反則ではなく努力の結果
「くそっ!」
視界の遮られている頭上からそんな声が聞こえてきたなと思って顔を見上げると、ちょうど頭上に広がっている盾から金属をぶつけたような音が鳴り響いた。
そして、それは一度ではなく、二度三度と連続して響いた。
どうやら敵が頭上の盾を破ろうと本格的に攻撃を仕掛けてきたようだが、その結果……
「なんだとっ!?」
頭上の盾は砕け散り、その盾を生み出していたダラドが驚き叫んだ。
だが、それも当然のことだろう。何せダラドは普段あんまり活躍しないし余計なことしか言わないし態度悪いし……とまあ色々あるわけだが、それでも第十位階なのだ。
聖国にたった三人しかいない最高峰の戦士。それも、ただ戦うためではなく、守りに特化した能力を持っているのに、その盾が破られたのだ。驚くなと言う方が難しいだろう。
だが、問題はそこではない。
盾が破られたのは正直言って俺も驚きだが、その程度では上から攻撃がくる、あるいは人が攻めてくる程度のものなので、どうとでもなる。
しかし、だ。これまで頭上と俺たちを隔てていた壁の役わりをしていた盾がなくなると言うことは、つまりそこに乗っていた物を止めるものも無くなったと言うことで……
「ぶえっ!」
今まで盾に張り付いて視界を遮っていた異臭のする液体が俺たちに降り注ぐこととなった。
予想外の攻撃(?)に対処すべく頭を回すが、突然のことだったので思い付かなかった。
直前になって《防除》の結界で設定をいじればなんとかなるかも、と思ったが……うん。間に合わなかったな。
その結果、その液体を普通に浴びてしまい……
「うっ、ぬああああっ!」
ものすっっっっっごく痒くなり、たまらず叫んでしまった。
だが、そんな状況は俺だけではないようで、液体を浴びた全員が同じような状態になっている。
「《浄化》!」
痒くてろくに思考もまとまらなかったのだが、フッと突然全身を襲っていた痒みが消え去った。
その事に困惑しつつあたりを見回すと、自分に手を当てているソフィアが目に入り、直後ソフィアの体を染めていた液体は綺麗さっぱり消え去った。
よく見てみると、俺の体も綺麗になっており、液体の汚れなんて一滴もついていないことに気がついた。
「ソフィア! リリアを使え!」
俺がそう指示をすると、ソフィアは地面をのたうち回っていたリリアへと浄化のスキルをかけた。
それでもまだかゆみが残っているのか、あるいはかゆみが残っていると思い込んでいるのか、リリアは変わらず地面を転がり続け、一度綺麗にしたにもかかわらずまた液体で体を汚すこととなった。
「リリア。もう大丈夫ですから、ちゃんと立ちなさい」
それを見て、ただ綺麗にするだけでは無意味だろうと判断したのだろう。ソフィアはリリアの元へと近づき、強制的に起こして再び自分とリリアの両方に浄化を施した。
「ぬぐおおおぅぅぅぅ……って、え? あれ?」
リリアはのたうち回っていたが、自分の状態の変化に気がついたのか体を起こして確認し始めた。
「痒くない! ナイスよ、ソフィア!」
「ありがとうございます。ですが そんなことよりも、他の方々をお願いします。私では広範囲の浄化はできませんので」
「まっかせて! こんなわたしを苦しめた汚れなんて、全部消してあげるんだから!」
これであと少しすれば全員動けるようになるだろう。
「チィッ!」
なんて思っていると、突然背後から舌打ちが聞こえてきた。
反射的に《身体強化》を施して前に飛び込むようにその場を飛び退き、振り返ると同時に剣を抜き放つ。
その剣は何も切ることはなかった。
だが、何も当たることがなかったかと言うと違う。
俺の振った剣は何かの金属にあたったような硬質な音を響かせた。
「くそがっ! なんでただの坊々が防げんだよ!」
俺が剣を振った先にいたのは、少し前まで崖の上にいた男だった。どうやらさっきの盾が壊れるのに合わせて降りてきて、俺を殺そうとしたようだ。
「金持ちのガキだってのは認めるけど、あいにくと〝ただの〟ってわけじゃないんだよ」
なんだって勇者ではなく俺を優先して殺そうとしたのかはわからないけど、殺しに来たという事実は変わらない。なら、その対処なんて決まってる。
右手で剣を構えつつ、左手はいつでも攻撃できるように種を取り出して軽く握っておく。
「まさか、聖女の他にこんな広範囲を浄化できる奴がいるなんてな。……ふざけんじゃねえよ、クソッタレがよおっ」
「ふざけてんのはどっちだよ。俺達はお前らに何もしてないだろうに。襲うならあっちの聖女か勇者を狙えよ」
勇者達はどうやら他の敵と戦っているようで、なかなかに苦戦している。まあ、勇者が本気で敵を殺そうとしないからだろうけど。
