095.猛さんの真意
「ごちそうさまでした」
大皿のお寿司がなくなったところで誰からともなく声を合わせる。
遥さんが出してくれたお寿司は、俺が普段稀に食べるようなお寿司とはわけが違った。ちゃんとした店で握ってもらったものだということを舌の上でよく理解させられる夕食だった。
「慎也くん、お寿司は気に入ってくれたかしら?」
遥さんは全員分のお皿を重ねながら聞いてくる。
新鮮なウニの美味しさを初めて知った夕食だった。次からスーパーでお寿司買えるかな……?
「はい、すっごく美味しかったです。いままで食べたことがないくらいに………」
「それだと私も嬉しいわ。前もって準備してた甲斐があるもの」
「……ですので、せめてもの手伝いくらいさせてください。お皿洗いとか」
ここまでいいものを食べさせてもらったのだから何かしら貢献したい。
俺が遥さんの手の中にあるお皿を受け取ろうとしたがヒョイッっとかわされて取り損なってしまう。
「洗うのはこの程度のお皿なんだからそこでゆっくりしてて。それよりアイスも食べる?持ってくるわよ?」
「あ、ありがとうございます……」
貢献しようと思ったらまさかのおもてなしだった。断るのも良しと思われないと感じ素直に好意を受け取る。
「それにしても、雫もこうやって自分から名乗り出てくれないものかしら…… 聞いてよ慎也くん、雫ったらいつも食べ終わったらスマホばかり弄っちゃって手伝ってくれないのよ」
4人でそれぞれアイスを食べているさなか、遥さんが雫に言い聞かせるように俺に愚痴を言い始めた。
いつも俺たちと一緒に居る時は率先して動いてくれるのだが家では任せきりなのか……
「もうっ!なんで慎さんに言うの!? お母さんはお皿まだ浸けっぱなしなんでしょ!」
「あらら。怒られちゃった………それじゃ、洗ってくるけど慎也くんはゆっくりしていてね」
雫に怒られて逃げるようにキッチンへ消えていく遥さん。いやぁ、こういう反応をする雫は珍しい。
「お母さんが変なこと言ってごめんなさい……って、何笑ってるんですか~!」
「いや、雫の家での反応が普段と違ってなんだか新鮮でね」
雫が俺に向けて謝ってくるがいつの間にやら雫の様子を見て笑みがこぼれていたようだ。気をつけなければ。
「む~!わかりましたよ~! 私はお手伝いに行ってくるので慎さんは先お風呂でも入っていてください!」
「雫もありがとう。いってらっしゃい」
遥さんに続いて雫もリビングの方へ。さて、お風呂と言っても食後すぐだし着替えもないしどうしようか。
「慎也君」
「あ、はい」
「風呂にしてもまだ食後で辛いだろう? 少しだけどうだい?」
俺が悩んでいると猛さんに庭の方向を親指で示される。外で話そうということだろうか。
「もちろんです。お付き合いします」
「ありがとう。 ……お~い!俺たちはちょっと庭にいるから!」
猛さんの呼び声にキッチンから返事の声が聞こえてきて俺たちは庭へと向かう。
レースを開け、今まで見えなかった庭が開かれる。そこは小さなウッドデッキになっていた。外周は高い木の柵が敷かれて外からは見えないようになっており、内側は椅子が2つ置かれている。
「よっ……と。一本吸っていいかな?」
椅子に腰を降ろした猛さんがポケットから取り出したのは電子タバコ。 俺が頷くと口を付けて深く吸い込む。
「ありがとう。雫は普通のどころか電子タバコすら嫌がるからあんまり吸えなくってね……」
「俺はなんとなく気持ちが分かる気がします。………それで、どうしてこちらに?」
猛さんは風下で煙を吐きながら一息置く。背の高い男性が優雅に座ってタバコを吸う姿は様になっていた。
「ちょっとだけキミの事が知りたくってね。雫がキミの側にいると私に噛み付いてきて話が進みそうに無いから……」
