日常編の次
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ここしばらくはそんなふうにリリアに引っ掻き回されたり、自分の仕事をしたり植物の研究をしたりしつつも、割と平穏と言って差し支えない日常を送っていた。
「——魔王が移動した?」
だが、花園の館にいた俺のところに、カラカスの館にこいと親父から連絡が入ったのだが、そうして向かってみるとそんなことを言われたのだった。
そういえばまだ魔王云々の話は終わってなかったな。俺からしてみれば特に騒ぎもなかったし、地理的に関係なかったから対して気になるものでもなかった。ぶっちゃけ対岸の火事だ。
何せ異世界からやってきた勇者様が正義の仲間を引き連れて退治に向かったんだ。だからどうせそのうち勝って終わるだろうなと思ってたし、気になることといったらそれがいつ終わるのかってことくらいだった。後は勇者様御一行のその後の予定くらいだが、どのみち魔王を討伐した後の話だったので、魔王との戦いがいつ終わるのかは気になっても魔王との戦いその物はどうでもよかった。
だが、逃げられたとなると話が変わる。逃げた後、魔王がどうするのかによってこちらのとるべき動きも変わってくるからだ。逃げてどこか別の場所に行くのか、それとも止まって復讐するのか、はたまた海に逃げて勢力を整えるのか……どれを選ぶかによって色々と変わってくる。
「ああ。情報だと勇者が傷を負わせて連合軍が追い立てたことで逃げ出したらしいんだが……どうにもな」
にしても、逃げられたのか。まったく面倒な……。
確かに海棲系の魔物が魔王化したのであれば、主戦場は海になるし、陸で強い勇者であっても全力で戦えるのか、互角に戦えるのか、というと微妙なところだろう。
だが、それでも魔王と直接対峙したのなら倒せよ。もう何ヶ月無駄に戦ってんだ? 俺や親父なら多分普通に殺すことができるぞ。実は勇者ってそんなに強く無いのか?
まあ勇者の強さ云々は放っておくとしても、今は親父の態度がちょっと気になるな。
「なににそんな迷ってんだ?」
「魔王は傷を負ったっつってもそんな深いもんじゃなかったのか、南でドンパチやってた場所から海岸沿いに東に移動してんだよ」
「海岸沿いに東ってことは……聖国に向かってるのか?」
どうやら魔王は南の主戦場となっていた場所から逃げ出して東に向かっているのだと言う。
聖国ってのはこの国の東にある国で、正式名称は聖法神国スレイズ。天職の元になっている神の欠片の更に大本の神様を祀っている宗教国家で、一般的には正義の国だ。
そんなんだからこのカラカスとは仲が悪く、昔にザヴィート国がカラカスを潰そうとしたときに一緒に軍を派遣したらしい。ついでに聖国の北にある隣国からもな。
結果としては今のカラカスがある時点でお察しだが、まあそうやってこの場所と敵対している国だ。
後は特筆すべきは——勇者様召喚の儀式を行なっている国だってことだな。
勇者召喚。それは異世界から人を誘拐し、口車に乗せて自分たちの都合の良いように使う一生帰ることのできず、罪にも問われない人攫いだ。
しかし、昔の俺はそのことに一つ疑問を持ったことがある。
天職なんてもんがあって人外の化け物と呼べるような強者がいる世界で、わざわざ他の世界——それも異能のない世界から人を連れてくるのかと疑問に思ったこともあったが、その答えはちゃんとあった。
なんでそんなもんをする必要があるのか、と言ったら、天職だ。
天職は生まれながらに変わらない。だが、それは〝この世界の者であれば〟だ。異世界から来た際には天職なんてないんだから、新たに与えられることになる。そしてそれは強力な天職である可能性が高い。戦闘系の素養が高い人間を探して連れてくるらしいが、それに加えて世界間を移動したことによる影響が云々で、より強い力が与えられる可能性があるんだとか。絶対に『勇者』が出てくるわけでも無いっぽいが、だとしても強い職を持った者が来るのは確定している。
ぶっちゃけるとガチャだ。ただしSSR以上のみ排出、最高はLR。みたいな感じだと思えばいいだろう。
「そうなるな。まあ魔王自身はどこに向かってるのか、なんてのは意識してねえし、理解もしてねえだろうけどな」
「けどまあ、魔王が逃げるくらいにはダメージを入れることができたわけだし、そろそろ魔王騒ぎもおしまいか」
聖国は勇者召喚なんてものを行なって魔王の討伐だ人類の繁栄だって謳ってるだけあって、魔王に対する敵意は他の国よりも高い。
そんな国に向かってたんだったら、国総出で全力をかけて魔王を潰しに向かうだろう。南の連合とは違って一つの意思の元にまとまって戦うわけだし、魔王討伐には出さずに自国の防衛に残した強者もいるだろうしで、更にそこに勇者が加われば長引いた魔王討伐もすぐに終わるはずだ。
「かもしれねえがなあ……なーんか南の奴らの様子はおかしい気がすんだよなあ」
しかし、親父は俺の言葉に同意することなく椅子に寄りかかりながら眉を寄せている。何をそんなに悩んでんだ?
