勇者:魔王と会った翌日
・勇者
魔王と会った……いや、そう呼ばれている青年と会った翌日。俺は窓から差し込む日差しで目が覚めた。
花園と呼ばれているこの街で宿を取った俺たちだったが、その宿は魔王が教えてくれた場所だとわかったので泊まる場所を変えようかとも話が出た。
だが、今まで特に被害もなかったし、むしろ今の俺たちの状況ではここに泊まっている事が安全に繋がるのではないか、という結論になって結局はこの宿に泊まり続けている。
実際、紹介してくれた人物に不安がある事を除けば、宿の設備はいいし、接客もまともだ。料金は相場の三倍くらいして高いけど、他の宿では高いところだと十倍近いところもあったのでまだ良心的な部類だろう。むしろ、ふかふかな寝具やはっきりとした味のある料理の質を考えれば、相場通りといってもいいかも知れない。
話して見た感じだと、あの魔王は……なんというか、魔王らしくない。
確かに、人を傷つけることを戸惑わないみたいだし、誰かを救おうともせず他人の不幸を笑うようなやつだ。でも、その言葉は理解できないわけではなかった。魔王とは言われているが、『王』とはあんなものだと言われれば、そうかも知れないと納得できる部分がある程度にはまともだった。
……訓練でもしようか。体を動かしていれば、多少なりとも気分が晴れるだろう。
そう思ってベッドから起きて着替え始めたが、隣のベッドを見るとそこに寝ていたはずのダラドがいなかった。どこに行ったんだろう?
ダラドも訓練に行ったんだろうか? そう思ってひとまず宿の外に出て剣を振っていたのだが、結局ダラドと会うことはなかった。
「カノン。いるか?」
「ん〜? あー、うん。おはよー……」
軽い訓練を終えて朝食の時間になったのだが、それでもまだダラドの姿を見ることはできなかった。
その行方を尋ねるのと、朝食に誘うために俺はカノンとリナの部屋に向かったのだが、出てきたのはカノンではなく寝ぼけた様子のリナだった。
……おかしいな。普段ならリナではなくカノンがこういう事に対応するんだけど……。
「まだ寝てたのか……。いや、それよりも、ダラドがどこにいるか知らないか? それから、カノンはどうしたんだ?」
「カノン〜? ……あー、そういえばいないわねー。……あ、ちょっと待って。なんかあるわ」
リナは目を擦ってから一旦部屋の中へと戻って見回すと、何かを見つけたようでそちらに向かっていった。
その見つけた何かを手にして戻ってきたリナだったが、その手にあったのは一枚の紙だった。
「どうやら街の様子を見に行ったみたいよ。少しでも情報を集めたいんでしょうね」
その書き置きの紙を読んだ後、リナはその紙を俺に差し出してきたが、確かにこれはカノンの字だな。どうやらダラドはカノンの護衛として一緒について行ったようだ。
でも……
「なんで俺達には何も言わずに行ったんだ……」
情報集めが必要だってのもわかるし、護衛が必要だというのもわかる。でも、それだったら全員で行動したほうが良かったんじゃないだろうか? それならどんなに危険があっても切り抜けることができるし、二人だけの状態よりも安全のはずだ。
「さあ? 私は寝てたからじゃないかしら? 呼ばれてもいかなかったかも知れないし。ユウキは……まあ目立つと思ったんじゃない? 喧嘩を止めるために乱入とかされたら困るし。……するでしょ?」
……絶対にしないとは言い切れない。
この街——花園ではそれほど危険なことは起こっていないし、一見すると普通の街に見える。
けど、よく見てみるとそこら中にいかにもな浮浪者がいるし、怒声や罵声も聞こえてくる。
いくら『お客様用』なんて言っても、所詮はカラカスの一部ということなんだろう。
外から来た『お客様』は襲われないとは言っても、それは『お客様』だけだ。そうではない住民達の間では盗みや喧嘩は頻繁にある、らしい。
だから、そんな現場に遭遇したら、それも相手がまだ幼い子供だったら、俺は止めに入るかも知れない。たとえそれが隠密行動中なんだったとしても。
……でも、それはそれとして、二人の行方はわかったけど、じゃあ俺はどうしようか?
