【朗報】ボッキマン、人生相談に答えていた その①
俺の名はボッキマン。
無敵の力を持つ男。
と言っても機械の力を借りないと出来ない事はいくらでもある。
早起きだってその一つだ。
時間は朝の6時。
カーテンから差し込む光はまだ薄暗い。
昨日は疲れていたせいもあってかなり熟睡できた。
目覚ましの音が無ければ約束の時間には間に合わないだろう。
ゆっくりとベッドから立ち上がりシャワーを浴びると、
冷蔵庫から菓子パンと牛乳を取り出す。
俺の食事には栄養バランスも何もない。何しろ俺は無敵なんだからな。
……。
だが昨日のことで俺は、その無敵の力が当の俺自身には
何ももたらしていなかった事を痛感した。
俺はただの人間だ。あの神代と同じ。
だが今更、どうしろというのだというのだろうか。
食生活を健康的にしたところで俺の中で変わるようなことが何かあるのか?
俺は朝食を終えると洗面所へと向かう。
鏡を見るとそこには冴えない男の姿が映っていた。
これまで数多の暴力をくぐり抜け来たとは思えないほど重みない男の姿。
別に太っているわけでもなく、痩せている訳でもない。
せいぜい言えることがあるとすれば筋肉質ということくらいしかない。
髪型は小ざっぱりと短く、髭が伸びているというわけでもない。
要は特徴のない平凡な顔。
それが俺。ボッキマン。
俺は棚から歯ブラシを取り出し、シャカシャカと磨き始める。
歯も皮膚も傷一つついていない。
ビルの崩壊にも列車の横転にも巻き込まれたことがあるというのに。
まだ高校生の時だ。
その時、俺はため息をつきながら瓦礫の中から抜け出し一人、
事故の現場を後にした。
周囲の苦しむ人たちを見捨てて、自分だけ、一人でだ。
早く家に帰ってゲームをやりたい、そんなくだらない理由だった。
ゲームの主人公は高らかに助け合いの素晴らしさを謳っていたが、
そんな言葉は現実の俺を何一つ変えなかった。
馬鹿げた力を持っていたのに俺は英雄にも魔王にもならなかった。
歯を磨いているうちに、段々と目が覚めてくる。
今日は神代と用事がある。
俺は彼女に何をさせられるんだろう。
まさか、またバッタ退治とか言わないだろうな。
ふと気になってスマホを見る。するとメールが入っていた。
内容を見て思わず苦笑いする。
『没木さん、起きてますか?』
起きてるわけねーだろ。夜中の3時30分だぞ。
ほんと頭おかしいなこいつ。
「よし、行くか」
俺はそう呟きながら玄関へと向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
待ち合わせの場所に行くと神代は柔軟体操をしながら待っていた。
昨日の野暮ったいジャージとは違いランニングウェアにスニーカー姿だ。
長袖のジャケットに尻の形がよく分かるレギンス?を穿いている。
俺の目が気にならないのだろうか。
「おはようございます!」
神代は俺に気づくと元気よく挨拶をする。
「あ、ああ、おはよう」
神代はずいぶん機嫌が良さそうだった。まるで初めて会った時のように。
俺は彼女のテンションに戸惑いながらも返事をした。
「それじゃ行きましょうか」
彼女はストレッチを止めると笑顔で歩き出す。
「どこに?バッタでも出たのか?」
「違いますよ!バッタは出ません!」
神代は振り返ると少し怒ったように言った。
俺は自分の発言を振り返る。
バッタが出るような場所に行きそうな言い方だったが違うようだ。
「いや、何をすればいいかわかんなくてさ……すまん、ちょっと戸惑った」
「いえ、私こそ……その、少し没木さんとランニングしたくって」
「ランニング?ああ、まあ、うん。いいよ……行こう」
俺はそう言いながら彼女と走り出した。
俺たちは朝の街を走った。
俺も運動は嫌いではない。むしろ好きだ。
得意だとすら思っていた。
だが所詮それはボッキマンでいる間のことだった。
走り始めて数分で息が上がり脇腹が痛くなる。
俺がバテ始めたのに気づいたのか神代が話しかけてくる。
「大丈夫ですか?無理しないでくださいね」
「あ、ああ……」
俺は何とか返事をして走るペースを落とす。
俺は必死に足を動かしながら考えた。
