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【悲報】ボッキマン、不安になる その⑤

俺は自宅を飛び出すと、夜の街を駆け抜ける。

もちろん没木一歩ぼつきいっぽとしてだ。


普通の人間として、普通のランニングをする。

ただそれだけなのに、今までとは違った爽快感があった。

俺は走る、どこまでも走り続けた。


そして、ふと立ち止まる。

汗ばむ身体を風が撫でていく。


頬を伝う一筋の水滴が、アスファルトに黒い染みを作った。


「いつもと違う行動、いつもと違う行動」

俺は自分に言い聞かせるように呟く。


そうして、再び走り出す。


(こっちの道は行ったことがなかったな。よし!じゃあこっちだ!)


(普段ならこんなとこ走ろうと思わないよなー。次はこの道に行ってみるか!)


(うおっ!すげー!こんな景色になってたんだ。

 でもこの先は行き止まりか。まあいいや、ここで折り返して帰ろうっと。

 お、なんだここ?公園?)

俺は走ったり、歩いたりしながら、普段は通らない道をどんどん進んでいく。


そうしているうちに、いつしか俺は自分がどこに向かっているかも忘れていた。

だが、不思議と気分は悪くなかった。


俺は様々な発見をしていく。その全てが新鮮で、刺激的だった。

その小さな発見がどれだけ俺を変えるかなんてわからないが、そんなセコいことはもう気にしない。

なぜなら俺は没木一歩ぼつきいっぽなのだから。


そんなことを考えながら俺はふと顔を上げる。そこには満天の星空が広がっていた。


まるで宝石箱のような輝きに目を奪われる。

俺は思わず足を止めて、その光景に見入ってしまった。その時だった。


視界の端に、人影が何かを抱えながら飛ぶような勢いでビルの間を飛んでいくのが見えた。

「なんだあれ」

思わず声を上げながら追いかける。

俺には関係ない、どうでもいい……どうでもいいが、それは今までの俺の話だ。

今の俺は違う。


人影が抱えていた物、それは人だった。

人影はぐったりとした女性を抱えながらすごい勢いで滑るように走っている。


人影はビルの屋上の縁からジャンプするとそのまま隣の建物へと飛び移っていく。

明らかに常人の動きではない。


その時、人影は俺の視線を感じたのかこちらを見た。黒いマスクから見える奴の目は動揺したかのように一瞬だけ大きく見開かれる。


しかし、奴はすぐに俺から身を隠そうと建物の陰に目がけて飛び移っていった。

こいつはなかなか素早い。以前出会った稲妻いなずまよりも大きく劣るが、それでも気を抜くと一瞬で離されそうな勢いだ。


「おい、待てよ」

俺の声は聞こえているのだろう、人影は焦っているかのようにスピードを上げると、女性を抱えたまま軽々とビルの谷間を抜けて行く。俺はその後を追いかける。


「止まれ!」

俺がもう一度叫びながら距離を詰めようとすると、人影、もとい黒ずくめの男が一棟のビルの屋上で急ブレーキをかけたように止まった。


「……」

「あんたが抱えてる女の人は何だ?」

「……」

男は無言のまま動かなかったが、しばらくすると、バカにしたような口調でしゃべり始めた。


「あー……君の知り合いかなんかなの、この女の人?」

男はそう言うとぐったりした女の髪の毛を掴み、こちらに向けて顔を突き出してた。

女は口から泡を吹いており、鼻からはひどく流血している。

「……知らねぇけど、明らかにヤバいだろ」


「そっか。……おっと手が滑ってしまった」

男が掴んでいた手を離すと、女の頭がコンクリートの固い床に叩きつけられた。

「お、おい、何してんだ!」

女に駆け寄ろうとすると、男が手のひらを向けて制止してくる。

それを無視して近づいた途端、男の手が発光し、青白い炎を放ち始めた。


「それがどうしたんだコラ!」

そう叫んで男に殴りかかろうとした瞬間、男は燃え盛る手で女の頭を掴んだ。

肉が焼け、髪が燃え落ちる嫌な匂いが立ち込め、辺りにつんざくような女の絶叫が響いた。


「ほらね、そうやって考えなしに突っ込もうとするからこうなるんだ、君のせいだぞ、これは」

「お、お前……自分が何をしてるかわかってんのか!?」


男は俺を無視するように話し続ける。

「やけどには分類があってだね、知ってるか?

