〝元〟巨人の今
溜め池事件は終わったが、それ以外にもまだまだ問題はある。
リリア関係のことがなかったとしても、面倒が亡くなるのかといえばそんなことはないのだ。
「——ん? ……んー、困ったな」
俺は手元にある書類を見ていたのだが、ふとそんな事を口にしていた。
「どうかされましたか?」
「ちょっとな。苦情というか文句というか……」
ソフィアの問いかけに、ペンを置いて伸びをしながら答える。
「お前に対して文句? 借金で首が回らなくなったとか、どっかやばいところに手を出したとかか?」
「ああ、なるほど。どうしても死にたくなったけど、自分で死ぬのは怖い人が殺してもらおうとしたんですね」
「なんで苦情を言ってくるのが自殺志願者限定なんだよ。そうじゃなくて普通に街のことで意見書が来てんだよ」
俺に苦情を言ってきたことがそんなにおかしなことなのか、カイルが物騒な事を言い、ベルがそれに同意した。
だが、自殺したいから嘆願書を出してくるなんて嫌すぎる。俺はどんなふうに思われてんだよ。……いや、カラカスのボスだと考えれば、あながち間違いでもないのか? 前にいた西のボスであったアイザックなんかは意見したら殺された奴もいるっぽいし。
でも、残念ながら今回はそんな自殺志願者なんて存在しない。俺のところに来たのは普通の嘆願書だ。
「どのようなものでしょうか?」
「ほら、今って花園の入り口に巨人置いてあるだろ?」
王国を襲っていた二体の巨人のうちの一体。それは俺が頭に寄生樹を植えて好きに動かせるようにしたんだが、現在は持ち帰ってきて花園の近くに置いてある。近くというか、正面?
「ああ。あの毎日格好が変わってる不気味なやつな。なんであんな感じにしたんだ?」
カイルの言ったように、持って帰ってきた巨人はなぜか毎日ポーズが変わっているのだ。
だが、それは決して俺が指示を出したわけじゃない。頭に植っているのが植物であり、その意思を受けて動くため、自由に動ける自分の体を手に入れた植物達が面白がってポーズを変えているのだ。
……フローラとリリアも絡んでるらしいけど、主導は寄生樹達なので何も言えない。
「別に毎日ポーズ変えてんのは俺のせいじゃないけど、それだ。正直置き場所なくって門の前に置いておいたんだけど、あそこに置いておくと客が怖がるから退けてほしいって要望がな」
俺としては毎日ポーズが変わったところで、「ああ、今日はそんな感じなのか」くらいにしか思わないからこそ今まで放置していたのだが、こうして苦情が来た以上は考えないといけない。
「確かに、カラカスの者達であっても初めて見た時は驚いたようですし、ただの商人となれば、驚く程度では済まないでしょう」
「そうですね。あれ、威圧感がすごいですし、戦闘系の天職を鍛えてる人じゃないと厳しいものがあるかもしれないですよね」
「……? あれって、そんな威圧感とかあったか? 見た目が樹木に覆われた巨人でキモいってだけで、別に普通じゃないか?」
「お前を基準で考えるなって、魔王様」
あの巨人は今の状態だと木が絡み付いて頭に真っ赤な花を咲かせている姿だから、確かに見た目はキモい。
だが所詮は見た目だけで、実害と呼べるものはないと思っていたのだが、どうやらダメだったらしい。
「それで巨人ですが、あそこに置いておけないということは、移されるのでしょうか?」
そう問いかけてきたソフィアの言葉に頷きつつ答えるが、少し残念だなと思ってしまう。
「できることなら門の前に置いておきたいんだけどな……。そうすれば目立つし観光施設みたいになっていいかなって」
「あんなの観光するやついねえよ」
「そもそもこの街で観光って必要ですか? 誰も観光のためにここに来ないと思いますけど……」
「いやほら、そもそもここにくるやつ自体少ないし、話題の種にでもなれば集客になるかなって」
ベルとカイルはボロクソ言っているが、俺にもちょっとした考えがあったのだ。考えというか、思いつきのようなどうでもいいようなものだけど。
今のこの花園は客の受け入れをしているが、まだまだくる人は限られている。当然だ。ここは〝あの〟カラカスだからな。客の出入りができるようになってからまだ一年も経ってないんだから、そんなにこなくてもおかしくない。
けど、それでも客集めの一助になればと観光地のようにするため、あえて巨人を隠さずに入り口に置いたのだ。
ほら、入り口に巨大な石像とかあったらかっこいいだろ?
