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090.幕間4

2話構成です。


「伊野さん、ちょっといい?」

「……なんでしょう? 急いでいるのですが」


 放課後。開始時間が迫っている活け花のお稽古の為に家路を急いでいた私は、廊下で担任の先生に呼び止められる。


「ごめんなさい。ほんのちょっとでいいの……伊野さんは生徒会に興味ある?」

「生徒……会? それはなんです?」


 先生…今年初担任だという女性の先生が控えめに聞いてくる。

 生徒会という名称の意味もこの学校に存在していることは知っている。けれど全くもって生徒の前に立つことも無くどんな活動をしているかも不明瞭でまったく意識していなかった私は寝耳に水の話だった。


「もうそろそろ生徒会選挙の時期なのよ……それで、伊野さんは成績も素行も良いから是非会長になってもらえないかな~って」

「……会長に……」


 2年生になって秋真っ只中なこの時期。今の3年生が引退して引き継ぎを行うならばこのタイミングしか無いだろう。


「もっ、もちろん井野さんが習い事してて忙しいのは十分わかってるの! でも、いい経験になるし高校受験するとなっても大きな内申点になるから……どう、かな?」


 私と10歳かそこらしか変わら無さそうな先生が伏し目がちに畳み掛ける。ピアノに生け花と習い事で忙しい身ではあるけれど…ふむ……


「先生」

「はいっ!」

「活動日や内容等を知りたいのですが……」

「あっ、それもそうよね……大体は平日週一でたまに週末も出てもらうことになるかもしれないわ。 内容としてはそうね……簡単な雑務かしら?」

「雑務……」


 えらく漠然とした業務内容だ。それだけ多岐に渡るということなのだろうか。


「もちろん会長をしてもらうにあたってメンバーも厳選して貰ったわ! 本当は教えちゃダメなんだけど……はい。ほとんど確実にこの人になるはずよ」


 先生はポケットからメモ帳を取り出して一枚破りこちらに手渡してくる。

 ………生徒会のメンバーは私含め6人。たしかに4人は会話もしたことのある名前だった。


「この副会長って人は……」

「それはごめんなさい!副会長は業務内容から異性を選ばなきゃいけないみたいで知り合いで固められなかったの……」


 それは初めて見る名前だった。おそらく同じクラスになったことはないのだろう。

 そこに書かれた字をを反芻していると先生にメモを取り上げられる。


「他の人に見られてもマズイから回収させてもらうわね。 彼は私も詳しくは知らないのだけれど他の先生からの推薦だし、決して悪い人なんかじゃないと思うわ」

「そう……ですか。 この話は持ち帰っても? 家で相談したいので」

「そうよね。呼び止めてしまってごめんなさい。ご両親と相談して決めてくれるといいわ。今週中でいいから」


 今週中って今日木曜日なんだけれど。

 まぁ今晩相談すればいいかと、言葉を飲み込んだ私は先生と別れて学校を出るのであった。






「まぁ!翔子ちゃんが生徒会に!? いいじゃない!!」


 夕飯時。お母さんが淹れてくれた紅茶を2人で嗜んでいる時に切り出してみると凄い乗り気の答えが返ってきた。


「でも、お稽古とかが……」

「そんなの減らして貰えばいいのよぉ。それより、生徒会でお友達が出来るといいわね。翔子ちゃんったら遊びに行くことも連れてくることもしないし……」


 友達なんて学外に持ち込んだところで気苦労が増えるだけだ。それなら家でノンビリ本を読んでいたほうが何倍も楽しい。

 けれどお母さんも生徒会に乗り気となると少しは人と会話することも覚えたほうがいいのかもしれない。


「お父さんは?」

「パパ?もちろん賛成するに決まってるじゃない~! もし反対して翔子ちゃんの頑張りを邪魔するようなら……どうしてくれようかしら」

「………」


 突然お母さんから低い声が発せられて軽く背筋が冷たくなる。

 温厚なお父さんが反対することは絶対ないと言い切れるが、万が一理に適わない理由で反対した日にはお母さんがどうなるかわからない。そんな時のお母さんは人が変わったように恐ろしくなる。


