【朗報】ボッキマン、外注業者になる その⑧
その後、黙って彼女について歩き、数十分後、俺たちはようやくマツエイビルの地下駐車場へとたどり着いた。なんかずいぶん久しぶりな感じだ。
「ここまででいいよ。
後は自分の足で帰るから、送ってくれてありがとう」
「待って」
そう言って立ち去ろうとする俺をマドワセルは呼び止める。
「へ?」
「……あなた本当に私の話、覚えてないの?」
「え?」
俺は彼女の言っていることが理解できず聞き返した。
「二人きりで話しましょう、って言ったはずだけど?」
「……」
(いや、お前がずっと黙ってたんだろうが……)
マドワセルはワゴン車のドアを開け、俺を押し込むようにして車内に入れた。そして運転席に乗り込んだ彼女はシートベルトを着けると、エンジンを掛ける。
「首領からこれをあなたにって」
マドワセルはそう言うと分厚い封筒を取り出した。
中身は紙幣のようだ。ピンと立った角が封筒から見えている。俺が驚いていると彼女は俺のことなど知る由もなく催促するように封筒を揺らす。
「気にしないで、慰謝料みたいなものらしいから」
俺はちょっと迷ったが諦めて受け取ることにする。
正直なところ、今の俺にはお金はいくらあっても困らない。
しかし紙のお金なんて久しぶりに見たな。
彼女は俺が金を受け取ったのを確認するとアクセルを踏み、車を発進させた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
しばらく無言の時間が続き、耐えきれなくなった俺はマドワセルに話しかける。
「なあ……
さっきは二人きりで話すって言ってたけど……」
しかし、彼女は黙ったまま運転を続けている。
俺は彼女が口を開くのを待ちながら、車窓から見える景色を眺めていた。
すると、ふいに彼女が口を開いた。
「貴方、アレルギーはないの?」
俺は唐突な質問に戸惑いながらその意図について考える。何なんだ急に……。
アレルギー?無いと思うが……こいつまさか……アレルギー反応を利用して俺を始末しようっていうんじゃないだろうな。
「いや、別にないけど……
一応言っておくが俺は無敵だからな?」
俺の言葉を聞いたマドワセルは、一瞬だけ笑いをこらえるような仕草を見せたが、すぐに元の冷静な顔に戻った。
「そっ、そう、ならよかったわ」
一体何が良かったのだろうか。
俺が考えていると、マドワセルは続けて口を開く。
「今から二人きりでお食事したいんだけど、
特に希望がないなら私の方で決めていい?」
「え?ああ、いいけど……」
彼女はそれを聞くと少しだけ息を吐き、ハンドルを切った。
「ここよ」
マドワセルの言葉に目を開けると、目の前には一軒の食堂があった。
「こ……ここは……
あのマクロビオティックレストラン『ハーラファチーブ』か?
あのマクロビオティックレストラン『ハーラファチーブ』なのか!」
「あら、知ってたの?」
「いや、看板を読んだけだけど……」
「そう。じゃあ入りましょう」
彼女は俺の返事を待たずに車から降りて店内に入って行く。
仕方なく後に続いて入ると店内は薄暗く照明は間接光のみになっており、落ち着いた雰囲気だった。こんな店に来たことがない俺にとっては未知の領域だ。
タブレットからメニュー表を見ても、いまいちピンと来ない。
俺が戸惑っていると、マドワセルが俺の顔を見つめていることに気づく。
どうやら俺が決めるまで待っているようだ。
「好きなものを頼みなさい」
俺は改めてメニュー表を眺める。
好きな物って言われても……正直、何を頼んでいいのか分からない。
俺はメニューに書かれている食材の名前を見ながらマドワセルに聞いてみる。
「この玄米とか五穀米とか……これって何が違うの?」
「玄米は稲からもみ殻だけを取り除いただけで、
ぬかや胚芽がそのまま残っている精米されていないお米のこと。
それから、お米に麦や粟、キビ、豆などの五種類の雑穀を混ぜたものが五穀米」
「あ、ありがとう……な、何にしようかな~……」
俺は説明してくれたことに礼を言いながら、再びメニューに視線を落とす。
しかし、やはりどれもピンと来ない。
それにさっきの説明だと結局何が違うのか、俺にはよくわからなかった。
アヒルと鴨くらい違うということなんだろうか?
「どれでもいいわよ。好きに注文しなさい」
「え~っと、じゃあ……この蒸しサーモンの自家製タルタルソースがけ豆腐サラダとスープのセットにするか……」
俺は悩んだ末に玄米とも五穀米とも無関係なメニューにする。注文が済むと俺は彼女に話しかけた。
「この店ってもしかして糾……」
「名前を出さない」
糾業会関係かという前に、事務的な口調で遮られてしまう。正直に言うと俺はもうこの時点でこいつとあまり仲良くなるつもりはなかった。
しかし彼女は俺のそんな気持ちなど知る由もなく、店の内装をじっくりと目に焼き付けるように眺めている。
その行動の意味はわからなかったが、取り敢えず俺も彼女に倣って周りの様子を見ることにした。
客層としては女性が多く、男性の姿はあまり見えない。
周囲から俺たちはどう見えているんだろうか?
恋人を食事に誘ったはいいものの何を話しかけていいか分からず、焦って挙動不審になっている男にでも見えるのかもしれない。
そんなことを考えているとマドワセルが口を開いた。
「あなたはこういうお店には来ないの?」
「え?ああ、外食すること自体ほぼないからさ……」
「なら自炊してるの?」
「うん、まあ、そんな頻繫にやるわけじゃないけど、最近頑張るようにしてるよ。そうそう俺って実はカレーが得意でさあ。まあ野菜切って、インスタントのルーと一緒に煮るだけ?みたいな?あはは。あんたもなんか料理するの?やっぱりこのお店みたいに健康志向な感じでサラダとか作っちゃうの?」
「いいえ」
会話終了。
「……」
俺は自分の発言のあまりの空虚さに、心の中で泣いた。
沈黙に耐えきれなくなった俺は、何とか話題を作ろうと頭をフル回転させる。
(うーわー、誰かなんとかしてくれ~~……)
俺はそう心の中で叫びながら、必死になって考える。
いや、こんな程度で怯んでいてはいけない。
俺の方からもう一歩踏み出してみるべきだ。
何しろ俺の名前は一歩なんだからな。
ここは勇気を出してこちらから質問を投げかけてみよう。何か面白い話を振ればきっとこの沈黙を破ることができるはずだ。
まずは何といっても趣味の話からだろう。
共通の話題を見つけてそこから話を広げていくのが無難だ。
よし!行こう!
そう思った俺は彼女の方へ向き直ると、早速切り出した。




