魔王からの嫌がらせ、あるいは祝福
俺が言葉遣いを改めたからか、カノンは訝しげに眉を寄せてこちらを見ている。
まるで俺が何か自分達にとって都合の悪いことを言い出すのではないかと構えている様子だが……そんなに心配するな。お前らにとって、そう悪い話じゃないだろうから。
実際、言葉遣いを改めたのだって特に意味はない。何かを企んでいるというわけではなく、ただ気分的に改めただけ。
まあ、少しはまともな話をするんだから、俺が何かを企んでいると考えたとしても間違いではないか。
「いえ。ただ、追加の人員をこちらに呼んでも構わないか、という提案です。あの村のように飢えている者たちは多くいることでしょう。ですので、追加の食料を運ばせるために、商人たちをこちらへと呼びたいのですが、いかがでしょう?」
それができるのなら、この場所ではあの少年みたいなやつは減るだろうし、今後俺達が聖国に食料を卸す際の拠点として顔合わせをさせることができる。
ついでに、あの少年をカラカスまで連れて行くこともできるかもしれない。まあその辺はあの少年の意思次第だけど。
だが、まだ拠点の整備まではやらない。聖国との話し合い次第ではここから引き払うことになるんだから、今から整備したところで無駄になるかもしれないからな。
普通ならこの状況で俺たちの話を蹴ったり、俺たちを不快にさせたりするようなことはないんだろうけど、それはあくまでも『普通なら』の話だ。
前にこの聖女様が「タダで食物をよこせ」と言ってきたように、今までの立場のせいで勘違いして上から目線で何かを言ってくることは十分に考えられる。
その場合は、今持っていっている食料は渡すことになるかもしれないが、その後の継続的な取引は行われなくなり、俺たちはこの国から完全に手を引くことになる。
もっとも、その場合はこの国は数年後には消えてるだろうけど、その時はその時で、消えた後に俺達が手に入れればいい。
その時に生き残っている住民達には無償の食料を与え、異変も自分たちで解決すればいいだけだし。
だが、この聖女は頷かないだろうな、と思っている。だって、今でさえ千人なんで大人数をこの国に入れているんだ。さらに追加となったら、『正義の国』としては頷けないだろう。
「……それは、ありがたいお話ですが、申し訳ありません。行うにしても、まずは聖都にて教皇様にお伺いをたててからとさせてください」
「……承知いたしました」
予想通りカノンは俺の言葉に頷くことはしなかった。
だがそれは仕方ないことだろう。そもそもが、断られる予想ができてたことなんだから、さしたる問題はない。
ただ、このまま終わるわけでもない。
「でしたら、食料をあのもの達に分けても良いでしょうか」
「食料を? ……今回の食料はあなた方の用意したものですので強く言うことはできませんが、できることならば避けてもらいたいところですね。すでに聖都には今回の物資の総量は伝えてありますので、向こうもそのつもりでいるでしょう。ここで無闇にばら撒きを行えば、彼らの計算とズレが生じて面倒なことになります。あなた方としても、無用な恨みを買いたくはないかと思われますが……」
俺たちは今聖国の首都に食料を持って行っているが、これはあくまでも『商品』だぞ? これから交渉があって、合意できて初めて受け渡しとなるのに、まだ手に入れていないものの使い道を決めるとか……まあこの様子を見るとそれなりに切羽詰まった状態だろうし、仕方ないのかもしれないな。
そして、その使い道とは政争に使われることになるだろうから、予定よりも減った場合、受け取れるはずだった者から恨まれる可能性は考えられる。
俺たちを恨むようなことでもないと思うし、むしろ少しであろうと食料を持ってきてくれたんだからありがたがるべきだろうとも思うが、人間なんてそんなもんか。
ただ、その辺は問題ない。
「ああ、それは安心してください。そちらに渡す分の食料は減らしません。減るにしても、こちらの手持ち分です」
「それであれば構いませんが……」
カノンは一瞬だけ俺から視線を外してチラリと村の方を見た。
そこに何を思ったのかは分からないが、再びこちらへと視線を戻してから口を開いた。
「その場合はあなたがたが独断でやったこととし、請求されたところでこちらからはなんの報酬も出すことはできませんが、それでもよろしいですか?」
カノンとしては、勝手に助けて後から金をふっかけてくるとでも思っているのか、そんな忠告をしてきた。
だが、俺としては別にそれで構わない。これは元々予定にはなかった行いで、ただ俺がやりたいからそうするだけなんだから。
金なんてもらえなくても、許可さえもらえればそれで構わないのだ。
