聖都に向かうと……
「これ、ほどとは……」
カノンは俺の言葉を聞くと再び村へと目を向けてつぶやいた。
そんなカノンとの話を聞いてようやく気を取り直すことができたようで、今度は勇者が驚いたように俺へと声をかけてきた。
「なっ!? 何が……おいっ、あれは……!」
なんか勇者が叫んでるけど、知らない。何で俺がお前なんかと話をしなくちゃいけないんだよ。そっちに聞きたいことがあるんだとしても、俺には聞きたいことなんて何もないし。
というわけで、俺は勇者のことは無視して馬車の中へと戻っていき、開け放った扉を閉めることにした。
勇者はなんだか文句を言っている気がするが、ただでさえ時間が押してるんだ。話があるんだったらせめて休憩の時にしてくれ。いやまあ、時間が押してるのって俺が勝手に動いたせいなんだけど、そこは気にしたらいけないことだ。
まあ、休憩時間に聞きにきたとしても、俺があいつの話を聞くかどうかは別だけど。
「——住民達へと告げる! その食物は我々からの施しだ! だが、それは一週間もすれば枯れる。それ以上が欲しいのなら、カラカスに行け。生き残れるだけの自信があれば、あの場所は飢えることなどなく暮らしていくことができる!」
と、俺が椅子に体を預けて一息ついていると、なんだか外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「カイル? ……あいつ、何やってんだ?」
聞き覚えのある声。その主は、俺の護衛であるはずのカイルだ。
なんでそんなところに、と思って馬車の中を見回してみたが、そこにカイルの姿はなく、やっぱりあれはカイル本人なんだろうと理解する。
でも、なんだってあんな風に叫んだりしてんだ?
「よう」
「おかえり。そういえばいなかったな」
村人宛のメッセージを叫び終えたカイルはこちらへと戻ってきたが、そんなカイルに俺はとぼけた調子で言葉を返す。
「ひでえ。馬車ん中なんて狭い空間なんだから、いなくなったことくらい気づけよ」
「でも、何も言われてないし。どこかに行くときはちゃんと伝えてくれないと分からないだろ」
「お前が言うことでもねえけどな」
確かに、何も言わずに走り出して好き勝手やり出した俺が言えることじゃないか。
「まあそれはそれとして、婆さんからの伝言だ。後始末くらいはこっちでやってやる、って。……多分、数人だけど村に潜り込ませてる」
後始末……確かにこのまま放っておいても村人は元の生活に戻るだけだ。元の飢え死にするまでどれだけ耐えられるか、なんてチキンレースをしなくちゃいけない日々に。
だからこそ俺だって手を出すべきか迷ったんだが、婆さんはその解決法として、住民達をカラカスへと向かわせることで、一時的な救済ではなくちゃんと生きていける選択肢を提示した。
これでカラカスへ行かなくても、それは村人達自身の選択の結果だ。もしここで拒絶して死んだとしても、生きる選択肢を与えたのにそれを捨てて死んだんだったら、俺だって特に何も思わずに済む。
気まぐれの一時的な見せかけの希望ではなく、ちゃんと命を繋ぐための本当の希望。
俺は何も言っていないのに察してくれた婆さんには頭が上がらない。……いや、もしかしたらカイルが聞きに行ったのか? どうすればいいのか、って。
だって、じゃないと一瞬とはいえそもそもカイルが護衛から外れてここから移動するってことがありえない。だから、カイルが自分の意思で俺の助けになる方法を婆さんに尋ねに行き、それを実行した、と考えた方が自然だろう。
チラリとカイルのことを見ると、どうだと言わんばかりの笑みを一瞬だけ浮かべてすぐに顔を逸らしたので、多分その考えは間違っていないだろう。
ただ、俺の希望通りの結果ではあるのだが、不満というかなんというか。まずいことが一つある。それは……
「聖女と盾男がすごい目でこっちを睨んでるけど? そっちの始末はしてくれないのか?」
「さあ? 俺はただ婆さんに言われたから叫んだだけで、その辺は護衛の仕事じゃないからな」
聖国の人間としては、こんなふうに勧誘されて人を奪われるのは気持ちの良いもんじゃないだろうから、そうやって睨んでくるのも仕方がないとは思う。
けど、ちゃんと国民を幸せにできていれば逃げられることもないんだから、自業自得だと思って諦めて欲しい。
……というか、最初の原因ってお前らが聖樹を切ったから起こった異変のせいだろ。本当に自業自得でしかないじゃねえか。
でもまあ、これでカラカスの人口がまた増えるな。
カラカスの首都とも言える『犯罪者の街カラカス』では増えないかもしれないが、その周辺の衛生都市は追加でやってくる人々で混乱するかもしれない。後で人を送って親父にでも手紙を出しておこう。まあ、もうばあさんが手を打ってるだろうけどな。何せ密偵を放って村に送り込ませたくらいだ。
……でも、そうだな。俺も送り込んでおくか。それで、他の村を回らせて、「カラカスでは食料が一杯だぞ〜」って誘導させるのはありかもしれないな。自国の強化と、敵国の弱体化。どっちも狙えるんだったらやらない手はないだろ。
