【速報】ボッキマン、再び出会う56
二人の様子を見て、潮木は心の中で呟く。
『此咲くんは『意識外の攻撃』をすべて回避できる。
意識の外からの攻撃なら、彼はマシンガンだろうが
ライフル弾だろうが超音速で飛来するミサイルだろうが回避してみせる。
巻き起こる爆風ですら彼には傷一つつけられない』
俺は床板を蹴り上げ、瓦礫を巻き上げる。
津波のように押し寄せた砂埃が此咲の視界を奪い去る。
俺はすかさず此咲に目掛けて飛び込むと、瓦礫と共に波状攻撃を仕掛けた。
『没木くん』
だが此咲は、まるで見えているかのように俺のラッシュを捌いていく。
此咲の拳が俺の顔面に突き刺さり、蹴りが腹にめり込み、肘、膝、そして頭突きが炸裂した。
『君が予測を上回ろうとするほど、
対処できない行動を取ろうとするほど、
君の攻撃は此咲くんにとって脅威度の低いものになる』
瓦礫はまるで此咲を避けるように彼を避けて通り過ぎ、俺の拳は悉く空を切る。
「(なにがどうなってんだ?!)」
此咲は後ろを向いたまま一歩も動いていない。明らかに異常だ。
「おい、此咲さんよぉ。いい加減俺の相手してくれてもいいんじゃない。
ほら見ろ俺の体、あんた必死に攻撃してるけどな。
こっちは傷一つついてねーよ?」
埃を払い落しながら此咲に問いかける。彼は相変らず俺のことなんか見ていない。潮木さんしか見えてないようだ。
「此咲さん、いいかげんにしろよ!こっち向いてやれっつーんだよ!」
「……」
「知りたいことがあったら向き合えってあんたも言ってただろ!」
此咲は肩を掴もうとする俺の腹に肘を打ち込み、顎を踵で蹴り上げる。
「(あーくそっ、全然話聞いてくれねえ……)」
宙に舞った俺の身体の背後から此咲の蹴りが襲う。
乾いた爆発音と共に背骨が軋みを上げた。俺は甲高い耳鳴りのような風切り音を聞きながら、再び床板へと叩きつけられる。本堂の床はもうボロボロだ。
『此咲くん、君はいつか没木くんのことを『意識してしまう』だろう。
事実そのせいで君は少しずつ傷付いている。
このままでは君は負けるだろう』
俺は素早く此咲の周囲を回転すると、不意をついて彼の正面に回る。
彼の眼は潮木さんへと向けられたままだ、俺を見てはいない。正面から放った俺の拳も虚しく空を切る。
潮木さんは頬杖をつき、此咲の顔を眺めながらしみじみと何かを考えているようだ。
『此咲くん、君はそういう存在なのだ。
本当なら何も知らないまま、何も考えずに突っ立ったままで、
君はありとあらゆる困難を乗り越えられたはずだったのだ』
突きも蹴りも、フックもアッパーも、すべてが彼に当たることはない。すべてが彼に触れる前に回避される。まるで別次元の住人を相手取っているようだった。
『君にとって何かと向き合うということは
人生を投げ捨てることと同じなんだ。それでも私に惹かれるか?
