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096.後輩女子の猛攻

「お風呂頂きました。ありがとうございます」


 ひとっ風呂浴びて身体を癒やした俺はリビングにいる2人に声をかける。

 ちなみに服は猛さんが快く貸してくれた。サイズが合っていないから相当な余白ができているが。


「ハ………ハ………クシュン!」


 リビングで絶賛稼働中のエアコンで冷やされていた空気がお風呂場で火照った俺の身体に直撃したのか、クシャミと共に俺は身体を震えさせる。

 そんな様子を見ていた猛さんは苦笑しながら新聞紙に目を落とし、遥さんが笑顔でこちらに寄ってくる。


 雫?雫なら俺が洗面所から出た瞬間、待ち構えていたかのようにお風呂へ突撃していったよ。



「あらあら……この部屋は少し寒いわね。いいタイミングだし寝室に案内するから付いてきてもらえる?」

「ありがとうございます。部屋まで用意してもらって」

「こちらが泊まるようお願いしたのだから当然よ。寝室は2階にあるわ」


 遥さんについていくようにして俺も階段を上る。

 2階は扉が3つあるだけのシンプルなものだった。階段を上って右に2つ、左に1つだけで迷う要素も無さそうだ。


「この左側の部屋よ」

「はい、ありが…………遥さん」

「なにかしら?」


 遥さんは何を言うわけでもなくニコニコと微笑んでいる。


「この部屋、間違えてたり……?」

「するわけないじゃない。ここは私たちの家よ?」

「ですよね~………」


 ですよね。自宅で部屋を間違えるわけないですものね。


 案内された部屋は1つだけポツンとある部屋だった。まだ開かれておらず内装もわかりようもないのだが一体どういう部屋なのかは一目で理解できる。その扉に掲げられたドアプレートには『Shizuku』と書かれているのだから………。



「ちなみに遥さん、反対側の2つの部屋が何なのか教えてもらっても?」

「あっちは2つ扉があるけど中で一つにつながってるの。私たちの自室よ?」

「そう……ですか………。ありがとうございます」


 向こうの部屋で寝ることは無理か……

 ここまで包囲されたのなら何を言っても覆らないだろう。今まで嫌というほど体験してきた。


「それじゃあ私たちはリビングにいるから何かあったら呼んでね。 雫がお風呂出たら部屋に居るって言っておくから」

「よろしくおねがいします……」


 その『何か』は今なんだけどな……

 そんな言葉を飲み込み、階段を降りる遥さんを見送った俺は意を決して雫の自室への扉を開ける。





 そこは思った以上にシンプルな部屋だった。

 シンプルな椅子と机、それにタンスやカラーボックス、ベッド、本棚など、茶色で統一したいのか家具の配色が綺麗に整えられている。

 棚の上には筆記用具や化粧道具等が散乱しているが片付いているほうだろう。


「これは………」


 誕生日プレゼントとして渡したボディミストも目に入ったが、まず気になったのは机の上。端にいくつかの教科書が置かれているが注目すべきはその奥だ。


 そこには一つの写真が飾られていた。

 写真を手に取りに映されているものを確認するとそこには雫と俺の姿が。2人のツーショット、まだお互い名字で呼んでいた頃で、二人ともぎこちなく顔を赤くしながら目をそらして写っていた。

 更に雫が手を伸ばして自撮りするように撮ったものとは逆の腕。そちらには雫の小さな手が俺の袖をほんのひとつまみ、小さく小さくつまんでいた。知らなかった………


「これ、一昨年夏の写真か………」


 当時のことを思い出す。

 たしか部活のみんなで祭りに行こうという話になったがあまり乗り気でなかった俺は早々に離れると雫も付いてきたんだっけ……。それから2人で祭りを楽しんだ最後、雫が写真を撮ろうと言いだしたハズだ。


 たしかこの日からだった。俺と雫がお互い下の名前で呼び始めたのは。


「まだ残してくれてたんだな……」


 俺は懐かしい気持ちに駆られながら写真立てを元に戻してベッドへと視線を送る。そこにはライム色の敷布団と同色の掛け布団、そして……



「雫は抱き枕を使う派なんだな………」


 俺はベッドに座りながら置かれていた抱き枕を持ち上げ、抱きしめてみる。

 低反発素材で跳ね返る感覚があり、サラサラなカバーの感触も相まってか心地よくなってくる。更に雫本来の香りだろうか、ほのかに優しく甘い香りが襲ってきて抱き枕に顔をうずめるとその香りが強くなる。


 雫の香りにつられるかのように疲れが一気に襲いかかってきた。

 今日は文化祭の打ち合わせをして、カフェで眠ってしまった翔子さんを駅まで背負った後雫に拉致されたんだっけ………今思えばいろいろと気を張っていた1日だった。

 ほんのちょっと。ほんの5分だけならまだ雫も上がってこないだろう。俺はそんなことを思いつつ襲いかかってきた疲れに負け、眠りの世界へと(いざな)われていった―――――。




