【速報】ボッキマン、再び出会う54
俺の怒りなど意に介さず潮木さんはあくまで落ち着いた態度で答える。
「自由さ。
君は彼らが精霊に支配されているように感じるかもしれないが、
彼らはあくまで契約の上で、魂に巣食う精霊を
飼い慣らすことを選んだんだ。
君はその選択を尊重してあげるべきじゃないか?
それに精霊は嘘をつかない、人のように騙したりはしない。
契約を履行すれば必ず報酬を与えてくれる。
人が本来持つ可能性を奪い、
貨幣を生み出す家畜へと変えてしまう
社会のシステムと、精霊との契約はそこが違うんだ。
彼らにとってこれは間違いなく救いなんだ。
この世界から解き放たれるための唯一の手段なんだよ」
「……俺は本堂にいなかったから、
あんたの話が本当かどうかはわからない。
でもあんたの話を真に受けて、藁にも縋る思いからムカデに
頼ろうとする奴があの場所にいたっておかしくはない。
だけどな、門戸は違うはずだ。
あんたの話だと、門戸はあの時、あの部屋にあった
パソコンのデータベースに侵入してたんだろう?
それはつまり、門戸はあんたの言うところの
『精霊との契約』をしてなかったってことだ。
だったら門戸がムカデが憑りついているのはおかしいだろ。
あんたは嘘をついているのか?
それとも精霊がいい加減な奴らなだけなのか?」
「……へえ、君も言うようになったね。
ま、でもさ、彼が不法侵入したのは事実だしい……
ふふっ、残念だけど門戸くんは解放できないよ」
この時、少しだけ、ほんの少しだけだが、
俺は潮木さんが何を考えているか理解できた。
この人はもう一度、俺と喧嘩がしたいのだ。
敗北で終わった記憶を塗り替えたいのか、あるいは別の理由があるのかは知らないが、とにかく俺とまた戦いたいと思っているのだ。
潮木さんは俺の強さを知っている。
もし本当に『計画』とやらを遂行するつもりがあるなら、わざわざ俺に手を出して火中の栗を拾う必要はない。監視するにとどめておいて、無視しておけばいい。
自分の正体だって隠しおけばよかったはずだ。
それをせず、こうして俺の前に姿を現したのは、ただ単に俺とやり合いたいからだ。
口先では色々言っているが、門戸のことはどうでもいいのだろう。
もっと言えば、逸体塾の連中のことだって、悪霊や精霊のことだって、全部がどうでもいいのかもしれない。
彼女にとっては全てが戦いを盛りあげるための舞台装置に過ぎないのだ。
そんな風に思えた。
「……潮木さん、あんた俺を恨んでるのか?」
潮木さんは微笑みを浮かべたまま、首を傾げる。
「……ううん、愛してる」
「潮木さん……」
此咲は不安げな表情で、俺たちの会話を見つめていた。
潮木さんにとっては彼も小道具の一つなのだろうか。彼女は此咲を一瞥することもなく、再び口を開く。
「……じゃあそろそろ本題に入ろうかな。
没木くん、君が取るべき道は二つある。
一つは私たちの仲間になって、逸体塾が天下を取るのに協力すること。
もう一つはこのままおめおめと引き下がること」
「あんたをブチのめして泣いて後悔させるっていう三つ目が残ってるぞ」
「……ぷっ、ふははははっ、いいね!
君がそういうことを言うの、すごく久しぶりだよ。
君が私のことで怒ってくれてるのがわかる。
それだけでもう私は胸がいっぱいになっちゃいそうだよ」
潮木さんはパイプ椅子からゆっくりと立ち上がると一歩後退する。
その瞬間、パイプ椅子は青い炎に包まれ、高熱によりぐにゃぐにゃと溶け、焦げ臭い煙を上げながら床に落下していく。
「……来い、没木一歩。
闇の中で君をずっと待っていた。
君の眼差しが私を捉え、その拳が私の身体を貫くのを夢見ていたんだ。
さあ、始めよう」
潮木さんが左手の人差し指を立て唇に押し当てると、その背中に孔雀を思わせる巨大の青い炎の翼が現われる。以前には見られなかった力だ。
潮木さんも精霊の力、あるいは悪霊の力を得て強くなっているのだろう。
しかし、中身は相変わらずのかっこつけなおっさんだ。
俺と喧嘩したきゃ素直にそう言えばいいのによ。
「……潮木さん、俺のビンタは痛いが後から文句言うなよ」
俺は静かに深呼吸をすると、潮木さんに向かってゆっくりと足を進める。
「……没木さん、すみません」
此咲の謝罪の声が聞こえたかと思うと、俺の体は宙を舞っていた。
「ッ!?」
視界がぐるりと回転し、天井と梁が目に入る。
そしてそのまま、俺は勢いよく床に叩きつけられた。
「あらら」
潮木さんの呆れたような声に慌てて顔を上げると後ろを向いたまま蹴り足を上げる此咲の姿があった。
どうやら俺は此咲に蹴り飛ばされたらしい。
此咲は振り向きもせず静かに足を下げる。
「おいおい、此咲さん。
俺、あんたとは別に喧嘩したくないんけど」
「……潮木さん、彼は俺が引き受けます」
此咲は俺に背を向けたまま、冷たく言い放つ。
「ええ~っ、やだあっ、二人の男の子が私を巡って争うなんて!!
やめて、やめてよ、そんなの!
……ぷふ、わは、うわはははっ、も、もうだめっ、最高!!」
「ふざけんなっての……」
俺は立ち上がって此咲に近づいていくが、彼は潮木さんの方を向いたまま身構える様子もなく立っている。
「此咲さん、いいか?
俺は潮木さんに用があんの、あんたには何の恨みもないんだよ」
「……」
「じゃあ此咲さん、あんたの方からも潮木さんを説得してくれよ。
そこに倒れている俺の知り合いを助けてくれって。
イヤなら邪魔しないでくれよ」
「……」
「此咲さん!」
「……」
此咲は何も言わない。俺は溜息をつく。
俺はそのまま此咲の横を通り過ぎ潮木さんへと向かおうとしたが、彼はこちらを振り向くことなく俺の顔面に肘を叩き込むと、すかさず足を払い、倒れ込んだ俺の腹に踵を落とした。
「あのさ……此咲さん、俺、言ったよね?
別にあんたとは喧嘩したくないって」
「……」
「いや、こんなことされたら俺、まじで怒っちゃうよ?
ほら、俺って沸点低いからさ。
あんたのこともビンタしちゃうぞ?」
「……」
ムカッ、なんだコイツは。
一言くらい喋ったらどうなんだ。
此咲は相変わらず振り向きも構えもせず、沈黙したまま潮木さんを見つめていた。
「ぷふふっ、いいねえ、盛り上がってきたね」
潮木さんは嬉しそうな笑みを浮かべながら、俺と此咲の戦いを見つめる。
「(おいおい、まじかよこいつ……なんで当たらないんだ?)」
後ろ向きで立ち尽くしたままの此咲に俺の攻撃はかすりもしなかった。全ての攻撃は事前に予測されているかのように避けられる。
此咲は俺を一度も見ていないはずなのに、まるで全てが見えているかのような動きだ。
どういうタイミングだろうが、どれだけ速かろうが、どんな角度や距離でも此咲は確実に避け、的確に反撃をしてくるのだ。




