【朗報】ボッキマン、外注業者になる その⑨
「趣味は?」
「私?」
彼女は少し意外そうな顔をした。
「そうそう、なんかこう、打ち込んでることとかないのか?」
マドワセルは少し考え込むような仕草をして答える。
「読書かな」
「へえ、どんな本?」
「資格の本」
「まじかよ、勉強家なんだな。なんの資格勉強してんの?」
「……スペースデザイナーの資格」
「えっ、宇宙船でも作るの?」
そう言うと、彼女の表情がほころぶ。
俺の何気ない一言がどうやらツボに入ったらしい。
「違うわ。スペースは空間の意味よ。
だから、スペースデザイナーというのは室内外の空間を誰にでも使いやすく、
より快適に、より過ごしやすく、デザインする仕事のことを言うの」
「へえー、じゃああんたの部屋とかすげー整頓されてて綺麗そうだな。
俺とは大違いかも」
「別に自分の部屋なんて散らかっていてもいいじゃない」
彼女は少し苦笑しながら言ったが、俺はそれに反論するように言う。
お掃除ロボットのブラウニーが来てから整頓された綺麗な部屋に住む素晴らしさを知ったからだ。マドワセルの表情からは先ほどまでの作り笑いではなく、自然な感情が見え隠れしていた。
どうやら、この話題はかなり彼女にとって興味のあることらしい。
ちょうどその時、料理が運ばれてきた。
俺の目の前に、蒸しサーモンの自家製タルタルソースがけ豆腐サラダが置かれる。おお、メニューで見ただけではピンと来なかったけれど、こうして実物を見るとなかなか美味しそうなサラダだ。続いてスープの入ったカップが置かれていく。
「よっし、いただきマウストゥマウス!」
俺は両手を開き、指で影絵でいうキツネを作る。
その瞬間、ペットボトルから炭酸が噴き出すような音が聞こえ、俺の顔に玄米がブチ撒けられた。
慌てて顔を拭って前を見るとマドワセルが口と腹を抑えて、悶絶している。
どうやら今のがツボに入ったらしい。
「や……やめ、やめて……」
「あ、そんな面白かった?」
彼女は鼻水を垂らし、目に涙を浮かべて笑いこらえていた。
俺は顔についたご飯粒をつまみ取る。
「はぁ……はあ……ごめんなさい。
でも、も、もう二度とやらないで……」
マドワセルは目尻に浮かんだ涙を指ですくい上げると、そう言った。
「え、何を?」
「さ、さっ、さっきの………」
そこまで言うとマドワセルは再び悶え始めた。
思い出してまた笑ってしまったようだ。
俺はその様子を見て、なんとなく彼女の人となりが分かってきた気がした。
マツエイビルの屋上で会った時もくだらないことで大笑いしていたし、笑い上戸なのかもしれない。
だが、さすがにこの場でずっと笑ってもらうわけにもいかないので、俺は咳払いをして彼女に話しかける。
「ああ、俺も変なことしちゃってごめん」
俺が頭を下げて謝ると、マドワセルは引きつった笑いを浮かべながら、紙ナフキンを取り俺の頬を拭いてくれた。
「ほっ、ほっ、ほら、まだ残ってるから、ふっ、ふふふっ……」
マドワセルはようやく落ち着いたようで、呼吸を整えると、再び料理を食べ始める。
(なんだよ、笑ってる時はすげー優しいんだな)
俺はそんなことを思いつつ、この人にもっと笑って欲しいと考え始めていた。
「じゃ、じゃ、そろそろ食べましょうか」
「ああ、うん」
俺達はそう言い合うと、箸を手に取った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「なあ、結局なんで俺を呼んだんだ?」
「あなたがウチと仕事をしたいって言うから、
今後の為に一応挨拶をしておこうと思ったの」
「……ああ、そういうことだったのか」
俺は納得したふりをする。
なぜなら彼女に二人きりでの話を持ちかけられたのは、俺が首領たちに仕事の話を切り出す前であり、本当は違う理由があるんじゃないかと思っていたからだ。
しかし、それを口にすることは何となく憚られる雰囲気だった。
「これからは私があなたとの窓口になるけれど、かまわない?」
彼女は事務的な笑顔を浮かべて俺の方を見る。
「まあ、俺はいいけど……セン、えーと、あの子とのコンビはどうなるんだ?」
「解消」
そう言うとマドワセルはナフキンを取り、口をぬぐった。
「……そっか」
「あなたとのお仕事の話とは無関係だから、気にしないで。
ただ私の存在はあの子の負担にしかなってないみたいだから解消しただけ」
「……」
「私たちの問題だし、あなたは関係ないわ」
マドワセルは表情を変えず、薄ら笑いを浮かべたまま告げる。
確かにマドワセルがセンドレッドとコンビを解消したとしても、俺が何か言える立場ではないが。
「あの子を守ってくれてありがとう」
「いや……別に……」
「本当はもっと早くにお礼を言うべきだったんだけど、
なかなか言い出せなくてごめんなさい」
マドワセルはそう言うと口元に手を当て、少し申し訳なさそうな表情を浮かべたが、すぐに営業用のスマイルに戻る。
「ところで、そろそろ連絡先を交換していいかしら」
「あっ、ああ……」
俺は慌ててポケットの中をまさぐりスマホを取り出すと、互いの電話番号とアドレスを登録する。それから俺達は、食事を終えて店を出るまでの間、当たり障りのない会話を交わした。
まあ、悪い奴ではなさそうだ。
でも、仲良くなるまで時間がかかる。そんな印象だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
マンションの近くまで車で送ってもらった後、俺はスマホを確認する。
(もうこんな時間かあ、今日も色々あったなあ……。えーっと……)
まあいいか、取りあえず部屋に帰って整理しよう。
俺はそう思いながらマンションのエントランスに入っていった。そして俺はエレベーターから降りると、鍵を取り出しながら廊下を歩いて行く。
「あれ?」
玄関の前に誰かいるようだ。俺は目を凝らす。
作業服姿の男性が俺の部屋のドア横の共有部分で何やらしているようだった。
「どうも……なんかあったんですか?」
「いやぁ~……実はこの辺り一帯を爆破する事になってまして……
皆さんにはご迷惑をおかけいたします」
「はあ、ご苦労様です」
俺の質問に嫌な顔一つせず応えると、男性は再び作業に戻っていった。
ふーん……爆破かあ。最近物騒だしな。そんな他人事のような感想を抱きながら、鍵を開け、ドアノブを回す。
「……爆破?」
慌てて後ろを振り返ろうとした瞬間、俺の目の前は真っ白になった。
(……!?だめだ、スマホ!)
俺はスマホを守るように抱きしめる。すると、背中に衝撃が走り俺は床に倒れた。
俺の名は没木一歩。
ボッキマンの一歩先を行く男。
当然だが無敵の力を持っている俺は爆弾くらいで死にはしない。
だけどスマホや服は例外だ。
明日からどうしよう。俺は宙に浮かび上がる感覚の中、そんなをことを考えていた。