多分、本気でやれば一瞬で方がつくだろ。
そんな勇者達のことを顎で示してやったが、男は俺から視線を外すことなくこっちだけを鋭く睨んでいる。
「そんな奴らを狙ったところで、この程度じゃ殺すことなんざできやしねえだろうよ。『勇者』はガキでも、その力は本物だってのはさっきまでのでわかってる。他の『聖女』や『神盾』、『双魔』だって簡単に殺せるような相手じゃ——ねえ」
話をして油断させようと思ったのだろう。話している最中に飛び込んできた男の剣を受け止め、流し、反撃する。
この男も勇者に攻撃を仕掛けるだけあってなかなかに強いが、親父には及ばない。
あんな化け物相手に、実際に斬られながら稽古をしていれば、そんじょそこらの腕では苦戦なんてしない。
「でも俺みたいなガキなら余裕だ、ってか」
「くそ……くそっ! これじゃあ話がちげえじゃねえかよ!」
何度剣を振るっても防がれるせいで、男は苛立った様子で叫び、剣をふるう。
単純な技量だけであればいつまでも続けられると思うが、そう簡単な話では済まない。
「《斬撃》っ! これでっ——!?」
今まで回数を温存していたのか、スキルを使って来なかったが、いい加減焦れたようでスキルを使い、男の剣は俺の剣を切った。
だが……
「防ぐだけなら、鞘でも十分だろ?」
《斬撃》が宿るのはたった一瞬だけ。ただ一振りだけが強化された攻撃となるのであって、次やその次は元通りの普通の攻撃に戻る。
まあ、親父みたいな化け物なら、そのスキルが有効になってる一瞬の間に五回切ったりもするんだけど、流石にこいつはそこまでの技量はないみたいだ。あったら困る。
なので、剣は切られたものの、なら別のもので防げばそれでおしまいだ。
「このガキッ……! 《斬撃》!」
そうして男は再びスキルを使ってきたけど……うん。やっぱり、今まで見てきた他の奴らの《斬撃》よりも『圧』がない。
そう感じた理由は、ただこいつ自身の位階が低いって可能性もあるけど、多分そうじゃない。
こいつは《斬撃》を使えるような職を持っているみたいだが、多分それは副職の方なんだろう。だってこいつは、自分のことを『不名誉な職』だと言っていた。それは俺たちの言うところの『不遇職』と同じようなものだろうけど、《斬撃》が使えるような職は戦士としてやっていけるので『不遇』とは呼ばれない。
なのでこいつは、天職は不遇と呼ばれる何かで、副職の方を鍛えてきたんだろう。
天職に比べるとだいぶ効果が落ちるから副職だけを鍛えるのはお勧めしないけど、だがそれでも、なんの魔法的加工も施されていないただの鞘程度なら抵抗もなく切り裂くことくらいならできる。
「もう何もねえだろ!」
剣も鞘も無くなった俺に向かって、男は上段から剣を振り下ろす。
「《収穫》」
——が、その剣は突如俺の手の中に現れた死神の持つような大鎌によって防がれた。
「……なん、だよ。それ……」
俺みたいなガキが武具生成系のスキルを使ったからか、あるいは鎌を作るスキルなんてものがあることを知らなかったのか、なんにしても男は戦闘中であるにも関わらず目を見開いて驚きを見せた。
「何って、スキルに決まってんだろ」
「くっ……! 装備を作るスキルは最低でも第五位階以上のはずだろうが! なんだっててめえみてえなガキがっ……!」
男の剣を鎌で弾き、再び襲いかかってきた剣を同じように鎌で弾く。
何度も何度も金属をぶつけ合うような硬質な音が響くが、それは周囲の音に紛れて消えていく。
「そんなの、努力したからに決まってるだろ」
そんな攻防を繰り広げながら、俺は男の言葉に答えるために口を開く。
まあ、男としては俺に質問してきたんではなく、ほとんど独り言のようなものだったんだろうけど。
「ふざけんな! ガキが努力したところでたかが知れてんだよ! どんな反則してやがんだ!」
確かに俺みたいな二十にも満たないガキがこれほどまでに戦えるってのは、常識から考えるとおかしなことだってのは理解している。
でも、一つ言わせてほしい。
「ふざけんなはこっちのセリフだな。ガキが努力したところで? おいおい、努力するのに大人も子供も関係ないだろ? 確かに俺はあんたからしてみればまだまだガキだろうけど、あんたよりも努力してきたぞ」
俺はお前なんかよりも努力してきた。
生き残りたい。誰かを殺したい。強くなりたい。
そんな願いなんてなかった。ただ興味本位だった。必死な願いを抱いて力を求めているようなこいつらからすれば、ふざけていると思えるような理由だろう。
それでも、努力してきたという事実は確かだ。