それでも彼が気になるか?』
此咲は視線を宙に向けたまま、無表情で虚無を見つめている。
「無視すんなよ、なんとか言えよ!」
何を言おうと彼は俺の声に耳を傾けようとはしない。俺の言葉は彼の耳には届いてすらいないのだろうか。
俺は此咲の予知能力がどういうものかはわからない。
それでも彼が俺と向き合うことを拒否していることには意味があり、それが予知になんらかの形で関わっていることはなんとなく理解しつつあった。
不意に潮木さんが口を開く。
「此咲くん、目隠しは必要か?」
「…………」
「どうする?君さえよければだけど」
「……いいえ」
此咲は俺の腕を避けつつ、俺の顔にカウンターを入れる。しかし、その威力はこれまでとは違い弱々しいものになっていた。その手足は相変わらず燃え上がっていたが、此咲の拳の皮は剥がれて、血が滴り組織が露わになっている。
「ならいいけど」
潮木さんは再び腕を組むと、此咲の戦いを黙って見守る。どうやら彼女は此咲の意志を尊重して手を出すつもりはないらしい。
此咲の回し蹴りが俺の腹にめり込む。常人なら上半身が吹き飛ぶ威力だろう。しかし俺の身体はもうビクともしない。
「もういいって!此咲さん、あんたの体の方が壊れるぞ!」
「……」
だが、此咲は空中に跳躍すると、そのまま回転して蹴りを放つ。
俺の視界いっぱいに広がる青白い炎。俺は反射的に左腕を差し出すが、此咲の回し蹴りはそのガードごと俺を吹き飛ばした。服の袖に血がべっとり付着する。
もちろん俺の血ではない。此咲の足から血が滴って床を汚していた。
「もうやめとけって!無敵の俺をいくら殴っても意味ねえから!」
「……」
此咲は目を閉じ、静かに呼吸を整えている。
俺の言葉聞こえないのか、それとも必死に聞くまいと堪えているのか、相変わらず彼は俺と目を合わせようとはしない。
『彼はもう『意識外の攻撃』を防ぐという能力が鈍っている。
それは没木一歩という外部からの脅威に対する生存の意思が、
精神を凌駕しつつあるからだ。
肉体の防衛本能が逆に能力を抑制してしまっているのだ』
彼の身体は悲鳴をすでに漏らしている。
先程まであれだけ激しく燃え盛っていた手足の青い火球が今は勢いを失い、今では微かに揺らめく程度にまで衰え、両手からはすでに血が滴り落ち、足元を赤く染めていた。
「……潮木さん、もうあんたの方から止めてやれよ。
あんたは師匠として此咲を守る義務があるはずだ」
「これが彼の生き様だ。邪魔することはできないよ。
此咲くんは自分の意思でこの場に立っている。そもそも私は指図する
立場ではないし、彼の気持ちを最大限尊重するつもりだ」
「あのな……ふざけんなよ。
あんたの弟子がこれだけ傷付いてボロ雑巾みたいになってるんだ。
このまま続けたら死ぬかも知れないだろ。
もう十分だ。もう終わりにしてやれって」
「彼は今、君という人生最大の壁にぶつかっている。
そしてその壁を越えようとしている。
彼は君に心の底から勝ちたいと思っているんだ。
私はその手助けをしているに過ぎない。だから私は口出ししないよ」
「壁にぶつかってるだと?
ずっと背中を向けたままだろ!
それでどうやって乗り越えるってんだ!?
此咲さん!こっちを見ろ!」
「……」
「俺を見ろ!潮木さんじゃなくて俺を!
あんたこのまま死ぬまで続けるつもりか?!
武術はどうした!?
何がなんでも生き残るのが武術だって言ってたろ!」
「……」
「此咲さん、こっちだ!ちゃんと俺の方を見ろ!
このまま何も見ないまま倒れていいのか?!
今までずっと武術を続けてたんだろ!
ずっと練習してたんだろ!」
「本当に優しい子だね。
でもね、没木くん。これは戦いなんだよ。
スポーツでも喧嘩でもないんだ。
だから君が折れるか、彼が倒れるかしか結末はないんだよ」
潮木さんがそう言うと、此咲は目を閉じたまま潮木さんに問いかける。
「……潮木さん、もし俺が全力の没木さんと向き合ったらどうなりますか?」
「死ぬよ。一瞬で」
「……そうですか」
「その差はいつか埋められるものなのでしょうか?」
「どうだろう。無理なんじゃないかな。
でもね、君には君の役割があるんだ。
没木くんとは違う、君だけの特別な役割がね。
だから君は没木くんのことなんて気にしなくてもいいんだよ。
自分の役割を全うすることだけを考えていればいい」
「……背後に迫る気配がどんどん大きくなっています。
きっとそれが没木さんなんでしょう」
「見てみたいのか?」
「……わかりません」
此咲の動きはさらに精彩を欠いている。明らかに鋭さを失いつつあった。
しかし、それでも相変わらず俺の攻撃はかすりもしない。自分の身を守るだけの力はまだまだあるようだ。




