してないぞ?みたいにさ」
「思わねーよ!」
「まあ、本音を言うと思わないし、
俺だって本当はこんなことしたくなんてないんだよ。
でもな、一方でそう言う自分に打ち勝つのが大事なんだよな、
そう考えたら体がいつのまにか動いちゃってて……」
「知るか!さっさと負けろ!病院に行け!」
俺は適当に返事をする。ブラウニーの言う通り、こんな所に長居するつもりはなかった。ちょっとだけ下水道を覗いて自分の中で『確認した』と納得し、この場を離れるつもりだった。
その時、突然、前方からガサガサと物音が聞こえてきた。
俺は足を止め、立ち止まる。
「でもまあ、ここまで来たら……多少暴れても大丈夫だろ」
そう呟きながら闇に向かって、蹴りを放つ。
衝撃波が辺りを切り裂くように突き進み、何かが裂けるような音と共に暗闇が晴れた。
それは、暗闇ではなく無数のゴキブリだった。
しかし異常な数だ。下水にゴキブリが湧くというのは聞いたことがあるが、これほどの数とは思わなかった。
「ああ……頭がおかしくなりそうですね」
ブラウニーが震え声をあげる。
「そうか?俺はもうなんか吹っ切れたというか
家にいた時より気味悪く感じなくなったよ、まあ俺の家って狭いからな。
逃げ場がないっていうか……」
そう言って俺は再び歩き出したが、何となく足元に違和感を感じたので足を上げ確認してみると、一匹のゴキブリを踏みつけていた。
「おいおい、冗談じゃねえぞ。お前ら何匹いるんだ」
俺は顔を引きつらせ、もう一度ゴキブリを踏む。
しかしそのゴキブリは潰れる気配がなかった……なんだこの耐久力は。
慌てて力を込めて踏みつけると、鉄パイプを踏んだ時のような感触が伝わり、ゴキブリは弾け飛んだ。
俺は思わず後ずさる。
さっさと帰ろうと思っていたがどうも普通じゃないことが起きつつあるようだ。
「ブラウニー、何か嫌な予感しないか?」
「……え、ええ、ま、まあ……」
「とりあえず、もう少しだけ先に行ってみようぜ。
案外、これで終わりかもしれないしさ」
「……えぇ……」
俺はブラウニーを抱え直し進むことにした。しばらくすると前方に光が見えた。
「おっと、出口か?
いや違うか、なんだこんな下水道に……」
俺は目を凝らしながら近づくと、壁の一部が揺らめいて見える。
その部分だけ周囲の壁よりも若干明るい、というよりまるでそこだけにぽっかりと周囲と異なる空間が生じているようだった。




