【悲報】ボッキマン、浮気する その⑤
「はっはっは、何もなかったな……
やっぱりそう簡単に見つかるもんじゃないよな」
「はい……」
神代はどこか残念そうだ。でも俺はなぜか、こいつの、この滅茶苦茶な女のおかげでどこか少しだけ心が楽になったと感じていた。
「残念だけどもうこんな時間だしそろそろ帰ろうか」
俺はそう言いながら彼女に背を向ける。
「……待ってください」
「いやー、もう、マジで勘弁してくれよ、あっはっは!」
「違いますよ!今日は本当にありがとうございます、
私のためにこんなに時間を割いてくださって……」
「……気にすんなって、俺も暇だったし。
それにあんたと話すの結構面白かったしな。
じゃあな、また機会があったら会おうぜ」
俺はそう言って歩き出す。
「……待ってください」
思わずずっこけそうになる。
「どうしたんだよ、まだ何かあったのか?」
「この近くに私が住んでるマンションがあるんです。
だからあの……見送ってくださいませんか?」
俺は神代を彼女のマンション前まで送ることにした。結構大きなマンションだった。少なくとも俺の住んでいるマンションよりも遥かに大きい。
「ここが私の住んでいるところです」
「へぇ……いい所に住んでるんだな。大したもんだな」
「親の持ち物です」
「ああ、なるほど……」
「はい、ではおやすみなさい」
「うん、じゃあまたな」
「あ、そうだ、没木さん、今日の朝の7時からって約束を覚えてますか?」
そうだ、こいつと7時から待ち合わせしたんだった。……まあ仕方ないか。
「ああ……覚えているよ、また後で……」
「はい、待っています」
「ああ、分かった。じゃあおやすみ」
そこまで言うと神代は帰っていった。
(……や、やっと、解放された……)
俺は神代がエントランスに消えても何度か後ろを振り帰った。
流石にもう追ってはこないようだった。
しかし、しばらくするとマンションの自動ドアが開く音がして、中からまた神代が出てきた。だけど今度は俺を追いかけに来たわけではないようだ。
(おいおい、まさかあいつ一人で殺人犯を探そうってんじゃないだろうな……)
……もういい、ほっとこう。流石に付き合いきれない。
あいつは完全にイカレてるんだ。どうしようもない。俺には手に負えないんだ。
これで殺されても自業自得だろうが。
……。
いや、自業自得なわけないだろ。
何を言ってるんだよ俺は、お前は無敵のボッキマンなんだろ?
しっかりしろよ、頼むぜ。
俺はこっそり神代の後をつけることにした。
彼女を見失わないように距離を保ちながら歩いていく。
それにしても夜の町というのは不気味で、静まり返っている分余計に不安になる。
時折ドローンが俺の顔を見ようとふらりと飛んでくるが動きや音を出すものと言えばそれくらいだ。
こんな時に限って警察もいないし、俺たち以外に歩いている人間はいない。
俺は神代の姿をじっと見つめていた。
神代も誰かを探すような素振りを見せながらしっかりと前を向いて歩いている。
その時だった。突然、神代が消えた。
闇が広がったかと思うと一瞬のうちに彼女の姿を飲み込んだのだ。
「え?」
俺は慌てて近くの物陰に隠れる。
いや、隠れる必要なんてないだろ。馬鹿だな、ほんと。
俺は彼女の消えた辺りで近づき、急いで辺りを窺った。そこは住宅地の死角になっているようで、少しだけ拓けた場所になっていた。
耳を澄ませると微かに何かを引きずるような音が聞こえてくる。奥に入っていくとその先にある曲がり角に彼女はいた。
彼女は何かに引きずられているようでどんどん遠ざかっていく。その光景は異様で、まるでホラー映画のワンシーンみたいだった。
神代の首にはロープのようなものが巻き付いている。あれは一体何なんだろうか。
「うぐぅ……うううううう!!」
神代が苦しそうに叫んでいる。神代は抵抗しているように見えるがその力は弱々しく、まるで人形が引き摺られるようにしてどんどん奥へと進んでいく。
神代は逃れようと超能力を使って飛翔を試みるも、首に巻き付いたロープのような物を引き剥がすことが出来ず、そのまま地面に何度も叩きつけられてしまう。
「……!?」
俺は思わず息を飲む。彼女が地面で苦しみ悶える姿を見ていられなかった。
このままだと死んでしまうかもしれない。