 水ぶくれができて、皮が剥け、皮膚がただれて、痛みを伴うもの。

 そして、火膨れができ、火傷は治癒しても傷跡が残るものがある。

 医学の言葉でいえば、一番軽いのは低温火傷、次が熱傷、

 重度のものは炭化となる」


「……おい、聞けよ!」


「炭化するとその跡は一生消えない。

 ……気の毒に、彼女は今後、髪も眉毛も生えることはないだろう。

 だが安心して欲しい、命までは奪ってないし、視力を失うこともない、

 脳にも損傷はないはずだ。

 彼女には鏡を見るたびに絶望してもらう必要があるからな」


俺が我慢できずに拳を振り上げると、男は女の襟元を掴み、俺に投げつけてきた。

俺は慌てて女の体を受け止める。

女は今にも死にそうだ、皮膚は焼けただれ、ところどころが赤黒く変色し、筋肉や骨が見えてしまっている箇所すらある。


「……うーん、死なせるつもりはなかったんだが自信がなくなって来たな。

 頼むから助けてやってくれ、私の罪が重くなってしまいそうだ」

「ふざけんじゃねえぞてめえ!」


俺は一刻も早く、この男を殴り倒したかったが、それより先に助けを呼ぶべきだろう。俺はポケットに手を入れてスマホを取り出し、救急車を呼ぼうとしたその時、男は背を向けて走り出した。


「じゃあね」


「待て!……クソッ」

以前の俺なら女を放置し、追いかけていたかもしれない。だが今は違う。


「大丈夫か!しっかりしろ!」

俺は女を抱き抱えながら必死に声をかけ続け、救急隊の到着を待つことしかできなかった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


結局、あの後救急隊員に事情を説明し、警察が来るまでずっと病院にいた。

幸い命に別状はなかったようで、一安心したが、なぜあんな状況になっていたのかの説明を警察にするのは難しかった。


そんなこんなで事情聴取も終わり、家に帰ると、暗い部屋が出迎えてくれた。


「はぁ……」


思わずため息が漏れるが、それも仕方ないことだと思う。

俺はあの時どうすればよかったのか、何も言わず不意打ちで男を殴りつけた方がよかったのではないか?


しかし、それで死んでしまったら……。

でも、このままではまたいずれ同じことが……。


そんなことを考え迷っていると、ブラウニーが話しかけてきた。


「なんなんですか?

 ウキウキしながらランニングに出たかと思ったらため息なんかついて」


「悪さするやつがいたんだよ、そんで女の人が襲われた」

「丁寧な解説に痛み入ります、情景が目に浮かぶようです。

 それでどうなったんです?」

「いや……どうにもならなかった」


「え?アホみたいに強いのに?まさか負けたんですか?」

「い、いや、その……どうすればわからなかったって言うか……

 俺がちゃんとやってたらどうにかできたかもだけど……」


「つまりは手を抜いてたってことですかね?

 ……人が襲われてたのに?よくわかりませんね」


「うるせえな……俺だってわかんねぇよ」

俺は苛立ちを隠すことなく吐き捨てるように言った。


「まあいいじゃないですか、これから気をつければいいんですよ。

 それに、今日は一歩踏み出せたんでしょう?ならいいじゃないですか」

「……いいわけないだろ。

 でも……そうだな。……もう二度目はない」


そうだ、二度目はない。

次は迷わずに殴れるようにするためにも今は悩んでいる場合じゃない、

切り替えていかないと。


「俺は変わる」

俺はそう呟き立ち上がると、キッチンへと向かう。

いつものようにインスタントではなく、自分で料理をするためだ。


俺は冷蔵庫を開け、材料を取り出す。

まずは玉ねぎをみじん切りにしようと、包丁を手に取り、自分の手に突き立てた。


「ぐあああああっ!!!」

「どうしたんですか?」


「……す、すまん、思ったより動揺していたのかも知れない」

「はあ」


俺は包帯を巻くと、再び調理に戻る。

今度は慎重に、ゆっくりと、時間をかけて作業を進めていった。

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