「詳しい日程が決まったら教えてね。習い事はいくらでも変更が効くんだからね」

「………ありがと」


 それでも私のことを心の底から想ってくれている事実に胸の奥が暖かくなり、残り半分ほどの紅茶を誤魔化すようにクッ!と一気に飲み込んだ。





「え!? 本当に!?」

「はい。先生の推薦を受けようと思います」


 翌日。ホームルームが終わって職員室に戻ろうとする担任を引き止めて私は昨日話し合った結果を報告した。


「よかったぁ~。もしダメなら選定をやり直すことになるから心配だったのよね~。昨日だって7時間しか寝れてないし」


 7時間も寝られたら十分じゃないんでしょうか。

 でも、こんな結果ありきの選定でいいのだろうか。もし私が落選することになればメンバーの根底が崩れ去ってしまう。


「もしほかの立候補者がいたら……」

「ふふん。 そんな事は気にしなくていいわよ。すぐ分かることだから」

「? はぁ………」

「それじゃあ私は授業準備向かうので井野さんもチャイムがなる前に戻るように! それじゃ、よろしくね」


 先生はそう言い残して廊下を歩いていった。すぐ分かる……?

 




 先生の言う通り、その心配は翌週すぐに霧散することとなった。


「は~い!週末、生徒会選挙の投票があるからみんなよろしくね~!」


 教卓で先生なりに頑張っている声が響く。そして私達の手の中には配られた立候補者名簿が。

 そこには会長・副会長・書紀・会計・庶務・委員会長の文字の横に先週教えられたメンバーの名前が。対抗馬はどれもナシ。ほとんど出来レースな事実にもはやメンバーの公示と言っても差し支えないレベルだった。



「先生!」

「? あぁ、井野さん。 わかったでしょ?落選なんか気にしなくていいって……」

「でも、どうして……」


 私は再度廊下にて先生を呼び止める。どうして対抗馬がいなかったのだろう。


「井野さんは覚えてるかわからないけど生徒会メンバーを募集していることの告知は一切してないのよ。変な人が入ってきても困るから個別に私達教員が個別に誘って行ってるってわけ。これなら信任投票になってほとんど確実にコントロール出来るってことなのよ」


 き……汚い……

 私は学校内で行われる闇の一端を目撃したような気がした。




 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――




「ここが……生徒会室………」


 無事信任投票も終わり、全員が生徒会入りすることが決まった放課後。私は教えられた生徒会室の前で立ち止まっていた。


「狭い」


 私達が来ることを見越して開け放たれた扉の奥は想像以上に小さい個室だった。

 広さ的には6畳くらい。中央に長机が配置されて人数分の椅子のみ。部室以上に狭い生徒会室だった。


「新生徒会長、来てたんだ……」

「ん……」


 私がその部屋に呆気にとられていると他のメンバーも到着したようだ。

 たまに会話するクラスメイト、書紀ちゃんは祝福のニュアンスも込めて『新生徒会長』と呼んでくる。


「なんだか……凄くスリムな部屋だね、井野さん」

「うん……びっくり」


 彼女はなんとか言葉を選んで優しく肯定する。


「あっ、みんな来て……副会長だけまだみたいね。ちょっとだけ手狭で悪いけど説明するから入って入って!」


 遅れてやって来たのは先生だった。先生は私達を押しやって全員腰を降ろしたところで扉を閉める。



「…1人来てないけど始めましょうか。 みんな、生徒会に入ってくれて本当にありがとう。それでこれからの予定だけど―――」

「失礼します!」


 先生が今後の説明をしようとしたその時だった。先生が背中を預けていた扉がノックされ1人の男子が入ってくる。


 ―――前坂 慎也。リストに載っていた最後の1人だった。

 彼は染めているのかその短髪が若干茶色がかっており学校指定のバッグではなくエナメルバッグ背負ってて運動部に所属しているんだなと予想させる装いだった。………私とは正反対で仲良くなれなさそう。