「ええ、それで構いません。報酬がないということは、なんの柵もないということですし。後腐れなくいられますから」
「待ってください。何をされるつもりですか?」
俺が「後腐れなく」なんて言ったからかカノンはピクリと眉を顰め、少し慌てた様子で声をかけてきた。
「何って、言ったじゃないですか。——食料を分けるんだ、ってさ」
そんなカノンの言葉にニヤッと笑ってみせると、俺は馬車のドアを開け放ち、再び馬車の外へと出ていった。
あの子供が食料を奪われても、それはあいつ自身の責任だ。だから奪ったやつに仕返しはしない。……でも、これくらいはいいだろう。
——《播種》。
《保存》から取り出した種は俺の手のひらから溢れ落ち、放たれた。
放たれた種は俺の設定した地点に到達すると地面へと突き刺さり、埋まっていった。
その場所は村からさほど離れていない場所で、少し歩けばあの少年が倒れていたところまでいけるところだ。
そのついでに何人か見覚えのある者らの手足の一部に種が入ってしまったかもしれないが、事故だ。許せ。
村から悲鳴が聞こえてくるが、俺がこれからすることに比べれば些細なことで、どうせ誰も気にもとめなくなるだろうし、まあ大したことではないな。
——《生長》。
種をばら撒いて終わりなはずがない、いつものようにスキルを重ねることで、ばら撒いた種を発芽させ、収穫ができるほどまでに大きくする。
十数秒もすれば、先ほどまで種だった植物達は見事に生長しきり、たわわと実をつけた。
一面に広がる緑。そこには穀物だけではなく芋や果物、香辛料まで揃っている。
土壌の状態だとか気候だとか関係なしに雑多な植物が生えているそこは、まるで天国や楽園と呼ばれてもおかしくないのではないだろうかと思える。
本来、普通に育てる場合はこんなことはできないんだが、そこは神様の御力とも言われているスキルがあればどうとでも。
まあそれでも数日もすればスキルの影響が切れて一部は枯れるだろうし、今の状況だともしかしたら全部枯れるかもしれない。
それでも、今の飢えを凌ぐだけなら何とかなるだろうし、しばらくの間の備蓄もできるだろう。
こんなことをして何か意味があるのか、とも思ったが、まあちょっとした施しと、ちょっとした嫌がらせだ。
誰かから奪ってまで手に入れたものなのに、こうも周りに溢れると「自分の苦労は……」と徒労感を感じるだろう。害はないし、それどころか恩となるだろう。ただ少しだけ、あの少年を傷つけた奴が嫌な思いをするだけ。だから嫌がらせ。
こんなことをすれば、俺の能力はカノンを通じて聖国へと伝えられることとなるだろう。リスクがあって、リターンがない。
でも、こうしたいと思ったんだ。したいと思ったのに、いろんな理由で辞めたとあっては、それは俺ではない。
やりたいことをやりたいように。なんとも『魔王らしい在り方』だろ?
俺はやることを終えると満足して一つ頷き、村の様子を眺めていた。
村では何があったのか分からずに混乱したような叫びが聞こえてきたが、たわわと実をつけた植物達の元へと近寄っていた一人の村人が現れ、その後に続くようにぞろぞろと人が集まっていった。
そして、恐る恐ると実を採るとそれを齧り、一心不乱に食べ始めた。
「何を……されたのですか?」
その最初の村人の後に続いて食べ始めた村人達の様子を見ていると、カノンが声で問いかけてきた。だが、かけられた声も、普段のはっきりとしたものではなく、無理やり絞り出したような、掠れた小さなものだった。
スッとそちらへと顔を向けると、カノンの顔は驚きに染まっていた。いや、カノンだけではない。勇者一行達全員はまるで信じられないものを見たかと言うかのようにそれぞれが驚きを露わにしている。
まあ、こんな光景を見せられれば、驚いても無理はないだろうな。何せ、先ほどまで荒野となっていた大事が突然緑で溢れることになったんだから。
それはただ〝すごいことをした〟と驚くだけではない。
普通の状態だったら、その辺にある植物に働きかけて育てることができるだろう。それは俺でなくてもそれなりに高位の『植物魔法師』か、まあこっちはいないだろうけど高位の『農家』あたりがいればどうにかできることだ。
だが、今は違う。今のこの国では植物が全く育たないと言う状況になっている。それはスキルを使ってもそうだし、薬なんかも使ってもダメだっただろう。できることは何だって試したはずだ。——でも育たなかった。
そんな中で俺がこうも容易く植物を育てて見せたんだから、ただ単に〝驚く〟なんてものではすまないだろう。
「何って、スキルだよ。見てたんだろ? まあ、こんな状況だ。三、四日もあれば枯れるだろうけどな」