それからまた数日ほど経過。
俺達は国境から首都まで半分ほどの地点にたどり着いたところだ。
その間勇者はしつこく俺に突っかかってきたけど、その全てをスルー。
いやまあ気持ちはわかるけどな? こんな枯れた大地にあんな緑を生み出したんだから、『勇者として行動している』こいつにとっては是が非でも欲しい力だろうよ。あの力を使えば、この異変の中でも大勢の人を救えるんだから。
「旅って、わかってたけど長いよな」
「あと二日ほどで聖都アルフレアに到着いたしますので、それまでの辛抱ですよ」
聖都アルフレアとは、まあ聞いてわかるだろうが聖国の首都だ。聖国だからって首都に『聖都』なんてつけるのはちょっとセンスが……と思わないでもないが、わかりやすいことはわかりやすいし、宗教の象徴、総本山としてはある程度は効果があるだろう。
でも、俺だったら『魔都』とでもつけるのか? ……それはなんか嫌だなぁ。
「止まって!」
なんて、どうでもいいことを考えていると、今までお気楽に寝ていたはずのリリアが突然目を覚まして飛び起きながら叫んだ。
「どうした、リリア?」
「……なにこれ。え? なんでこんなことになってるの?」
何があったのか問いかけても答えが返ってこないが、今の様子からして何かしらの異常が起きたことには間違いはないと判断し、とりあえず馬車を止めさせることにした。
「おい、なにがあった?」
「あんた、わからないの? ここ、すっごい気持ち悪い嫌な感じがするわよ」
リリアの方を掴んでこっちを見つめさせてから問いかけると、リリアは盛大に顔を顰めた状態で、本当に気分が悪そうな声で話した。
だが、リリアが何でこんなことになっているのか俺にはわからない。
でも明らかな異常が起きているのは確かで、こいつが〝こう〟なら他のエルフ達はどうなってるんだ、と確かめようとしたところで、俺はフローラの存在を思い出した。
「フローラは!?」
「……うぅ」
うろーらもリリアと同じで基本的には馬車の中で横になって寝ていただけなのだが、今はすごくうなされている。
「おいフローラ! 起きろ! 大丈夫か!?」
「うぅ……ナー……?」
俺が体を揺すって起こしてやると、フローラは小さく声を漏らしながら抱きついてきた。
それは普段のように甘えるものではなく、怖いとか寂しいとか、そういった理由からの切実さのあるものだった。
「どうかされましたか?」
そんなフローラから話を聞く前に、まずは安心させようと抱きしめてあやしていると、馬車が止まったことで俺達に事情を聞きに来たのだろう。カノン率いる勇者一行が姿を見せた。
「仲間の様子がおかしい。何か異変を感じ取ったみたいだ」
「異変、ですか。それは例の植物に関する?」
「かもしれないが、わからない。だが違うかもしれない」
「私達に何かできることはございますか? 体調が悪いようでしたら、私が治癒魔法を使えますし、呪いの類でしたら光魔法で解呪できますが」
カノンはそういって提案してきたが、こいつらの手を借りるつもりはない。貸しを作ることになるし、治療と称して何か細工をされでもしたらたまったものでもない。
それに、こっちにはリリアがいる。こいつは『光魔法師』で『治癒魔法師』だから、カノンにできることはリリアもできる。
今は気分悪そうにしているが、それでもスキルを使うくらいなら問題ないだろうし、自分に使って治るようなら他の奴にも使って貰えばいい。
リリアがやって治らないようならカノンがやっても治らないわけで、やっぱり手を貸してもらう必要はない。
「いらん。そんなのは両方とも持ってる奴がいる」
だが、俺がそう言うとカノンの目がスッと細められた。
その反応が気にはなったが、今はそんな状況ではないのだと自分に言い聞かせ、俺はそんな反応を特に気にかけることなく無視した。
「それは真でしょうか?」
だがそれでもカノンはよほど気になるのか、さらに問いかけてきた。
何だこいつ。そんなに『治癒魔法師』と『光魔法師』を持っている奴のことが気になるのか?
確かにどっちも珍しい天職だし、それを同時に持っているとなるとさらにめずらしくなるだろう。
ああ、そういえば聖女の条件がどっちかを持っていることで、カノンは両方とも持っているからたくさんの聖女候補の中から聖女として選ばれた、みたいな話は聞いていたな。聞いていた、といってもカノン本人ではなく部下からの報告でだけど。
そうすると、敵愾心か? レアな天職を二つも持っている自分はすごいんだ、なんてプライドが傷つけられたとか?
だとしたらこの聖女もだいぶ俗物だな。わかっていたことだけど。
「嘘ついてどうなるってんだよ。あんたらは馬車に戻って何か異常が起きても対処できるように固まってろ」
「……承知いたしました」
まだ何か言いたいことはあったんだろうが、それでも食い下がったところで俺の気分を害するだけだと理解しているんだろう。カノンは勇者達を連れて自分たちの馬車へと戻っていった。