「確かに……」
それは同意見だ。その姿が簡単に浮かんでしまう。
けれど猛さんと2人きりはそれはそれで何か言われそうな予感があり身構えてしまうのもあるが。
「ふぅ………。 それで、ウチの娘とはどこまでいってるんだい?」
「ん゛ん゛!?」
身構えてはいたが全く別の方向からのブローが来てモロに喰らってしまった。
………実際にブローが来たわけではなく驚いてむせただけだが。
「だ、大丈夫?」
「ゴホッ…ゴホッ……。 すみません……。 雫さんとは特に何もないですよ。付き合ってすらないですのに」
「うん、それは知ってる。聞いてるからね。 それに、娘と似たような感じでまだ複数人いるんだろう?」
「…………」
これは肯定してもいいものなのだろうか。
「心配しないで。怒ったり問い詰めたりするわけじゃないから」
俺がなんとも答えることが出来ず無言でいると意図を察してくれたのか猛さんは優しくフォローをを入れてくれる。
「はい……みんな直接言ったりはしないんですがなんとなくは……」
「そうみたいだね。今どき珍しいものだよ、娘も含めて……」
俺と猛さんは大きく開いた空を見やる。太陽が沈み始めて少し青くなっているが雲ひとつない青空だ。遠くでツクツクボウシの鳴き声が聞こえてくる。
「さっきの質問だけど訂正する。キミはウチの娘とどこまでいきたいんだい?」
猛さんは空から視線を動かさず聞いてきた。その手にあるタバコは天へユラユラと煙が立ち昇る。
「どこまで………今はわかりません。でも、自分の中で考え続け、いつかはしっかりとした答えを出したいと思ってます。それまで…もしかしたらそれからも雫さんには辛い思いをさせるかもしれませんが……」
まだ答えは何一つ決まっていない。けれど今答えられる最大の答えを正直に猛さんに伝える。
「娘に辛い思いをさせると?」
「はい。猛さんには申し訳無いのですがそうなる可能性も0ではありません。……そのときは、殴られて然るべきです」
むしろ殴られる程度なら温情だ。酷いことをしている自覚は十分ある。
「そうか。私のパンチは痛いぞ?場所によっては後遺症が残るかもしれないな」
「むしろ後遺症程度で済むのなら御の字です」
猛さんが握り拳を作りながら真剣な目で見下ろしてきた。その鋭い瞳から逃れたい気持ちをグッと抑えて俺も見つめ返す。
「わかった……………合格だよ。慎也君」
「……へ?」
何度その目を避けようと自身の瞳が揺れ動いたのだろうか。見つめ返してから暫く経ち、猛さんが笑みをこぼしたと思ったら何やら合格判定をいただいた。
「合格って言ったんだ。よかったよ、殴らずに済んで」
「合格って……何のことですか?」
いつの間にやら抜き打ちテストでも始まっていたのかもしれない。その鋭い瞳が優しいものに変わったことに内心安堵しつつ警戒を残しながら次の言葉を待つ。
「ごめん、慎也君。悪いけどさっきまでキミの答えを見てたんだ。どれだけロクでなしの男なのかって……」
「ロクでなしですか……確かに傍から見たらそうなのかもしれません」
「いや、誤解させるような言い方をしてすまない。娘をたぶらかすだけのロクでなしかとも思ったが、さっきのでそんなことないって確信出来たよ。……ちゃんとみんなのこと考えて、悩んで、向き合ってくれてる男だって理解させられた」
タバコを消して俺に向き合ってくれる猛さん。つい恥ずかしくなって目を逸してしまう。
「えっと……ありがとうございます?」
「うん、お礼も出来るいい子だ。ウチの会社の新人にも見習わせてやりたいよ。 ところで身内贔屓かもしれないが、雫は家事もできて明るいいい子だと思うんだが……他の子も魅力的な子なのかい?」