「遅れてしまってすみません。南校舎と北校舎を間違えてしまって」

「なんでそこ間違えるのよ……ギリギリセーフね。今から説明を始めるから座りなさい」

「はい、失礼します」


 彼は一つお辞儀をして近くの椅子、私の隣に座った。

 そういえば見たことがある。隣のクラスの異様にモテる男子……大ナントカ君とよく一緒にいる人だ。


「………それじゃあ改めて、今後の説明をするわねまずは―――」



 業務内容を聞いた私は脱力感に襲われた。

 式の設営・片付け、月一で行われる週末の校内掃除、朝のあいさつ運動……殆どが学校運営とは程遠い活動であった。

 式典で行われる生徒代表が私の役目なのが唯一生徒会長らしい仕事だろうか。


「私も今年初めて生徒会顧問になったけど、ほとんど雑用ねこれ……でも、どんな経験もきっといつか力になるわ!頑張りましょ!」


 先生の掛け声にみんなが一斉に返事をする。とりあえず、隣の副会長以外人選に文句はないしどうにでもなるか………





 ……そう楽観視したのが間違いだった。


 時刻は早朝、生徒がポツポツと登校してくる時間。

 私達生徒会は週に1回行われる朝の挨拶運動のため早めに登校して校門付近に集まっていた。


「そ……それじゃあ、今日からの挨拶運動、頑張って……行こう」

「「はいっ!!」」


 人前で声を出すのに慣れていない私は途切れ途切れになりながらもなんとか言い切ることができ、みんな元気に返事をしてくれた。



「おはようございます!!」


 私の友人たちはあまり社交的なほうでは無いものの声出しに奮闘してくれる。

 道行く生徒たちの反応は様々だ。友人に挨拶されて気楽に返す者、まるで聞こえなかったかのようにスルーする者、いかにも迷惑そうにこちらを睨む者と多種多様な反応が。


「ほら、井野さんも」


 書紀ちゃんは声を出すにつれてテンションが上がったのだろうか。心なしか明るい顔を見せて私に挨拶を促してくる。


「うん。 ………お……おはよ……ござ……ます……」


 声を出そうとした瞬間、知らない生徒からの鬱陶しげな目に襲われた。

 その目に出鼻をくじかれた私は段々と声がしぼんでいき隣の副会長にすら聞こえない声量になってしまう。


「井野さん………」

「お……ぁ………」


 書紀ちゃんの心配をするような声が聞こえてくる。



 私はこうも人前で話す事が出来なかったのだろうか。

 今までの学校生活が走馬灯のように流れ出す。確かにこれまで人前に立つ経験などしたことがない。でも、だからといってたかが1人に見られただけでこうも萎縮してしまうものか。

 そもそもなぜ、教員は私を生徒会長に選出したのだろう。私がそういうのから避けてきたのは把握しているはずだ。私よりよっぽど適任が居るだろう。



 けれど結果は違う。私は生徒会長に選ばれた。生徒の代表でお手本となった。これから頑張ってみんなを引っ張って行かなきゃならないのに。

 やっぱり成績や素行がよくても生徒会長の器ではなかったのか。頑張ってと喜んでくれた、背中を押してくれたお母さんの顔を曇らせてしまうのか。

 他の面々が頑張って挨拶するのを聞きながらそんな無力感に苛まれ目に水が溜まっていくのを感じていく。

 もう水が決壊しそうになった時、私の肩にそっと何かが触れた。



「おはようございます!!!!」



 それは圧倒的だった。

 人も増えてきたとはいえ朝特有の静寂が残る空気の中、圧倒的な声量の挨拶がこの場を支配した。

 挨拶をしていた友人たち、登校していた生徒たち。その全員が驚いて発声源を注視する。私もつい驚いて涙も引っ込みその声の主―――副会長に目を向ける。


「俺、水泳部だから肺活量には自信あるんだよね」

「は……はぁ……」


 副会長は私の肩に手を乗せながらにこやかに話しかける。


「だから、井野さんの声もかき消されちゃうかもしれないね。 大丈夫。大会とかで注目されてるのは慣れてるから」


 「ロクな成績残せてないけどね」と、続いて普通の声量で挨拶を再開した。

 それを見た周りの生徒たちもさっきのことはなかったかのように中断していた行動を再開する。


 私のために……私が声出ないと知って励ましてくれたの?


 突然のことに混乱しながらなんとか口にするも、聞こえなかったのか副会長は正面を向いたままだ。

 いや、そんなことは……どうでもいい。どんな目も受け止めるって言ってくれたんだ。 私は前を向き、小さいながらも声を出して登校してくる生徒たちを出迎えた。


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