「南がおかしい?」
「ああ。まあおかしいっつっても、あからさまに何かがあるってわけでもねえんだがな。ただちょっとまとまりが良すぎるってだけだ」
「まとまりが良すぎる? ……南って、今魔王と戦ってる連合軍のことだよな? まとまりがあるのは普通じゃないか? ……いや、良すぎる、か」
魔王と戦ってるわけだし『連合』なんて名乗ってんだからまとまりがあるのは当たり前のことだろう。
まあ確かにそれまでではお互いに敵視していた小国同士が手を取って力を合わせて魔王と戦ってるんだから、違和感があってもおかしくないと思わなくもない。
しかし、親父の言った連合のまとまりが〝良すぎる〟と言うのがちょっと気になる。
「ああそうだ。これまでは連合っつってもそんなに大したもんじゃなかった。だからこそ、人数はいんのに魔王を倒すことができてねえんだ。それは勇者が行っても同じだ。誰が手柄を取るかの足の引っ張り合いがあるから勇者はろくに成果を出すことができなかった。だが、今回は違う。勇者が戦って傷を負わせた後に追撃する、なんてことをやったんだ。それは今までお互いに牽制しあっててできなかったことのはずだ。だが、今回は特に騒ぐこともなく連携をとって良い感じに事態は進んだ。そこに違和感を覚えてもおかしかねえだろ? 何か、あるいは誰かが何らかの作用をしてる、ってな」
なるほどな。足の引っ張り合いがあったのは俺も知っていたが、それが突然なくなって本気で協力しあったとなったら、そりゃあおかしいと思っても不思議じゃないな。親父としては連合をまとめ上げた黒幕がいるとでも考えてるんだろうか?
しかしだ、本当にそんな奴がいるんだろうか? いるんだとしたら、どうして今までなんの噂もなかったくせにここにきて動き出したんだ? 動くんだったらもっと前、それこそ魔王騒ぎが大きくなったあたり、もしくは戦況が膠着したあたりで出てきてもおかしくないだろ。
それに、魔王騒ぎが大きくなってからもう一年は経つんだ。しかも魔王が一箇所にとどまり続けているために経済が回らず国は死にかけてる場所は多いだろうし、実際に死んで他の国に吸収された国だってあるだろう。南に奴らはそろそろ嫌気がさして本気で殺しにかかったんだとしてもおかしくないと思う。
「南の奴らもいい加減魔王の騒ぎに疲れてきたから片付けにかかった——ってのは、甘く考えすぎか?」
「それならそれでいいんだがな。だが、こういうときの勘ってのは無視できたもんじゃねえってのが俺の経験則だ」
親父の経験則ねぇ……。俺みたいなガキじゃ想像もつかないような経験をしてきた親父がそう言うのであれば、本当に何か連合の変化に関して『異変』や『異常』と呼べる何か特別なことが起きた可能性は十分に考えられるだろう。
だがそうなると、どうしたものか……。親父の勘に引っかかるような、つまりは俺たちに害を成しうる異変、異常とは一対どんなものが考えられるだろう?
「それに、もし〝逃げた〟んじゃなくて〝逃した〟んだとしたら、どうする?」
連合での異常とは何か、と考えていると、親父が突然そんなことを言い出した。
逃げたんじゃなくて逃した? それは、なんの意味があるんだ? 魔王を倒せそうだったんだ。なら倒した方がいいんじゃないだろうか? 倒せば魔王を倒したって手柄も手に入るし、それに伴って名誉だって入る。あとは魔王化した魔物の特殊な素材だって手に入る。いいことづくめじゃないか。それをわざわざ逃すだなんて……わけがわからない。
「どうって……逃して何の意味があるんだ? せっかく今まで一年以上も時間をかけてきた魔王討伐の手柄を逃すようなもんだろ」
「それでもだ。それでももし何かしらの理由があるとしたしたら、それは何だと思う?」
「何か逃した理由があるとしたら、か……」
逃がさないで倒してしまえば良かったんじゃないか、その方が利益があるんじゃないかと思うが、それでもなお逃した理由があるんだとしたら、それはどんな理由だ?
まず、その方が都合が良かったってのは大前提だろうな。流石に連合軍の中に『楽しそうだから逃した』、なんて愉快犯ってことはないだろ。
そうなると、それまで敵視してた間柄の奴らが協力してまで事を起こして、それでそいつらにどんなふうに都合が良いのか、だな。
まず魔王が逃げた場合になにが起こるかだが、まあ間違いなく海沿いのところに被害が出るだろうな。実際南の小国群は海沿いに甚大な被害が出てるっぽいし。
そうなると、どこかに被害を出したい、もしくは『魔王との戦い』という状況を長引かせたい、ってあたりが怪しいか?
利益……金……権力……立場……。
もし本当に魔王をわざと逃したんだとしたら、東に逃げたのも偶然か? もしわざと東に逃したんだとしたら、その東に向かった先には何がある?
そう考えていき、一つの考えが浮かんできた。
「聖国を狙ってる、とか?」
多分だが、そこそこいい線いってるんじゃないかと思う。