「怖くて客離れにつながるから要望書が来てんだろ」
ごもっとも。
「仕方ない。場所を変えるとするか」
「一応お聞きしますが、処理するつもりはないのでしょうか?」
「処理って言っても、あれでも戦力になるからな。防衛を考えれば必要だろ」
ソフィアの言葉に首を横に振りながら答える。スキルは使えないとはいえ、あれでも戦力になるからな。できるなら残しておきたい。
そもそも、この程度で処理するつもりならわざわざこんなところまで巨人を連れてきたりしない。あの時王城でプチっとやっておしまいだった。
「でも、あれスキルも使えねえんだろ? 普通に住民が戦った方が強くねえか?」
確かにこの街の住民達は強いし、普通に軍隊を相手に戦ってもそれなりに成果を出すことができるだろう。
だがそれはそれとして、別で戦力があってもいいと思う。
「バッカ、カイル。大きいってのはそれだけで強いんだぞ。お前空からあの大きさの物体が落下してきたらどうするよ。迎撃はできても、スキルは無駄に使うし、周囲に仲間がいれば余波でダメージ喰らうだろ? そもそも普通の相手じゃ迎撃もできないはずだ」
「まあ、そうだな。どうにかできねえわけじゃねえけど、無傷でできるかどうかは怪しいだろうな」
大きいってのはそれだけで厄介な武器になる。すごく単純に考えると、重さ×速さ=威力なんだから、大きくて重いものは強いに決まってる。
それに、敵が迎撃するにしても、威力だけなら相殺することができたとしても、完全に消し切ることは難しく、壊した破片があたりに散らばりでもしたら厄介だ。
なので、結構使えるわけだ。なので残しておきたい。
「そんなわけで、移動させるつもりだけど、どこがいいと思う?」
そう問いかけながらその場にいる三人を見回す。
「こちらではだめだとしても、カラカス本街の方であれば受け入れられると思います。あちらは半端な者は寄り付きませんので」
そう言ったのはソフィアだ。
確かに、一般人のくる花園ではなく、それなりに力あるものが来るカラカスの方であれば巨人の気配程度では何も言わないかもしれないな。
「あとは東の森に滞在させる、とかでしょうか? あちらならば街から離れてますし、商人達に警戒されるようなこともないと思います」
次に口を開いたのはベルだ。
この街の東に行けば、ほとんど人の手が入っていない森がある。そこならば、巨人がいたところで誰も騒がないだろう。そもそも人がいないわけだし。
「ですがベル。その場合ですと、国境が近くなりますので、巨人が配置された事を知れば敵対行動と取られかねません」
「うーん。主要な道から外れたところに配置しておけば大丈夫じゃないかなぁ。多分だけど、座らせておけばそこまで目立たないし見つからないと思うよ」
「私もそう思いますが、最悪を考えて行動すべきです」
しかし、人は騒がないかもしれないが、問題がないわけでもなく、ソフィアとベルがそんなふうに話をしている。
「カイル、お前はなんかないのか? 目立たずに置いておけるような案は」
そして最後に、まだ意見を言っていないカイルに顔を向けて問いかけた。
「目立たずにって言っても、あれでっけえからなあ。屈んでも街壁を越えるような高さだと、隠しようがねえだろ。それでも隠すんだったら……寝かせるとか、地面に埋めるとかか?」
「地面に埋めるって……その発想はなかったな。いやー、そんな事を思いつくなんて、俺の従者は優秀だなあ」
「明らかにバカにしてんだろ、クソッタレ魔王」
そんな軽口を交わしていると、今度は逆にカイルの方から問いがかけられた。
「お前はなんかないのか?」
「ん? んー……面白さを求めるなら、カラカスの領土内を巡回させるとか? 多分半端な外敵は寄ってこないぞ」
国内を巨人が巡回しているとなれば、下手な武装勢力はカラカスを離れていくだろう。だって下手に目をつけられたら死ぬし。
「一般の者も寄ってこなくなると思いますけど」
「それに、万が一にでも寄生樹が種をばら撒いたら大変なことになってしまいますよ」
「あー、確かに。それはあるかもな。くしゃみ感覚でついうっかり種を撒かれる事は否定できない」
「怖すぎるうっかりだな。絶対にやめろよ? っつか、そもそもあんなもんの使い方で面白さを求めんなよ」
「人生には娯楽が大事だろ? 楽しい事を考えたくなる時だってあるんだよ」
「お前、だんだんリリアに似てきてねえか?」
「……俺が、リリアに? ……待て。それは嘘だろ」
リリアに似ていると言われ、愕然としてしまう。
……そんなにリリアに似てきただろうか? それは……なんかちょっとやだな。
「良し、真面目に考えよう。……と言っても、今の案だと森に置く、ってのが一番現実的だよな。カラカスだと文句は言われなくても不満は溜まるだろうし」
巨人の威圧感でもビビらないとはいえ、常にそんな物を感じていたら不満はたまるに決まってる。
そうなったとしても問題ないとは思うが、その不満が極まれば襲撃を仕掛けてきかねないのがカラカスだ。なんだあのでかいのは。ふざけんなっ、ってね。
だから、森に隠しておくのが一番マシと言うかまともな選択だと思う。
「でも、ただ森に置くだけだと問題があるってのもその通りだと思うわけで、カイルの意見を合わせようと思う」
「俺の? 埋めるってやつか?」
「そう。正確には地面を掘って窪地を作るんだよ。で、そこに座らせて背が森から出ないようにしておく。そうすれば、見つかりづらくなるし、戦力として使いたい時が来たらすぐに動かせる。仮に敵が攻めてきたとしても、横から奇襲を仕掛ける事だってできる」
「なら、それで決まりだな」
巨人の今後について決まったことで三人は頷いたが、だがまだ決めないといけないことがあるんだよなあ。
「ただ問題もあって、どっちに配置しようかなってな」
「どっちとは……ああ、聖国とバストークの二つですか」
「そうだ。攻めてきた時の対抗策として使うんだったら、それように場所を考えて配置するべきだろ? どっちを主眼に置いて考えるべきかなって」
「「聖国ですね」」
「聖国だな」
俺の言葉に対して、三人の答えが重なった。
けど、それは予想外ってことではなく、むしろ予想通りだ。
「……やっぱりそっちか」
「当然だろ。バストークなんて軍を出されたところで、潰そうと思えば潰せるけど、聖国は第十位階を何人も囲ってるし、教義的に俺たちを目の敵にしてる。ついでに、今は勇者だっているんだ。戦力的にも攻め込んでくる可能性的にも、聖国に備えるべきだ」
俺の呟きにカイルが答えるが、まあそうだよなとしかいえない。
「まあ、だよな。んじゃまあ、巨人は聖国用に森の中に隠しておくか」
そうして、〝元〟巨人は聖国との間にある森に隠すことに決まった。
でも、移動させただけでも騒ぎになるだろうな。だって巨人だし。
……仕方ない。面倒だけど夜中のうちにやるしかないか。