俺は咄嵯の判断で勃起すると、彼女の方に向かって走り出していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺の接近に気づいたのか、神代を引きずる何かは動きを止め、こちらを向く。
と、同時に俺は電光石火のヒザ蹴りをその顔面に叩き込んでいた。
俺の膝はしっかりとめり込んだが手ごたえがほとんどない。見ると奴の首が折りたたまれるように曲がっている。
(え?殺し……)
つい目測を誤り、力を入れ過ぎたのではと思ったが、そうではない。
折れ曲がり縮んだ首が急に空気を入れたかのように膨らみ始めたからだ。
それは風船のように徐々に大きくなっていき、やがて元の同じ大きさにまでなった。
そして、神代を引きずり込もうとした張本人の姿が明らかになる。
その姿を見た瞬間、俺は自分の目を疑ってしまった。
そこにはナメクジとバッタを掛け合わせたような頭部を持つ生き物がいた。
全体的には確かに人型に近いが胴体が異様に長く腕も脚も虫のソレだ。
そいつは頭から伸びている触角と目が特徴的な顔をしており、頭部には大きな複眼が二つある。口元からは鋏のような歯が伸びており、体には小さなトゲが生えていた。
そいつは背中で畳んでいたであろう小さな翅を威嚇するように広げて、歯をカチカチと鳴らしながら俺の方へ向き直る。
このバッタ……かどうかは自信がないが、こいつが連続殺人の犯人なのだろうか?
「……あ、あなたは……」
神代は意識はあるようだったが、首を絞められていたせいか上手く喋れないようだ。
俺は神代を掴んでいる奴の手を思い切り踏みつけてやる。だが先ほど、頭を蹴った時と同様にあまりダメージはないようだ。
「……うっ!」
神代が再び苦痛の声を上げる。俺は神代を掴む手を離させようと奴の腕を掴み、今度引きちぎるつもりで思いっきりねじってやった。
だが、やはりゴムのように伸びるばかりでビクともしない。それでもバッタの方はかなり焦っているようだ。
それが幸いしたのか神代を拘束する力が緩んだらしく、彼女は何とか這い出してきた。少し咳き込む神代の元へ駆け寄ると彼女を庇うようにして立ちふさがる。
俺はバッタの腕を離さず、キツく握り締めたままでいると、奴は俺を振り払うように暴れ出した。しかし、いくらもがいでも俺を振り解くことは出来ない。
「ギュ」
奴が短く呻いたかと思うと、突然その体が膨れ上がり、爆発するかような勢いで脚を伸ばして俺の顔面に蹴りを放つ。
かなりの威力の蹴りだろう。太く、重い、鉄柱でブン殴られたかのような衝撃が頭蓋骨にしっかりと伝わり、俺は思わず仰け反る。
だがそれでも俺には何のダメージもない。
「ギュイィ!ギッ、ギッイイー……」
俺に攻撃が全く効かなかったことで動揺しているのか、やたら滅多らに飛び跳ね始める。それでも俺は決して手を離さず、奴の手をギリギリと締め上げる。
これが人間の腕なら骨折どころかとっくに切断されているだろう。
「ギュ!ギュウウウー……ギチギチギチッ」
バッタは発泡スチロールをこすり合わせるような耳障りな鳴き声を上げ、翅をバタつかせながら必死にもがく。
その時だった。
突然、目の前に何かが落ちてきた。
落ちてきたものを見ると、それはドローンだった。
先ほど奴が暴れていた時に何かを狙い蹴り落としたか何をしたのだろう、ドローンはバチバチと火花を散らしながら地面を転げ回っている。
ふと嫌な予感が頭をよぎる。
ドローンの機体はスパークして火を噴いている。
これはもしかすると、もしかするかも……。
(……爆発?)
俺一人なら平気だが、後ろには神代がいる。俺は思わずバッタの手を離し、両手でドローンを抱えようとするとドローンは俺の手をすり抜けるように飛んで行く。
──神代だ。
神代が能力を使い、ドローンを空へと逃がし、前方を指差して、叫ぶ。
「没木さん、あいつが逃げます!追いかけて!早く!!」
俺は神代に言われるがままに走り出した。
あのバッタは本当に人間ではないのだろうか?
ドローンを囮にして逃げるなど、ただの昆虫では考えられない、狡猾な行動だ。
俺は全速力で走りながら考える。
そしてあれがバッタではなく、人間だとしたらどうすべきなんだ? いや、そんなことはどうでもいい。今はとにかく追いかけなければ。