「俺も雫さんは身内贔屓などではなく本当に魅力的だと思います! それでも……」
優衣佳さん、優愛さん、翔子さんの顔を思い浮かべる。みんなもったいないくらい凄く魅力的な女の子たちだ。一生分の幸運を使い切ったと思うほどに。
「そうか……。慎也君、俺はね 数ヶ月前に雫と大喧嘩したんだ」
「大喧嘩ですか?」
唐突な話の切り替えに内心驚きつつも話についていく。雫が喧嘩する様なんて想像出来ないが……
「娘が想いを寄せる男性がいる。けれどその男の周りには突然多くの女性が現れた上にいつまで経っても答えを出さないって」
「すみません……」
俺が原因だった…
言葉にすると最悪だ。ぐうの音も出ない。
「私は当然雫に近づくことをやめろって言ったんだが、初めて反抗されたよ。中学の頃はあんなに大人しくて何でも聞いてくれた雫が…」
1人笑みを浮かべる猛さん。原因の俺は苦笑いすらできないのですが……
「もしこっぴどく振られても諦めず付いていきたいってな。それはそれでストーカーだからやめろってまた大喧嘩になったんだが」
「あはは……」
なんとか声を絞り出す。俺はどんな反応をすればいいのだろう。
「で、たとえそうなってもキミなら受け入れてくれるって聞いて、じゃあどんな人だってことで呼んで貰ったんだ。母さんの事前報告も加味した結果は合格。ストーカーの娘でも良いのなら、よろしく頼む」
「はいわかりまし………なんですって?」
途中までは理解できたがいきなり話が飛躍したぞ?今よろしくされた?
「いやだから……娘をよろしくって」
「よろしくされても俺はまだ決められていないので困りますよ!第一雫さんがストーカーになるって決まりませんし……」
「いや、雫は確実にストーカーになる」
「どうして!?」
「母さんの娘だからな」
「…………」
猛さんは諦めの境地に達したような表情をしている。
昔何があったというのだ………
「何が言いたいのかと言うと、キミがいいなら二股でも好きにしてくれってことだ」
「突然すぎますよ……それに、それでいいんですか……?」
父親なのに……
「大喧嘩したあとに気づいたんだ。父親なら、娘が一番幸せになる道を大事にしようって。それがたとえ常識から逸脱しててもね」
「ぁ……………」
『娘の幸せを第一に考える。それが父親ってものだからね』
いつか言われた、とある父親の言葉が脳裏に浮かぶ。あの時は冗談からの流れかと思ったが今その言葉の重さに気がついた。
合格……きっと信頼しているからこそ涙を呑んで出してくれる言葉なのだろう。ならば俺が返すべき言葉は一つ。
「わかりました。これから……どうなるかわかりませんが、きっと雫さんを泣かすようなことはしません」
「…それを聞いて安心したよ。よろしく頼む」
「はい」
猛さんに右手を出され、その手を固く握る。
豆が潰れているのかゴツゴツとしていて俺よりも遥かに固い掌だ。こんなになるまで頑張ってきた人の信頼だ。決して裏切ることのないようにしないと。
「慎さ~ん!早くお風呂入らないと慎さんが入ってる間に私も突撃することになっちゃいますよ?」
「すぐ入るからそれだけは絶対にやめて!!」
リビングから誰かが顔を出して来たかと思えば雫だった。何やら不穏なことを言い出すので全力で阻止する。
「慎也君」
「……はい」
猛さんに一礼して室内に戻ろうとすると後ろから呼び止められる。俺はレースをくぐる直前に振り返ると猛さんは笑顔で、
「別に一緒に入ってもいいんだよ?」
「1人で入らせてもらいます!!」
思い切り開いていた扉を閉じる。最後の最後で何を言っているのだあの父親は。
俺は再三風呂場に突撃しないよう忠告し、教えられた洗面所に歩いていった。