数時間前はバッタの怪物相手にあれだけのことが出来たというのに、
今はこのザマだ。
「あの、没木さん、ちょっといいですか?」
俺の隣を走る神代が問いかける。
「な、なに……?」
俺は息も絶え絶えになりながら答えた。
「没木さんのフォームに気になる点がいくつかあるんですけど、
言っても大丈夫ですか?」
神代は俺の方を向いて真剣に聞いてくる。
俺はその勢いに押されるようにうなずく。
彼女は立ち止まると俺の方を向き、俺の肩に手を置いた。
そして俺の体を確かめるように触り始める。
神代の手は冷たく心地よかった。
「まず背筋をまっすぐ。それから顎を引いて胸を張ってみましょう。
腕を振る時は肘を意識しながら…」
神代は俺の体に指示を出しながら姿勢を直していく。
「はい、これで少し走ってみてください。
あ、あと足の上げ方もこうです」
そう言うと神代は俺の足元を指差した。
俺もそれに従って足を交互に上げる。
「そうそう、そんな感じで!すごく良いですよ!」
神代は嬉しそうに笑った。
俺も思わず笑ってしまった。
だがそれと同時に、なぜだか恥ずかしかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その後、俺達は周辺のランニングコースを一周するまでランニングを続けた。
コートに着く頃には俺の息は完全に上がっていた。
疲れ切った俺はベンチに座り込む。
神代は俺の前に立つと笑顔を浮かべながら言った。
「はい、どうぞ」
神代はペットボトルを差し出してくる。
昨日と同じ、やたら酸っぱい飲料だ。
「ああ、ありがとう」
俺はそれを受け取り、喉を鳴らして飲む。
「でもさ、これ酸っぱくない?」
俺はボトルから口を離すと神代の顔を見ながら言った。
「そうですか?私は好きですけど」
神代は微笑むと首を傾げた。
「あの、昨日はごめんな」
俺は素直に謝ることにした。
「え?なんのことでしょう」
神代はきょとんとした顔で聞き返す。
「ほら、バッタの時に……ちょっと言い過ぎたかなって思ったからさ」
俺は昨日のことを思い出しながら話した。
「ああ、もう気にしてないですよ。何も出来なかったのは本当ですし……。
それにあの時、2時を回ってたんだから昨日じゃなくて今日ですよ」
「そうだったな、はははは」
神代の言葉を聞いて思わず笑い声を上げてしまった。
「でさあ、3時頃、メールくれてたけどあれなんだったんだ?
なんか用事があったのか?」
俺は気になっていたことを訊いてみた。
「いえ、別に用があったわけじゃないんですよ。ただ……」
神代はそこで言葉を切ると俺の目をじっと見つめてきた。
「ただ?」
俺は彼女の目を見返しながら続きを促した。
「少し文句を言いたかっただけです。
でも必死に走ってる没木さんを見てなんか怒る気がなくなってきました」
「そっか……」
俺はそう答えるとまたドリンクを飲み始めた。
このまずさにも少し舌が慣れてきたように感じた。
「でも夜中の3時はまずいだろ……夜中の3時は」
俺は苦笑しながら言った。
なんだろう、興奮しなきゃずいぶんまともなんだな神代は。
優しく、思いやりがあって気も利くし、いささか自分勝手とは言えど正義感もある。
俺とは正反対の人間だ。
そんな奴が命の危機を感じて必死になって助けを求めていた。
俺はそれを冷たくあしらったことになるわけだ。
「はい、次に文句を言う時はちゃんと起きてる時に電話しますね」
神代は笑顔でそう答えていた。
俺は何も答えずじっと自分の手を見つめていた。
「没木さん?」
「ああ、ごめん」
俺は慌てて立ち上がる。
「いいですよ、休憩してて下さい」
「いや、行こう」
どこへ?
取り留めもなく歩き出した俺に神代が後ろから問いかけてくる。
「え、何処にですか?」
「ごめん。別に行き先とか決めてなかった」
俺はそう言いながら歩みを進める。
「そうですか……あの、何かしたいことありますか?」
神代も隣に並んで歩く。
「んー……特にないかも」
俺は空を見上げながら答えた。
「じゃあ、私、朝ご飯まだなんですけど付き合ってもらえませんか?
お腹が減っちゃって……」
俺はうなずくと彼女と一緒に近くのカフェに向かった。




