【速報】ボッキマン、再び出会う58
「な、何だ……これ……」
心臓を鷲掴みにされるような感覚を覚え、全身に鳥肌が立ち、冷や汗が流れる。思わず膝をついてしまいそうだった。
何をやっている!!
しっかりしろ!!
俺は無敵だ!!
自分を鼓舞するように言い聞かせ、必死に自分を奮い立たせる。
だが、俺の恐怖が消えることはなかった。
視界に飛び込んできた「それ」が放つ異様な雰囲気と存在感。
それは、これまで対峙してきたどの敵よりも恐ろしく、強大で、そして圧倒的な力を感じさせるものだった。
「……これが本物の……いや、本当の精霊なのか?」
思わず声に出してしまう。
俺がこれまでに見た精霊たちは見た目こそ薄気味悪いものの、ただのムカデでしかなかった。
だが今、俺の前にいるものは違う。
確かに「それ」は一見すればムカデに近い姿だろう。
しかし、この世のものとは思えない醜悪さとおぞましさを纏った「それ」が尋常ならざるものだということは明らかだ。
「それ」は悪意に満ちた造物主が頭部を失った人間の上半身を無数に繋ぎ合わせ、ムカデじみた何かに仕立てあげたかのような、おぞましく禍々しい造形をしていた。全身は腐敗したかのような黒、または紫がかった色に爛れ、伸びた無数の人間の腕はそれぞれが意思を持っているようにうねり、こちらを招くように蠢いている。
その背には蜻蛉のような羽根が不自然なまでに大きく広がっており、羽ばたく度に鱗粉のような煙を撒き散らしていた。
頭部があるであろう部分には巨大な髑髏に似た顔が浮かんでおり、闇を孕んだその眼窩からは無数のムカデたちがこちらを凝視し、絶えず幾多もの触手を蠢かせ、赤黒い涙を流している。
「うっ……」
それを見た瞬間、俺の中で何かが壊れかけるのを感じた。
背中に冷たいものが走り、まだ何もされてないのに胸に鈍い痛みを感じる。その理解を拒絶する自分の変化に俺は呼吸することも忘れてしまっていた。
いや、実際、強い吐き気のせいで呼吸すらままならなかった。
見える風景がやけに白々と靄がかかったように感じる。
まともに思考が出来なくなり、立っていることもままならない。
というか、なんで立ってられるんだ俺……?コイツと向かい合ってるだけでこんなに全身が震えてるっていうのに……。
「やめろ!!来んな!!来んな!!」
精一杯強がりの言葉はひどく震えており、咄嗟に蹴りを放とうとするも俺の足はもつれ、一人で勝手によろめいただけだった。
自分で自分が情けなかった。
しかし、それでも俺の恐怖は誤魔化しようのないものだ。
全身から汗が吹き出し、足の震えをどうにか抑えようと歯を食い縛る。
そんな俺の様子を一瞥すると、潮木さんが言い聞かせるように静かに呟く。
「……ああ……あれこそが私の切り札だった……。
居場所を失ったこの地の悪霊……忘れ去られたこの土地の過去……」
潮木さんの言葉と同時に「それ」の身体が大きく脈打つ。
すると、その動きに合わせて、鱗粉が舞い、錆びた鉄の匂いを含んだ生暖かい風が吹き抜けていく。
こちらを見つめる虚ろな視線が圧倒的な殺意を帯び、一瞬身体が硬直し、凄まじい吐き気と眩暈で意識を失いかけてしまう。
「ぐっ……!」
俺の背後で潮木さんが何かを言っている。しかし、彼女の声は聞こえなかった。
耳鳴りが酷くなり、何も聞き取れないのだ。
此咲は「それ」を見つめたまま動かない。
此咲だけじゃない。
その場にいた全員が動けずに固まっている。
逃げ出したかった。今すぐに。
彩さんの声が聞きたかった。もうこんなことどうでもいい。
門戸も、潮木さんも、此咲も何もかも捨てて、どこか遠くへ走り去ってしまいたかった。そんな衝動に駆られる。
しかし、そんなことを考える余裕は一瞬たりとも与えられなかった。
「……没木くん!此咲くんを守ってくれ!」
潮木さんが叫んだ瞬間、俺の中で何かが弾ける。
俺は恐怖を振り切るように「それ」に向かって走り出していた。
「うぉおぁあぁぁあああっっ!!」
どれだけ大声を出そうとも、恐怖心は消えない。
むしろ、より一層強くなっていく。
それでも、俺は走った。此咲を守れるのは俺しかいない。
そう自分に言い聞かせ、必死に脚を動かし、俺は恐怖に呑まれたまま固く握りしめた拳を闇雲に振るう。
俺の拳は無数の衝撃の弾丸となって「それ」の体を天井ごと打ち抜いていたが、奴はまるで体についた水滴を払うかのように鬱陶しげに身体を振るわせるだけだった。
……まるで効いてない。
いや、それ以前に攻撃が当たってるのかすらわからない。
歪な旋律の洪笑が響く中、恐怖に駆られた俺は意味のないことを喚きながら、ただひたすらに腕を振り回し、気づいた時には天井を穴だらけにしていた。