 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――




 ―――――温かい。

 夏だと言うのに暖かく、心地よい感覚に襲われた。

 その上一定のリズムで俺の頭にふんわりと圧力が生まれ、首まで滑っていく。誰かが俺の頭を撫でているようだ。

 撫でている手の主は鼻歌を歌っている。俺を起こさないためか小さく、それでもハッキリとその音色が俺の耳に届いてきた。それと同時に俺の意識も浮かんでいく………。



「ん…………」

「あ、すみません。おこしちゃいましたか?」


 俺が目を開けると世界が90度傾いていた。布団に付けていたとみられる俺の顔側面は膝の上に乗せられ柔らかい感触に包まれている。


「雫……?」

「おはようございます、慎さん。よく寝ていましたね」


 上から声が降ってくる。ここからもかろうじて見られる壁掛け時計に目をやれば短針が11を指していた。少なくとも3時間は寝ていた計算になる。

 俺は慌てて身体を起こして雫と向かい合った。


「だいぶ寝てたみたい。ごめん、辛くなかった?」

「そんなことありませんよ。慎さんの寝顔をたくさん見られて大満足です」


 雫はお風呂上がりの格好……イチゴ柄のルームウェアでずっと膝枕をしてくれていたようだ。冷房の効いてる中寒かっただろうに。


「それでも、寒かったでしょ」

「そんなこともありませんでしたけど……なんでしたら慎さんが直接温めてくれてもいいんですよ?」


 そう言いながら手を前に出す雫。俺はそれを今まで抱きしめていた抱き枕を押し付けることで誤魔化した。


「む~……あ、でもこれに慎さんの匂いがついて包まれてるみたいにぃ………」

「し、雫。そこの机にあった写真だけど」


 抱き枕を押し付けたのは失敗だったか。変な方向にトリップしそうだったので慌てて話をすり替える。


「あぁ…見ちゃいましたか。お母さんったら勝手に案内するものだから隠しそこねちゃいましたよ」


 拗ねながら照れ笑いをするその姿にいつもの天真爛漫さとは違う、雫本来の大人しさを感じられる。



「まだあの写真持ってたんだね。現像までして」

「それはそうですよ。私にとって凄く大切な思い出でしたから……慎さんと初めてデートした大切な………」


 彼女は机から写真を持ってきて優しく抱きしめる。

 正直、俺にとっては忘れはしないが数ある想い出の一つだった。その想い出を大事に抱えられると軽く考えていたことに申し訳無さが生まれてしまう。


「ごめん。俺、その日のことを写真見るまで忘れてて……」

「いいんですよ。私が勝手に大事に思ってるだけなんですから。……それにしても、言わなければ分からなかったのにわざわざ言っちゃうんですから慎さんったら」


 確かにそれもそうだ。けれど今この状況で黙っているのは不誠実な気がした。

 そんなことを考えていると雫が言葉を漏らす。


「まぁ、そんなところが好きなんですけどね…………」

「え?」


 その声はとてもとても小さなものだった。扇風機の一つでも付いていたら聞こえないくらいの。

 けれど今ここにその声を遮るものはなにもない。雫の小さな、それでも強力なその言葉は俺の耳にしっかりと届いていた。




「慎也さん。私はあなたが好きです」




 雫は俺の手を両手で包み、目を見てはっきり聞こえるようそう言った。

 今まで暗にそうだと言われることは幾度かあった。けれどこう直接言われることは初めてで頭にハンマーを喰らったかのような衝撃に襲われる。


「雫………俺は………」


 俺は………なんて言えば良いんだ?

 今まではみんなでいるのが楽しかった。それだけで良かった。曖昧にしてくれているその状況に甘えていたんだ。

 けれど今こうしてハッキリ言われた以上、答えを出さなければならない。つまりもうこの心地よい状況から脱せねばならないと言われているようで俺の口は動かなくなってしまっていた。



「ごめんなさい。慎也さん」



 ふわり、と俺の頭が包まれた。

 雫が俺の頭を手で抱き寄せ、自身の胸へと向かわせる。俺はその行動に心地よさと申し訳無さを同時に襲ってきた。


「ごめんなさい、いきなりでしたよね……でも、ここしか無いと思ったんです。

 私は慎也さんが大好きです。何に代えてでも。

 …でも、他の先輩方も好きなので、それも崩したくありません。だから、まだ返事はしないでください」


 抱きしめられている頭の上から優しい声が降りてくる。きっとその顔は優しい笑顔なのだろう。


「俺も………俺も雫は好きだ。

 けど、みんなもいる。みんなとの時間も大好きだ。

 ……だから、ごめん。その言葉の続きはもっと先でもいいか?」


 彼女の母性に包まれながら俺は最低の言葉を選ぶ。猛さんに言われたロクでなしは否定できないな。


「もちろんです。私もその答えじゃないとこの胸に窒息死させるとこでしたよ。

 それに、もし私が選ばれなくても次の手がありますから」


 次の手?

 俺は身体を起こして彼女と顔を合わせる。そこには何やらイタズラを考えているような笑みを浮かべている彼女の顔があった。


「お父さんに聞いたんですよね? 実の父にストーカーと言われた私の執念深さ甘く見て貰ったら困りますよ!」

「…………ありがとう。雫」


 その明るく振る舞う雫の姿のおかげで俺は部活を続けられたんだ。

 けれどそれは絶対に口にしない。恥ずかしいから。




「それじゃ、いい時間なので寝ませんか?慎さん。 それともさっきまで寝てたから眠れないとか……」


 彼女は今までの話を区切るようにパンッ!と手を合わせて提案してくる。雫も今日は疲れただろう。



「いや、眠れるよ。俺は床で寝るから雫はベッドで―――――」

「だめです!!」

「言うと思ったよ……」


 言うと思った。俺がベッドから降りようとすると腕を全力で掴まれて降りることが叶わなくなる。


「…わかった。俺は端っこで寝るから雫もそっちでね」

「はい!夏休みの旅行とは違ってシングルベッドですからちょっと触れても事故ですよね!?」

「………極力気をつけてね」


 あんまり身の危険を感じるようならリビングに逃げ込もう。俺はそう決意して部屋の電気を落とした。







 ―――――そう言えば、忘れていた。

 電気も消え、雫が寝入った辺りで閉じていた目を開ける。


 雫は抱き枕を使う派だったんだ。

 俺は雫が寝て早々、寝ぼけた彼女によって抱き枕にされて俺も意識を落とすまで相当の時間を要してしまった。


次回更新は2日後の30日です。

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