【悲報】ボッキマン、不安になる その⑦
……それを見た俺は全てを悟り、がっくりと肩を落とす。
「何でだよ……俺、あんたのことちょっと尊敬していたのに……」
「ごめんごめん、私にもね、抑えられない欲望があるんだ。
特に君みたいな冴えない男と関わっているとその気持ちが
強くなってしまうんだよ」
「……?」
「私は昔から女というものが大嫌いで仕方がなかった。
特に美しい女がね。何故だと思う?
それはね、私が醜いからだ。
私は自分の容姿がこの世で一番嫌いなんだ。
だから私はね、自分が憎くてしょうがないんだよ」
「……?
それで……女を襲うように?」
「そうだよ。
私は自分が美しく優れた人間だと思いたかった。
もちろん現実はまったく違う。
それでも自分よりも優れた美しい女からの愛を得られれば、
私は自分のことを許すことが出来ると思ったんだ。
しかしここでも現実は違った。
私の周りに集まるのは、判断力に欠け、意志が弱く、
金もなければ、容姿も悪い、そんな泥のような奴らばかりだ。
結局、私はどこまで行っても自分を許せないままだった」
「……よくわからないな、
だからってあんな酷いことをする必要がどこにあるんだ?」
俺は大火傷を負い、うめき声を挙げながら病院へと搬送される女性の姿を思い浮かべていた。
「あるさ。
君は美しい女性を見たことがあるか?
まるで宝石だよ。いやそれ以上だ。
夜空に輝く星々のように美しく輝いているんだ。
頭もよく、才能もあり、誰からも愛され、
ただそこにいるだけで多くの人からの羨望を集めることができる。
そんな存在が目の前に現れたとしたら、
それをどうしても手に入れたくなるというのが人情じゃないか?」
「……」
潮木の炎はもはや全身を覆いつくさんばかりに燃え盛っていた。
青い炎の化身と化した彼の姿は禍々しくもあり、同時に神々しささえ感じさせた。
「……私のような醜い男が優しい言葉をかけたところで、
星が振り向いてくれると思うか?
……答えはノーだ。
美しい女は皆、他人に優しくされることに慣れている。
そんなものは当たり前だと思っている。
それでも金をやれば関心は買えるかも知れない。
だが彼女たちの愛は手に入らない。
……わかってる。わかりきったことだ。
だからこそ私の心は怒りで燃え盛るんだ。
そうだ……私の心に火をつけたのは女なんだ。
彼女たちは自分でつけた火に焼かれているにすぎないというわけだ」
「そうやってあんたは多くの人を不幸にして来たんだな……」
「後悔させてやりたいんだ。
星を、身勝手にも私の頭上で輝いたことを。
そして、絶望を与えてやるんだ。
彼女たちを地に落としこの世の終わりを見せてやりたいんだ」
「……よくわかったよ。あんたがどうしようもないってことがな」
そう言うと俺は奴の攻撃するために拳を構え息を深く吸い込んだ。
「……君に何を言われてもどう思われようと構わないが、君も私のように
大きな力を持っているのなら自分の欲望に素直に生きたらどうなんだ?」
「その欲望ってのがわからなかったから
俺はあんたのカウンセリングを受けたんだよ。
それからな……以前の俺なら、見ず知らずの女がどうなるかなんて
どうでもよかったかもしれない。
でもあんたに会ったお陰で変わったんだよ。
俺はあんたをどうでもいいと見過ごすつもりはない、ここで止めるつもりだ」
「そうか……」
俺の言葉を聞いた潮木は少し目を細めた。
俺は勢いよく踏み込むと一気に間合いを詰めて飛び掛かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
数分後、壁にもたれかかるようにして潮木は倒れていた。
額に脂汗を浮かべ、脇腹を手で押さえている。
潮木の炎に反応したのか部屋の中で火災報知器が鳴り響いていた。
口から荒い息を漏らながら、彼は俺の顔を見上げた。
「……自信はあったんだがな……
まさか、ここまで強いとは思わなかったよ。
正直、君のことはそこまで評価していなかった……」
「なあ自首しないか?こんなこともう止めにしようぜ」
「それは出来ない相談だね。私は今、人生で最高の気分を味わっている。
これでやっと地獄から抜け出せると思うと涙が出てくるよ」
「潮木さん……」
「まだ私のことを気にかけてくれるのか、君は大したお人好しだな。
だが私はそんな君が嫌いじゃない。
ではクライアントだった君に最後のアドバイスだ。
以前、私が行った君への『カウンセリング』はすべてでたらめなものだ。
君は君が思っている以上に周囲に影響されやすく、騙されやすい人間なんだ。
よく考えた方がいい。そうしないと取り返しのつかないことになるぞ」
「……わかったよ」
潮木は折れてねじ曲がった自分の脚を見つめながら、誰に聞かせるともなく呟いた。
「……母のような美しい女に生まれたかった……
そうすればもっと皆から愛され、
私も自分を受け入れることが出来たろうにな……。
家族の中で私だけが、醜く……」
俺はそれを聞いて何も言えなかった。
外から消防車と救急車のサイレンが聞こえてくる。
その様子を確認しようと窓の方へと歩き出したその時、首筋に衝撃を感じた。
振り向くと、いつの間にか立ち上がっていた潮木がナイフを俺の首に突き立ている。
しかしナイフの刃は無敵の力に阻まれ、俺の体を傷付けることは出来なかった。
「……無駄だからもうやめろよ」
潮木は最後の力を振り絞るようにして俺に告げる。
「だから、言っただろう……君は影響されやすく騙されやすいと。
……このままでは君は何も変わらないんだ!」
「……ああ、よくわかったよ。ありがとう」
そう言って俺は拳を構えた。
「さようなら、先生」
俺は潮木の顔面に一撃を叩きこんだ。
彼はそのまま後ろに吹っ飛ぶと、壁にぶつかり、動かなくなった。
意識を失ったようだ。
俺は彼の顔を見て少しだけ同情する。
彼の表情には、どこか満足げな笑みが浮かんでいた。
「そろそろ俺は逃げるとするか」
俺は窓から飛び出すと、すぐに建物の裏へと回り込んだ。
すっかりと陽は落ち、辺りは薄暗くなっている。逃げるには好都合だ。
建物から離れ、しばらく走ったところで背後を振り返る。
雑居ビルの潮木と俺がいた階の窓から青白い炎が噴き出し空を照らしていた。
炎はまるで夜空の星々に反逆するかのように美しく輝いていた。
「(あいつ……)」
『君は影響されやすく騙されやすい』
『このままでは君は何も変わらない』
俺は彼の言葉を頭の中で反すうしていた。
「確かにそうだな……」
俺は再び走り出す。
潮木はもういない。
だが、俺の心の中にはまだ彼の存在が焼き付いていた。