「リナはこの後どうするんだ?」
「そうねー。もう一回寝てもいいけれど……せっかくだし、これまで買った道具を使ってなんか作ろうかしらね。違法薬物とか、聖国に戻るときに持ってたら没収されるかも知れないし、ここで使って別物に変えればなんの問題もなくなるもの」
そういえば、なんか大量に買ってたな。買ってただけで何かに使ったって話は聞いてなかったから忘れてたけど、やっぱりそんなものを持ち帰ったら捕まるよな。
リナの場合は俺の仲間だってこともあって捕まるまではないかも知れないけど、破棄するように命じられることはあるかも知れない。
「違法薬物って……大丈夫なのか? 何かおかしな効果があったりとかは……」
「あー、大丈夫よ。前に扱ったことあったし、失敗しても体に害があるようなものじゃないわ」
俺の知っている薬物っていうのは依存性があったり幻覚作用があるとかそういうものだけど、どうやら大丈夫のようだ。まあ、第十位階の魔法使いだし、そのあたりのことにも精通しているんだろう。
「そうか。……でも、じゃあ俺はどうしようかな」
「ユウキも街を見てまわったら? どうせやることないんでしょ? あの魔王様からも適当に観光でもしてろってくれちゃったし」
リナはどうでも良さそうな様子で気怠げにそう言ってきたが、観光か……。
「そう、だな。ああ、そうするよ」
他にやることがあるわけでもないし、俺はリナの言葉に頷くと改めてこの花園という場所を見て回ることにした。
「……改めて見るけど、そんなに酷いわけじゃないんだよな」
宿を出て一人で花園と呼ばれているこの街を見学していく。カラカスの本街の方に行こうかとも思ったけど、あそこまでは少し距離があるし、一人で行くような場所でもないので今はやめておいた。
そんなわけで、今は花園を歩いているんだが、改めて見ても思っていたほど『犯罪者の街』という感じはしない。ただ、それでもどこか普通の街とは違っているようで、異様だなと感じることはある。
例えば、全体的に空気が澱んでいること。これは多分普通の街では扱わないようなものがあるためそう感じるんだろう。
それに、奥まったところでもなんでもない普通の通りに面したところに、煙草を吸うためのバーなんかもあるし、そこでは薬なんかも吸えるらしいからそういったことも関係しているはずだ。
他には、歩いている者の違いがある。
通りを歩いているのはフードなんかで姿を隠しているものや、仮面をつけているもの、あるいはいかにもお金を持っていそうな風体の者がほとんどだ。たまに普通の者も歩いているけど、それはごく少数。
後は……ああ。これもさっきの歩いている者に関することに近いけど、全員が武器を持っている。これは住民だろうと外部のものだろうと変わらない。誰もが何かしらの武器を持っている。一見何もないように見えても、よく見るとナイフを隠してあったり、魔法具を身につけていたりする。これは護身用と考えれば当然と言えば当然かもしれないけど、普通の街では全員が武器を持つなんてことはないので、異様さが感じられるんだろう。
「すいません、これ一つください」
「はいよ」
その辺にあった屋台の一つに寄り、軽く何かを食べようと注文をすると、店主が手を出してきたのでお金を渡す。
ここで一つ注意しなければならないことがある。頼むときの鉄則として、まともな店以外で肉料理は頼んではいけないというものだ。
それがどうしてかというと、ここでは肉を頼むと、それに人肉が使われていることがあると言われたのだ。
場所柄人がよく死ぬが、それをただ捨てるんではもったいない。だから、使えるんだったら金に変えた方がいいだろう、なんて考えるものもいるのだという。
それが嘘か誠かはわからないけど、その可能性は大いに考えられるので俺はここで肉料理を頼むことをやめた。
でも代わりに植物由来のものは普通の街よりも美味しいので、困るということはない。肉も、大豆ミートみたいなのを作っているみたいで、思ったよりもどっしりした感じもある。
宿の食事に出てくるデザートだって、ただ切られただけの果物が出てくるけど、それでも十分に美味しいと感じられるので不満はない。
というよりも、そもそも宿の食事程度に果物がデザートとしてついてくるだなんて、この世界での常識から考えると珍しいものだ。でもこの街では当たり前のように出されているものだという。
周囲の国や人々からの評価は低いのに、ここでの生活は他の場所よりも豊かで幸せなもののように感じられた。
少々物価が高いのはアレだけど、それだって頑張って稼げば支払うことができる程度のもの。俺が住もうと思えば問題なく暮らしていけるだろう。
……ただ、金銭的には暮らしていけるだろうけど、常識や倫理感的には暮らしていけるのかと言われると、多分無理だ。
でも豊かであることは事実で、今異変が起きている聖国よりもよっぽど素晴らしい場所だと言えるかもしれない。……いや、もしかしたら異変が起きていなくても聖国よりも素晴らしいと言える可能性が——




