【悲報】ボッキマン、童貞だった その⑤
車が停まったのはどこかの駐車場だった。かなり古びた感じの場所で、周りは錆びついたフェンスで囲まれている。
「降りなさい」
降りた先に見えたのは、俺が住んでいたマンションよりもかなりボロ、……いや年季が入ってそうな建物だった。外壁にはひびが入り、所々塗装が剥げ落ちている。俺はブラウニーを抱え直す。
「ここが目的地?」
「そう。私の家」
「へえっ!?」
マドワセルは俺を無視すると、トランクを開け、段ボールを指差した。
「運んでくれる?」
段ボール箱の中には大量の衣服が入っていた。スーツ、シャツ、靴下、下着……様々な種類のものが詰め込まれている。
マドワセルは俺が箱の中を見たことに気づいて、少しバツの悪そうな顔をした。
「こら、勝手に中を見ない」
「あっ、いや、ごめん。なんとなく……」
俺は段ボールを持ち上げる。こんな段ボールくらいこいつの超能力で余裕で運べるだろうに、なぜわざわざ俺に頼むのだろうか。
俺は釈然としないまま、彼女について階段を登っていった。
「あのさ、聞いてもいいかな」
「……何?」
「もしかして俺が仕事する場所ってあんたの家なの?」
「そうだけど」
「……マジか」
「何?文句あるの?」
「いや、ないけど……」
「ならいいじゃない」
「……ああ、うん」
最上階にたどり着くと、マドワセルはある部屋の前で立ち止まった。
「私の部屋」
「えっ、ああー。うん……」
「どうしたの?」
「えっ、いや、別に……」
仕事と言えば仕事なんだが、生まれて初めて女性の部屋にプライベートで招かれるという経験があまりにも衝撃的すぎて、一瞬反応が遅れてしまった。
まあ、確かに仕事だし、特に問題はないのかもしれないが……。なんというか正直緊張している。でも相手はあの変人だし。いや、変人は言い過ぎた。
悪い奴ではないのは確かだ。でもなあ、なんていうか……やっぱり変なんだよなあ。
「行きましょう」
「えっ、ああ、お邪魔します……」
戸惑いながら部屋に入ったものの、すぐに違和感を覚えた。
なんだか、その、これは……まるでゴミ屋敷だ。
いや、その一歩手前くらいだろうか。床に転がったペットボトル、テーブルの上に散乱したスナック菓子の袋、そして脱ぎ散らかされた服や靴下の数々。それだけならまだいい。
壁際には異臭漂うゴミ袋が山のごとく積み上げられている。
「ええ……ホントにあんたの部屋?」
俺はマドワセルに恐る恐る尋ねるが、彼女は答えない。
「あの……マジにここに住んでるの?」
「そうだけど」
「いや……えっと……ここで寝てるとか?」
「……何か問題ある?」
俺は平然と言い放つ彼女を前に、段ボールを持ったまま固まってしまった。マドワセルはソファに腰掛けると、足を組み、頬杖をつく。そしてこちらを見て言った。
「……ねえ、それ、置いてよ」
「あっ、ごめん」
「……早くして」
置けったってどこにだよ。とは思ったものの、とりあえずその辺に段ボールを置こうと床の雑誌を拾いあげる。するとその下には平べったい虫のような生き物がコロニーを作っていた。
俺は思わず悲鳴をあげそうになるのを抑えながら、段ボールをそっと置く。マドワセルはそんな俺の様子をじっと見つめていた。
(うへぇ……よくこんな部屋で生活できるなあ)
俺は心の中でため息をつく。
しかし彼女はこの惨状を全く気にしていないようだ。というよりも自分の城に俺がどういう反応を示すかを楽しんでいるようにすら見える。
「車の中の残りの荷物も運んでくれる?」
「えっ……ああ、わかった」
まあいい。今はこの仕事を全うしよう。マドワセルから車の鍵を手渡された俺は、再び段ボールを取り出すべく外に出る。早足で階段を下りながら、ブラウニーに話しかける。
「いや~……すげえ部屋だったな。
お前が来る前の俺の部屋、いや、それ以上だ。どう思う?」
「部屋の汚れは心の汚れですよ」
「おっ、なかなか深いこと言うじゃねーか」
ブラウニーの言葉に同意しながらも、俺は思わず苦笑してしまう。その後、車と部屋を何回か往復し、俺は全ての荷運びを終えた。
「よっし、これで終わりだな。他に運ぶ物はもう無いか?」
トランクから持ち出した最後の段ボールを玄関に置くと、マドワセルに呼び掛ける。だが返事がない。不審に思い、リビングに戻ると彼女はいつの間にかベランダに出ていた。
「あの……終わったんだけど……」
「そう……」
「いや、別にいいけど……何やってんの?」
マドワセルは俺の質問には答えず、窓の外を眺めている。
「ここって結構景色いいから……」
「そうなのか?」
まあこの部屋の惨状に比べたらな。
しかし、確かに言われてみると確かに綺麗な風景ではあった。マンションと住宅が建ち並ぶ街並みの中に、所々変わった形の建物が顔を出している。
ビルやマンションと比べると、どれもこじんまりとしているが、どこか温かみを感じる。今は夜でぼんやりとしか見えないが、昼間に見たらまた違う印象を受けるかもしれない。
「そう言えばスペースデザイナーを目指してるんだっけ、
やっぱりそういうのに興味があるのか?」
「よく覚えてたわね」
「そりゃ、まあ……っていうか今日聞いた話だし……」
「そう……」
俺は沈黙に耐えきれず、何か話を続けようとする。
「あのさ、ところでなんで俺を呼んだの?
やっぱりあれか?仕事ってのは口実で本当は誰かと話したかっただけとか?
爆破事件もあったし、もしかして心配になったとかで……?」
いや、何言ってるんだ俺は……俺は自分の発言に自分で驚いてしまう。なんだか恥ずかしくなってきた。
「……何?」
ほら、マドワセルも怪しむような目でこっちを見てるだろ。
「いや、何言ってるんだろうな。ごめん」
彼女は少し考える素振りを見せると、小さく微笑みを浮かべた。
「まあ、半分正解かも……」
「えっ?
ああ、そうだったんだ」
なんだか調子が狂ってしまう。
「私ね、友達いないの」
「えっ、いや、糾業会の連中は……?」
「仲間だけど、友達とはちょっと違うかも……」
「……そうか」
「あの人たちにこの部屋は見せられないし……」
「まあ、わかるけどなんで?」
「真面目で優秀な人って思われてるし、私に憧れてる人だっているし、
きっと失望させちゃうと思う」
俺は彼女の言葉に納得してしまった。確かにこの部屋を見せられたらな。
偉そうなこと言ったって誰も言うことなんか聞かないだろう。むしろ幻滅するかもしれない。
「それにしても……なんで俺にそんな話を?」
「……うーん。これといった意味はないけどサボテンに話かけてる感覚かな」
「……ああ、そうだったのか」
俺は複雑な気持ちになりながら、曖昧に返事をする。
「今から報酬の話をしたいんだけど」
「え?ベランダで?」
「部屋の中の方がいいの?ならそうしてもいいけど」
「ま、まあ、外でも大丈夫だけど」
俺はマドワセルの提案に戸惑いながらも答える。
「そう。なら早速始めるけど……車の中の荷物を私の部屋まで運んでもらう。
これが今回、あなたに片づけてもらったお仕事」
「ははは、じゃあ1000円くらいはもらえそうかな」
「いいえ、報酬として今日はここに泊めてあげる。それでいい?」




